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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第4話 散策

 すすきはメディカに貰ったスープを飲み干した。テーブルにカップを置いて、ジッと考える。


 目を閉じると、消えた孫を探している祖父の姿が浮かんだ。しかし、異世界に転移したとなれば探し出すのは不可能だ。成人した孫が突然消えたなんて警察に相談したところで、ただの家出人だとあしらわれるだけだろう。行方不明者届を受理しても、本格的な捜索活動は行われないはずだ。


 元の世界から干渉できない以上、こちらの世界で何とかするしかない。大事になる前に、三上書店に帰る手段を探そうと決めた。


 すると、すすきの切羽詰まった様子に気が付いたのか、メディカが空いたカップを下げながら提案した。


「少し散歩でもしましょうか。エルフランドを案内します」

「本当ですか⁉︎ ありがとうございます。あ、カップは私が洗います。何もかもお世話になってすみません」

「いいえ、大丈夫ですよ。すぐに終わりますから、すすきさんは外で待っていてください」


 そう言いながら、メディカは暖炉に向かって右手の人差し指を向けた。彼女が指先で小さな円を描く動作をすると、揺れていた炎がボッと音を立てて消えた。


 次は指先をカーテンに向けて円を描く。そうすると、意思を持たないはずのカーテンがひとりでに閉まった。


 目の前で起きた超常現象に、すすきはあんぐりと口を開けたまま固まった。期待通りの反応に、メディカがクスクスと笑っている。


「外に出たらもっとビックリしますよ」


 促されるまま、すすきは部屋を出た。見回すと、キッチンやトイレなど必要最低限の設備があるだけだった。


 生活感の無い家から出て、外観を確認してみる。ボルドーの扉がついた小さなログハウスで、玄関横の軒下にはすすきの服が干されていた。家の前には大きな道が伸びていて、おとぎ話を思わせる古い街並みが広がっていた。


「……可愛い」

「そうでしょう。ここは4区の端にあって、魔法使いがもっとも多い地域なんです」


 背後から話しかけられて、ビクリと肩が揺れた。振り返ると、メディカがハンカチで濡れた手を拭いていた。


「4区ってことは、エルフランドはいくつかに分かれているんですか?」

「はい。エルフランドは全部で11の区に分けられています。そのうちの4区と9区を、私たち第三部隊が管理しているんです。防衛五隊の隊長は五人いて、各々が管理する区の端に住んでいます」

「それじゃあ、ここは……」

「シン様の家です。森の中で真っ先にすすきさんを見つけたのも、ここまで運んで来たのも、私に治療を任せたのも、シン様なんですよ。だからという訳ではありませんが、少し当たりが強いのは許してあげてください」

「あ、はい。気にしてないので大丈夫です」


 申し訳なさそうな表情をしたメディカに、すすきは両手を軽く振って見せた。生まれつき根っこが能天気なのは長所である。祖父も父も、三上家は代々そういう性格だった。


 すすきの柔らかい態度にホッとした様子で、メディカは4区の街なかを案内してくれた。


 メディカの話によると、この国はエルフランドという魔法使いの国だそうだ。悪魔と呼ばれているのは、森の中で見た黒い化け物のことだ。悪魔から民を守るため、先代の皇帝がエルフランド一帯にシールドを張った、という歴史があると聞かされた。


 その影響で、エルフランドの大地には大きな五芒星の印が出来たという。丸い輪の中に五本の線で星が描かれている、誰もが一度は見たことがあるような形だ。


 五芒星の真ん中にある五角形の部分が1区と呼ばれていて、皇帝が住む街なのだそうだ。そこは政治なども行われている国の中枢部で、魔法が学べる国立学校もあるらしい。


 そんな1区を囲むように、三角形の大地が五つ広がっている。上から時計回りに2区、3区、4区、5区、6区と呼んでいて、区の端には、防衛五隊の隊長たちが住んでいるという話だ。


