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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第5話 白兎

 首筋の辺りで切り揃えられた白髪。吸い込まれるような金色の瞳。白い服に白いブーツ。両手首には太い金の腕輪を着けている。すすきに背後から声を掛けたのは、そんな装いの男だった。


 秒針音で満たされたこの部屋に来た時、すすきとシン以外には誰もいなかった。少なくとも二人の視界はお互いの姿しか捉えていなかった。加えて、唯一の扉はすすきの視線の先にあった。出入りがあれば気付くことができる状況だったにも拘わらず、背後を取られた。ということは、おそらく空間移動してきたのだろう。もし媒体無しで魔法を使い、この場に出現したのなら、目の前の白い男は純血の魔法使いだ。シンが頭を下げているところを見ると、防衛五隊の隊長よりも位の高い人物と考えられる。


 場の雰囲気に流されて、すすきは思わず頭を下げた。


「はじめまして。三上すすきです」

「二人とも頭を上げていいよ。はじめまして、僕の名前はハクト・マンシッカ。よろしくね、すすきちゃん」


 差し出された右手に、すすきは何の疑いもなく手を伸ばした。


 その時、何故か手首を掴まれて引っ張られた。よろめいた体をハクトが無理矢理抱き上げる。驚いたすすきは抵抗しようとした。しかし離れようともがいた瞬間、時間が止まったかのように、体がピクリとも動かせなくなった。


「ごめんね。僕、時間を止められるんだ。──シン、連れてきてくれてありがとう。少しお話がしたいから、君はここでゆっくりしていて」

「かしこまりました」


 ハクトは部屋の隅から箒を引っ張り出すと、シンに笑みを向けて姿を消した。それは一瞬の出来事で、景色はあっという間に、晴れやかな青い空へと変わっていた。地上からおよそ五百メートルの高さで、ハクトは箒の上に立ち、ふわふわと宙に浮いている。腕の中にいるすすきは、まだ時を止められたまま固まっていた。


 二人がいる上空からは、エルフランドの全貌を見ることが出来る。高所が苦手でない人間でも気絶してしまいそうな高さで、すすきの時間は再び動き出した。


 止まる前にしていたように、動き出したすすきは腕の中から逃れようともがいた。しかし、ふと下を見て、あまりの高さに短い悲鳴を上げた。ハクトの首に腕を回して、今度はすすきが抱きついた。パクパクと口を動かすが、恐怖で声が出ない。


「やっぱり怖いよね。でも、これは見せておくべきだと思ったんだ。エルフランドには、地図を見るだけでは分からないことも沢山あるから。……ほら、何か話してみて」

「う、あ……ヒィッ、何ですかここは⁉︎」


 促されて、ようやく言葉が出た。


 眼下に広がるエルフランドの大地には、メディカから聞いたように五芒星がくっきりと刻まれていた。見れば怖いと分かっているのに、視線は無意識に美しい地上へと吸い込まれていく。


 エルフランドの中枢部である1区には、ひときわ大きな建物が三つあった。まず、真下には天を衝く時計塔がある。そして、塔を挟むように大きな敷地を持った建物が二つあった。これまで聞いてきた話から察するに、どちらかは魔法学校なのだろう。国の中心地ということもあり、他の区よりも建物が密集していた。


 2区から11区にも様々な施設があるように見えるが、どこも目立つ建物はそれほど多くなかった。だが、遠くからでも区ごとに全く違う雰囲気をまとっていることが見て取れた。


 国内が明るい太陽光に照らされている一方で、シールドの外には暗く枯れ果てた世界が広がっていた。想像したよりも遥かに酷い。どう考えても人が住んでいける環境とは思えなかった。


 すすきは目の前の現実に呆然とした。もし三上書店へ帰れなかったら、これから一人でどうやって生きていけばいいのだろうか。抑えていた不安が徐々に胸を満たしていく。すると、ハクトから思いがけない言葉を告げられた。


「君をエルフランドに呼んだのは、僕なんだ」


 息が止まりそうになった。三上書店へ帰る方法が分かるかもしれない。淡い希望に心音が大きくなっていく。しかし、ハクトの表情からは意図が読み取れない。恐る恐る、その訳を尋ねてみた。


「ハクト様が、私を?」

「そう、君が触れた青い本を媒体にしてね。エルフランドと、この世界を変えるために、君の力が必要だった。……すすきちゃん。突然だけど、僕から君に一つお願いがあるんだ」

「な、なんでしょうか?」

「僕は訳あって、中央にある五角形の区域から出られない。自由に動けない僕に代わって、エルフランドの行く末を見守り、その記録を作ってほしい」


 すすきは耳を疑った。この男は、日記すらまともに書いたことのない人間に、一国の歴史書を作れと言うのか。いくらなんでも荷が重すぎる。出来るわけがない。


「そ、そんな国に関わる重要なお仕事、私には出来ません。ハクト様が私をここに呼んだのなら、帰すことだって出来ますよね? お願いします、私を元の世界に帰してください!」


