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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第40話 談笑

 ──サッパリとした髪が良い香りを漂わせている。服も綺麗になって心地が良い。身なりを整えたすすきは、上機嫌で香火湯(こうかゆ)を出た。


 民たちの視線を避けるように建物の陰に隠れると、すすきはそっと胸元のブローチに手を当てた。


「お願い。ティムくんのところへ連れていって」


 すすきの声に反応し、青い魔石が光を放った。そして次の瞬間には、すすきは見知らぬ場所に立っていた。しかし、移動した先にティムの姿は見当たらなかった。


「……あ、あれ?」


 すすきは首を傾げながら、もう一度ブローチへ声をかけた。


「あの、ティムくんのところへ連れて行ってほしいです」


 すすきの声に反応したブローチは、また青く光った。しかし、先程いた場所からほんの少し移動しただけで、やはりティムはいなかった。


「あ、あれ? どうしたのかな? 魔力をくれた人のところに移動できる筈だよね? おかしいな……」


 焦ったすすきはブローチを外した。両手に持って様々な角度から眺めてみるが、どこも壊れている様子はなかった。


「傷一つない。壊したわけじゃないよね?」


 ホッとしつつも、何故ティムの元へ行けないのかと悩んでいると、遠くからティムの声が聞こえてきた。


「おーい、すすきー!」


 大きく手を振りながら歩いてくるティムに、すすきは駆け寄った。


「ティムくん! ごめんなさい。近くに移動したかったんだけど、上手くティムくんのところに行けなくて……」

「ああ、そうだろうと思ってた。慣れてるから大丈夫だよ」

「え?」

「フウガ様もいつもそうだから。人間のほとんどは、魔法使いから魔力を借りても上手く使えないんだ。そういうものだから気にしなくていいよ。ほら、こっちだ」


 言いながら踵を返して、ティムは向かう方向を指差した。すすきが後ろをついて行くと、ティムは歩きながら空間移動のズレについて説明してくれた。


 魔力を全く持たないすすきやフウガのような人間が、空間移動という高度な魔法を使おうとすると、若干のズレが生じるそうだ。


 魔力を借りているとはいえ、それを行使するのは人間だ。魔法使いほど上手くはいかないということらしい。


 フウガはそのせいでよく迷子になっている。だから第二部隊の幹部は人探しが得意だ。そう言って、ティムはケラケラと笑っていた。


「シン様やアーロ様は行きたいところに正確に移動してたけど、それって凄いことなんだね」

「そうだね。あの人たちは息をするように魔法を使うからなあ。魔法を使ってるって感覚もほとんどないんじゃない?」


 そんなことを話しながら暫く歩いた。辺りは大きなお屋敷が建ち並ぶ、見慣れない街並みだった。遠くに時計塔を確認できることから、1区からはさほど離れていない場所のようだった。


 すると、すすきは進行方向に小さな人だかりを発見した。集まっているのは美しいドレスを身に纏った女性ばかりだ。そして、その中心にいたのは、第一部隊隊長のアーロ・ルパウスだった。


 式典の日が近づいているため、各部隊の隊長たちは、それぞれ警護対象者への挨拶回りをしている。アーロが警護するのは、政府要人およびその親族たちだそうだ。


「でも、なんかそれどころじゃなさそうだね」


 すすきは、美女に囲まれて談笑しているアーロを見つめながら、困ったように笑った。これではアーロに近づけそうにない。ふと隣に立っているティムを見ると、彼はジットリとした視線をアーロに向けていた。


「いいよなー。チヤホヤされて」

「あ……やっぱりあれって、チヤホヤされてる?」

「うん。あの人、顔も愛想もいいからモテるんだよ。女には特に優しいし。だからいつも政府要人の警護はアーロ様なんだ。ご令嬢たちの指名でね」


 そう言って羨ましそうに頬を膨らませるティムを見つめながら、すすきはこれまでに出会った男性たちを思い浮かべた。その中でも、特に目立つのはアーロを含めて五人だ。


 愛想の悪いシン。引きこもりのハクト。兄貴肌のフウガ。子煩悩なブラント。女の子に優しいアーロ。その中で誰がモテるだろうかと考えると、確かにアーロが一番モテそうだった。


 アーロが美女たちとの会話を楽しんでいる様子を眺めていると、彼がこちらに気がついた。その瞬間、すかさずティムが声をかけた。


「アーロ様〜! すすきが用があるってよ。連れてきたから、話聞いてやってよ。この辺で待ってるからさ!」


 ティムの言葉が届いたのか、アーロはコクリと頷いて、再び美女たちとの会話に戻った。


◆◆◆


 ──ティムとお喋りをしていると、時の流れが早く感じた。まるで友だちのような感覚で、気を遣うことなく話が出来た。


 お屋敷の塀に背を預けて、のんびりとアーロを待った。そして暫く経った頃、二人の頭上に、アーロの声が降ってきた。


「お待たせ」

「アーロ様〜、遅ぇよ〜。いつまで女と話し込んでんだよ。ティムくん待ちくたびれたから謝って〜」

「ごめん、ごめん。それで、僕に何か用があるんでしょ?」


 子どものように拗ねた態度を見せるティムの頭を撫でながら、アーロがすすきに問いかけた。


「あ、はい! お忙しいところ、すみません。実は、このブローチの事でお願いがあって来たんです!」


 すすきは、慌ててブローチを外した。そして、両手で持ったそれをアーロに手渡そうとして──その瞬間、右手首に痛みが走った。


「──っ痛⁉︎」


 突然の痛みに驚き、すすきの手の力が緩んでしまった。そして、持っていたブローチはポロリと手から滑り落ち、真っ逆さまに地面に向かって落ちていった。

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