 残った扇形の地域は、同じく上から時計回りに7区、8区、9区、10区、11区と呼ばれているらしい。


「今度、空から見てみますか?」


 上を指差して悪戯っぽく言ったメディカにつられて、すすきは空を見上げた。目を凝らすと、高い位置に薄い膜のようなものが見える時がある。おそらくアレがシールドなのだろう。穏やかな風が吹く街の上空で、箒や絨毯で空を飛んでいる魔法使いをちらほらと確認出来た。


「やっぱり魔法使いって箒で空を飛んだりするんですか」

「ええ。箒や絨毯だけではなくて、魔力を込められる物ならなんでも。配達の仕事をしている魔法使いや魔術師が飛んでいることが多いですね」

「魔法使いに魔術師……その人たちは何か違うんですか?」

「はい。エルフランドでは、魔法使い同士の間に生まれた純血だけを、正式に魔法使いと認めています。その他の魔法が使える人たちは魔術師と呼んでいます。魔術師は通常、魔法を使う時に杖や呪文や書物などの媒体が必要です。でも魔法使いは、媒体が無くても魔法が使えます。大きな違いはそこですね」


 説明を受け、すすきはシンの家で見た光景を思い出した。メディカは、ただ指先を少し動かしただけで、炎を消したりカーテンを閉めたりしていた。杖や呪文を使っている様子は全くなかった。媒体無しで魔法が使えるということは、メディカは純血の魔法使いだ。


 ということは、音もなく現れて消えていった、第三部隊隊長のシンも純血なのだろう。魔法使いの国と聞くと面白そうに感じるが、内部を見れば、おとぎ話とはかけ離れた人間くさい問題もありそうだ。


 ふむふむと頷きながら、すすきはメディカの隣を歩いていた。すると、大通りを歩く二人の少し先に、シンが突然姿を現した。何もない場所に一瞬で現れたため、すすきは思わず息を呑んだ。メディカや街の人たちは慣れている様子だが、毎回こんな風に出現されたら、いつか心臓が止まりそうだ。


「おい、人間。ハクト様がお呼びだ」


 動悸を落ち着かせるために深呼吸をしていると、シンに腕を掴まれた。何の説明も無いまま、グッと引き寄せられる。よろめいた体が、シンに抱き留められた。


「ちょ、ちょ、なんですかいきなり⁉︎」

「メディカ。この人間の身柄は俺が預かる。お前は通常の隊務に戻れ」

「承知しました」

「え、え⁉︎ メディカさん、待ってください!」


 ジタバタと抵抗しながら助けを求めたが、メディカは「またね」と手を振って去っていってしまった。


 伸ばした手は空を切り、気まずい雰囲気がその場に漂いはじめる。恐る恐る見上げると、仏頂面のシンと目が合った。


「大人しくしていろ。嫌なのは俺も同じだ」

「なっ……女の子を抱き締めておいて嫌とはなんですか!」


 すすきがムッとして言い返すと、シンは深い溜め息を吐いた。その瞬間、すすきの目の前の風景が一瞬ですり替わった。


 ──カチ、コチ、カチ、コチ。


 無機質な音が一定のリズムを刻んでいる。気が付けばすすきは、時計だらけの部屋にいた。


 シンの腕から解放されたすすきは周囲を見回してみた。壁一面に多種多様な時計が敷き詰められている。


 中央には大きな丸テーブルが置いてあった。椅子が三つ並んでいるが、誰も座っていない。全ての時計の針が正確に同じ時を示していて気味が悪かった。


 すすきが物珍しそうに部屋を見回していると、誰もいない場所に向かってシンが声をかけた。


「ハクト様。お探しの物をお持ちしました」

「物ってなんですか。私は三上すすきです」


 ろくに自己紹介もしていないので名前を知らないのは仕方ないが、もう少し別の言い方は無かったのだろうか。


 頬を膨らませて抗議していると、背後から声が降ってきた。


「ようこそ、エルフランドへ」


 驚いたすすきは勢いよく振り返った。するとそこには、頭の先から足の先まで、全身がほぼ真っ白な男が、にこやかに微笑んで立っていた。

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