第44話 笑顔
──すすきとソピアが移動した先は、第四部隊が管理している5区の中央だった。
すすきは、他の区で味わった民たちの反応から、またお妃候補だと囁かれることを覚悟していた。しかし、5区の住民たちの反応は、すすきの予想を裏切るものだった。
「ソピア様よ!」
「本当だわ、ソピア様〜!」
そこかしこから、女性たちの黄色い声が上がり、ソピアはそれに反応して軽く手を振っている。人間のお妃候補には目もくれず、皆一様にソピアへと声を掛けていた。
すすきはそんな街の雰囲気に戸惑いつつも、辺りを観察してみた。他の区に比べると、この辺りは女性の割合が多そうだった。
男性の姿もちらほらと見かけるが、それほど多くはない。
「ソピア様、この区は女の人が多いんですね」
そう言ってすすきが声を掛けると、ソピアは手を止めて振り返った。
「そうですね。他のどの区よりも、ここは女性が多いです。私は隊長になってから、この区で、女性が社会進出し易い環境作りに取り組んできました。そのせいか、自然に女性が増えたんです」
「そうなんですね。だからみんな明るくて楽しそうなんですね。なんていうか、女の人たちがイキイキしてるように見えます」
「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があります」
すすきの何気ない褒め言葉に、ソピアは頬を緩めた。
これまで見てきた彼女は、あまり表情を変えない印象があった。しかし、笑うと年相応の可愛らしい雰囲気になる。そんなソピアを見て、すすきは少しだけ親近感を覚えた。
すると、ソピアがある方向を指差した。
「ドレスがある店はあっちです。少し歩きましょう」
そう言うとフッと笑顔が消え、いつもの第四部隊隊長の顔に戻ってしまった。
彼女に、普通の女の子として笑っていられる時間は、一体どのくらいあるのだろうか。そんなことを考えながら、すすきはソピアの後を追いかけた。
──しばらく歩いていると、ソピアがある建物を指差した。
石で造られた円筒型の壁に、アーチの形をした木の扉。まるで小さなお城のような外観のその建物は、エルフランドでも有名なドレス店だそうだ。
「あの店で選んでもらいます。それと、すすきさんはティアラを持ってないと思うので、代わりにフローラさんに髪飾りをお願いしておきました」
「フローラさんが?」
「はい。あの人はそういうの得意ですし、すすきさんの身の安全のためにも、フローラさんが適任です」
そう言うと、ソピアはすすきを一人にできない理由を説明した。
お妃候補として顔を知られてしまったすすきは、意図せず誰かに狙われる可能性がある。それは記者かもしれないし、一般の民かもしれない。政治家かもしれないし、星兵かもしれない。
思想のため、利益のため、果ては自己の欲求のために、すすきを襲おうとする者が現れるかもしれないのだ。
そのため、ドレス選びにも信頼できる店を指定した。式典が終了するまでの間は、すすきに関わる者も、五隊幹部もしくはその近親者に限定したそうだ。
「そこまでしてもらって、何だか申し訳ないです」
すすきは、自分のせいで余計な仕事を増やしてしまっていることに、今更ながら罪悪感を覚えた。
しかし、しょんぼりと落ち込んだ様子のすすきに、ソピアはフッと笑ってみせた。
「気にしないでください。ハクト様がそうしろと言ったから、私たちは従っているだけです」
「……ハクト様が?」
「はい。あの方はいつも、すすきさんの身辺に危険がないか気にしています。私たちは、ハクト様の手足となってあなたを守っているだけです。それに、他の妃候補にも警護はついています。だから、そんなに気にしなくていいですよ」
そう言ったソピアの声は優しかった。嬉しいような、申し訳ないような、複雑な気持ちだ。しかし、断る理由もない。
民に石を投げられた時の記憶がちらついた。守ってもらえるなら、甘えてもいいのではないか。そう結論づけ、すすきは素直にお礼を伝えた。
すると、ドレス店まであと数メートルというところで、店の中から隊服を着た女の星兵が姿を現した。勲章などは付けていないため、隊長格ではなさそうだ。
星兵は誰かを待っているかのように、扉の側でキョロキョロと辺りを見回している。そして、こちらに気が付くと、大きな声を上げて駆け寄ってきた。
「ソピア様〜!」
「お待たせしました。何かありましたか?」
「あの、それが……」
「フローラさんが来ていないんですか?」
「い、いえ。フローラさんはお連れしております! ただ……と、とにかくこちらへ来てください!」
そう言ってソピアの腕をガシッと掴むと、星兵はそのままバタバタとソピアを店内へ引っ張っていった。すすきも慌てて後を追い、続けて店内へと入っていった。
真っ先に目に飛び込んできたのは、天井にキラキラと輝く豪華なシャンデリアだった。足元には真っ赤な絨毯が敷かれている。そして、円筒型の壁一面には、数多くのドレスが並んでいた。
「すごい……お姫様のクローゼットみたい」
まるで夢でも見ているかのような光景だった。しかし、感動も束の間、店の奥から大きな怒鳴り声が響き渡った。
「喧しい! フローラにそんな地味なドレスを着せられるか! こっちの方がいいに決まっておるだろう!」
「いいえ、そんな派手なドレスじゃフローラの魅力が薄れてしまいます! 僕はこっちのドレスがいいと思いますね!」
何だか聞き覚えのある声だった。すすきは恐る恐る声のする方へ視線を向けた。フローラが来ているということは、つまり──。
「やっぱり。ブラント様とフェリクスさんだ」
二人は、お互いに好みのドレスを両手に抱えて言い争っていた。どうやら今日は結婚の話ではなく、フローラのドレスの話で盛り上がっているようだ。
二人の傍では、店長らしき女性と、数人の星兵が困り果てていた。フローラはというと、そんな二人を気にする様子もなく、楽しそうにドレスを眺めている。
すると、店内の状況を理解したソピアが、ボソリと呟いた。
「ああ、余計なものまでついてきたということですね」
「そうなんです! もう私たちには手に負えなくて……」
ソピアの"余計なもの"という表現を、星兵の女性は間髪入れずに肯定した。そして、何とかしてくれと泣きつく星兵に、ソピアは指示を出した。
「あとは私が何とかします。あなた達は店の外で待機していてください。休憩は自分たちの判断で交互に取ってくれていいです」
「本当ですか⁉︎ ありがとうございます‼︎」
指示を受けた星兵は目をキラキラと輝かせると、他の星兵にそれを伝えにいった。よほど気まずかったのだろう。逃げるように店を出ていく星兵たちの姿に、すすきは苦笑した。
そして、いまだ言い争う声の響く中、ドレス選びを始めるため、すすきとソピアはフローラへと声をかけた。
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