 エルフランドの記録を作るよりも、三上書店へ帰る方法を探すことの方が重要だ。だが、主導権を握られている状況で、思い通りに事が運ぶはずもなかった。


「帰してあげてもいいけど、どうなっても知らないよ?」

「どういう意味ですか?」

「君が僕のお願いを聞いてくれるなら、青い本に触れたのと同じ日、同じ時間に帰してあげる。だけど聞いてくれないなら、エルフランドでの記憶を消した上で、時間の調整をしないまま元の世界へ帰すことになる」


 ハクトは薄い笑みを浮かべて、非情な選択を迫った。


「君がいた世界とエルフランドでは、時間の進み方が違うんだ。もし僕が時間を調整しないまま帰したら、すすきちゃんの世界では一体何年経っているんだろうね」


 口調こそ柔らかいが、有無を言わせない笑顔がこの上なく恐ろしい。シンが頭を下げる理由も分かる気がした。


 ハクトのお願いを聞けば、青い本に触れたのと同じ日、同じ時間の三上書店へ帰してもらえるかも知れない。しかし、エルフランドの行く末を記録するという仕事が、果たして自分に出来るのだろうか。もし断れば、エルフランドでの記憶を消され、何年経ったかも分からない三上書店に帰される。十年、二十年と経過していた場合、書店自体が無くなっている可能性もあるのだ。


 どちらを選んでも、すすきにとっては不利益の方が多かった。


「すすきちゃん、君は最後の歯車だ。君がいてようやく、エルフランドの時間を進めることができる。僕のお願い、聞いてくれないかな?」

「……わかりました。ハクト様のお願い、引き受けます」


 悩んだ末に、首を縦に振った。


 三上書店に帰りたい、ただそれだけだったのに。大事になってしまったと頭を抱えるすすきに、ハクトは満足気に口角を上げた。


「約束するよ。全て終わったら、必ず君を元の世界へ帰してあげる。それじゃあ、滞空時間にも制限があるから、そろそろ降りようか」


 そう言われて足元をよく見ると、ハクトは古ぼけた箒に立っているだけだった。命綱なんてものはどこにもない。


「あの……ハクト様。もしかして降りる時って……」

「もちろん、急降下するよ」


 言うが早いか、すすきはハクトと共に地上五百メートルの高さから垂直に降下していった。


「ぎいやああああああああああ‼︎」


 心の準備をする暇など与えられなかった。爽やかな青空に向かって悲鳴が口から飛び出していく。幸いにもワンピースのスカート部分はハクトの手で押さえられていた。下から吹き上げる風にバサバサとはためいている。そして風に煽られて、かけていた丸メガネが浮いた。


「メガネぇえええええええええ‼︎」


 すすきは飛んで行ったメガネを空中で鷲掴んだ。これがなければ、ほとんど何も見えない。メガネは命と同じくらい大切な物なのだ。悲鳴を上げながら、離さないよう必死で握りしめた。


 騒がしく降りていく二人の真下には時計塔がある。とんがり帽子の屋根が徐々に近付いて来るが、それでも勢いは止まらない。ぶつかることを覚悟して、すすきはギュッと目を閉じた。


 すると、ふわりと体が浮いたような感覚がして、そっと降ろされた。カチコチと秒針の動く音がする。足がついた場所は、時計の敷き詰められた部屋だった。なんだかいい香りが漂っている。


 メガネをかけて見ると、真ん中のテーブルでシンが足を組み、椅子に背を預けて、優雅に紅茶を啜っていた。シンは音を立てないよう静かにカップを置いて、チラリとこちらを見た。


「品のない悲鳴だ」


 呆れ顔でそう言うと、シンは視線をテーブルへ戻し、再び紅茶を口にした。


 高い場所から落下して、髪もボサボサになり、こんなに怖い思いをしたというのに。もっと違う言葉をかけてくれたっていいじゃないか。そんな悲しみにも似た感情を抱き、すすきは涙をこらえながらシンに言い返した。


「あんな高さで可愛くできる訳ないじゃないですか!」

「エルフランド中に恥を晒したな」

「そんなに響いてません!」


 一際大きな声で反論して、ポロリと涙がこぼれた。しかしその涙は、頬を伝うことなく弾けて消えた。ボサボサに乱れた髪がふわりとまとまり、少しズレていたメガネも正しい位置に戻された。


 自分では何もしていないのに、魔法がかかったように勝手に身なりが整っていった。


「あ……ありがとうございます」


 怒っていたつもりだったのに、思わずお礼を言ってしまった。おそらく、ハクトかシンのどちらかが魔法をかけてくれたのだろう。しかし二人は呪文を唱えたり、杖や本も使っていない。自ら動くことなく他に影響を与えられるなんて、やはり魔法とは便利なものだと感心してしまった。


「怖い思いをさせてごめんね。でも面白かったよ。はい、ここに座って」


 ハクトが悪びれる様子もなくそう言って、椅子を後ろへ引いた。座るよう促されたすすきは、言われるがまま席に着く。三つの椅子に全員が腰掛けると、ハクトが短く手を叩いた。


 すると時計の部屋に唯一あった扉が、ギギギ……と音を立てて開いていった。お菓子のような甘い香りと共に三人の前に現れたのは、巨大な白うさぎだった。

読んでくれてありがとうございます⭐︎


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