第42話 盲目
すすきとフウガが移動したのは、第三部隊が管理する4区だった。そこは、おとぎ話を思わせるような、古く美しい街だ。
しかし、方々から突き刺さる視線に、すすきは風景を眺める余裕もなくなっていた。
住民のほぼ全てが人間である3区と違い、4区は住民のほぼ全てが純血の魔法使いだ。
故に、"人間のお妃様"への反応は真逆と言ってもいい。すすきの存在を拒絶するような空気が、辺りを取り巻いていた。
フウガの背に少し隠れるようにして、すすきは街中を歩いた。ティムが話していた通り、人間であるフウガも空間移動をする際に若干のズレが発生していた。
「この辺りにいると思うんだがなあ……」
フウガは、キョロキョロと辺りを見回しながら、メディカを探してくれている。だが、なかなか見つからない。背の高いフウガの後頭部に向かって、すすきは声をかけた。
「あの、すみません。私、隠れてばっかりで」
「仕方ねえよ。怖いもんは怖いんだ。その……服を引っ張るのだけやめてもらえると有り難えけどな」
「っあ! す、すみません!」
隠れて進んでいる間、無意識に隊服を掴んでしまっていたようだった。すすきは慌てて謝ると、掴んでいた場所をシワにならないよう整えた。
「そういえば、この服っていつもと違いますよね? 勲章も、もしかして式典のためですか?」
「ああ。エルフランドにとって重要な儀式だからな。礼装ってやつだよ」
そう言って、フウガは何かを思い出したように立ち止まった。更に振り返ると、すすきをジッと見下ろした。
「そういや、お前はどうするんだ?」
「へ?」
突然の問いかけに、すすきの口から素っ頓狂な声が出た。どうすると聞かれても、何のことだか分からない。
「ドレスだよ、ドレス。式典に参加するなら、それなりの格好はするだろ。何か聞いてないのか?」
「いえ。私は何も……それに、私が式典に参加していいのかも分かりませんし」
「ハクト様がお前を参加させないわけないだろ。本当に何も聞いてないのか?」
フウガは首を傾げているが、すすきには思い当たることがなかった。ドレスの話など聞いたことがあっただろうか。
すすきが唸りながら記憶を辿っていると、道の向こうから可愛らしい声が響いた。
「あ! フウガ様、すすきさん!」
すすきが声のした方へ顔を向けると、そこにはメディカの姿があった。メディカの後ろからは、二人の男性がついてきている。
「おお、メディカ。ちょうど良かった。お前を探してたんだよ」
「メディカさん。こんにちは」
駆け寄ってきたメディカに、すすきとフウガは事情を説明した。そして、遅れてきた二人の男性に目を向けた。
「あ……シン様。こんにちは」
「なんだその顔は」
二人のうちの一人は、シンだった。いつもより豪華な隊服に勲章を付け、真っ黒な髪はオールバックになっていた。
すすきはその姿に見惚れながら、ぽそりと言葉を返した。
「その……いつもと雰囲気違うなって」
「おかしいか?」
「あ、いえ。すごくかっこいいと思います」
「……フン」
すすきは褒めたつもりだったが、シンはそっぽを向いてしまった。掴めないシンの態度に、すすきは、何か気に触ることを言っただろうかと不安になった。
すると、どうしたら良いものかと狼狽えているすすきに向けて、高い位置から声が降ってきた。
『なるほど。人間のお妃候補……初めて目にしたが、こんなにひ弱そうなお嬢さんだったのか』
声のした方を見ると、もう一人、勲章を付けている男がいた。すすきにとっては、初めて見た顔だった。
『しかし、本当に人間とは……驚いた』
そんなことを目の前の彼が話している……筈なのだが、その口元はピクリとも動いていなかった。それどころか、まぶたも眠ったように閉じている。
肩にはオオカミのような形のぬいぐるみが乗っていて、尻尾がぴょこぴょこと揺れていた。腹話術でもしているのか、オオカミの方が口を動かしている。
一体どっちに向かって話しかければ良いのか分からない。少し悩んだ後、すすきは男に笑顔を向けた。
「あの、はじめまして。私、三上すすきといいます」
『ああ。俺の名前はペフメア。こっちの魔法使いはセシル・スシ。第三部隊の副隊長だ。よろしく』
「あ……はい。よ、よろしく……お願いします」
男に話しかけたつもりが、返事をしたのはぬいぐるみの方だった。ぬいぐるみのペフメアに紹介され、副隊長のセシル・スシはスッと手を差し出してきた。
握手を交わした手は温かかった。だが、不思議とセシル・スシにはあまり生気を感じなかった。
どちらかと言えば、オオカミのぬいぐるみの方が生きているような気がしたのだ。ペフメアと名乗ったぬいぐるみは、セシルの肩に乗り、落ちないように頭にしがみついている。
すすきは、機嫌良さげにぴょこぴょこと揺れ続けるペフメアの尻尾を見つめていた。すると、メディカがシンとセシルへ向き直った。
「シン様、セシルさん。私はすすきさんを診てから行きますので、お二人とも先に行っておいてください」
「わかった。なるべく早く済ませろ」
『遅れるなら、ついでにお菓子を買ってきてよ。クッキーがいい。いつものやつね』
「はい。お任せください」
メディカにお使いを頼むと、シンとセシルは1区の方角へ向かって歩き出した。その背中を黙って見つめていたフウガは、煙草を取り出し、火をつけた。
「ったく。ほんとに素直じゃねえよな、あのクソガキは」
「え?」
そう言って、呆れたように煙を吐き出すフウガに、すすきは首を傾げた。
「フウガ様。やっぱりシン様、私のせいで怒ってましたか?」
「あ? ……お前、本気で言ってんのか? 逆だよ、逆!」
フウガが顔をしかめてそう言うと、メディカがクスクスと楽しそうに笑い出した。
「ふふ。シン様、かっこいいって言われて、とっても嬉しそうでしたね」
「嬉しそう……って、もしかして喜んでたんですか?」
「ええ。シン様は、無愛想だとか怖いとか言われることはあっても、直接かっこいいと言われることはあまりないと思いますから」
「そうなんですか……それにしても──」
分かりづらい。そう言いかけた言葉を、すすきは飲み込んだ。
同じ部隊に長く一緒にいるからなのか、単純に観察眼が鋭いのか。フウガとメディカにはシンの気分が分かるようだった。
そんな二人に、何故だか悔しさを感じてしまったのだ。
自分を助けてくれたシンと、仲良くなりたい。そうは思っていても、なかなか上手く話せずにいた。
受け入れて貰えていると感じる時もあれば、拒絶されていると感じる時もある。人間を嫌っている彼とのコミニュケーションは、他の人と同じようにはいかなかった。
ハクトの願いを叶えるためにも、もっと積極的に関わった方がいいのだろう。しかし、それができない自分にモヤモヤしていた。
すると、すすきの複雑な気持ちを察したのか、メディカはそっとすすきの両手を取った。
「取り敢えず、治療をしましょう。このままにしておくと悪化してしまうかもしれません」
メディカの変わらぬ優しさに、どこかホッとした。彼女の手はとても温かい。ただ触れているだけで、心が浄化されていくような感覚がした。
「はい。よろしくお願いします」
すすきはペコリと頭を下げると、穏やかな笑みを返した。
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