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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第3話 星空

 まぶたを開くと、とても温かい場所にいた。気を失う前に見た赤い光の集団は、ここにはいない。すすきは毛布をかけられて、ソファーの上に仰向けに寝かされていた。


 静かな部屋にはパチパチと薪のはぜる音がしている。視線を動かすと、テーブルを挟んだ向こう側に暖炉があり、中で炎が揺らめいていた。


 ズレたメガネを直しながら、ゆっくりと体を起こしてみた。カーテンが閉じられているせいで、暖炉の周辺以外は薄暗い。しかし隙間から差し込む光で、少なくとも夜ではないことはわかった。


 一体どのくらいの時間が経ったのか、ずぶ濡れだったはずの髪や体は乾いていた。服も別のものになっていて、灰色のゆったりとしたワンピースを着せられている。足元はレースアップデザインの黒いショートブーツを履かされていて、よく見ると下着も取り替えられていた。


「誰がやってくれたんだろう」


 どうか女の子であってほしい。そう願った時、部屋の隅からギギギ……と軋む音がして、誰かが入ってきた。森で見かけた化け物の姿が脳裏をよぎり、毛布を抱き締めて身構える。すると開いた扉の向こうから、軍人のような格好をした女が現れた。


 真っ黒い服に、革のブーツを履いている。左胸には金のプレートが付いていて、そこには星が三つ並んでいた。


 短いブロンドの天然パーマで、一瞬、男と見間違えそうになった。しかし小さな唇から発せられたのは、予想を裏切る可愛らしい声だった。目が合ったと同時に柔らかく変化した表情からも、女で間違いない。


 彼女はふわふわと短い髪を揺らしながら移動して、カーテンを開けた。明るい光が差し込み、すすきは眩しくて目を細めた。


 クスクスと笑って、彼女が何か話しかけてくる。だが、言葉が理解できない。森の中でもそうだった。どこの国の言葉なのか、単語を聞き取ることすらできなかったのだ。


「あの、すみません。助けてくれてありがとう。でも、私はあなたたちの言葉がわかりません」


 すすきは声と身振りで必死に伝えた。すると、彼女もまたこちらの言葉が理解出来なかったのか、困った様子で考え込んでしまった。そして彼女は、ちょっと待っててというような身振りをして、部屋を出ていった。


「どうしよう……勝手に出て行く訳にもいかないし。でも言葉もわからないんじゃどうしようもないし。このままここにお世話になる訳にもいかないし。お腹も空いたし……早く帰りたい」


 溜め息を吐いて項垂れると、ぐるぐると腹の虫が鳴いた。


 ひとまず、何か理解できる文字などはないだろうかと室内を見回してみる。しかし、あるのは暖炉とテーブルにソファーだけ。まるで生活感がない。今いる部屋からは何の情報も得られそうになかった。


 ならば外はどうだろうかと、ソファーから立ち上がり窓に近寄った。森の中と違って、ここは天気が良いようだ。すすきは少し様子を覗いてみようと窓枠に手をかけた。


 その時、突然背後から首に腕を回された。扉が開いた音はしなかった。足音もなかった。まるで瞬間移動してきたかのように誰かが現れたのだ。


 腕の太さや力の強さから、先程の女の子ではなさそうだ。腕から抜け出そうと抵抗してみるが、力では全く敵わない。身動きの取れない状態で、すすきの口に小瓶が突っ込まれた。


「──っんぐ、ふ……ゴホッ」


 ドロドロと冷たい液体が口内へ流れ込み、苦しくて思わず咽せてしまった。なのに、背後から回された腕は離れてくれない。そのうえ口を塞がれて、無理矢理仰向かされた。小さな喉がコクンと上下する。飲み込んだことが伝わったのか、すすきはようやく解放された。


 激しく咳き込みながら顔を上げると、すすきの目の前には黒髪の男が立っていた。男は黒い服とブーツを身に着けていて、左胸には三つ星のプレートが付いている。先程の女と違い、ボタンやバックルにまで金があしらわれていた。


「なぜ人間がシールドの外にいた?」

「な……なんですか、いきなり」

「なぜお前は悪魔に変異していない? もう言葉は通じるはずだ。答えろ」


 詰め寄られて初めて気が付いた。言葉が理解できている。男の口ぶりから、飲まされた液体が関係しているようだった。


「わかりません。私も混乱してるんです。ここは何処ですか? あなたたちは誰ですか? あの化け物は何? 一体私に何を飲ませたんですか?」

「あの闇の中にいて何もわからないだと? どういうことだ」


 すすきの質問には答えず、男は更に問い詰めた。その時、部屋の隅にあった扉が勢いよく開いた。見ると、先程の女が息を切らせて立っていた。戻ってきた彼女の表情は少し怒っている。


「シン様! 空間移動なさるなら私も一緒に連れて行ってください! 追いつくの大変なんですから!」

「訓練だと思え。いい運動になっただろう」


 男は抗議を一蹴した。その態度に、女はプンプンと怒りを表しながら近付いてくる。歩くたびにブロンドの短いパーマヘアが揺れていて、かえって可愛らしかった。そして、シン様と呼んだ男の元まで来ると、女は顔つきを変えた。


「ここへ戻る途中で言伝を預かりました。ハクト様が探し物をしていらっしゃるとのことです。とても大切なもののようで、シン様にも一緒に探して欲しいと……」

「わかった。すぐに行こう」


 すすきはそんな二人のやりとりを見つめながら、ポカンと口を開けていた。目まぐるしく変わる状況に、気持ちも頭も追いつかない。シールドに悪魔に空間移動なんて、ここは魔法使いの国か何かだろうか。割って入ることもできず黙っていると、話を終えたシンがすすきへ向き直った。


「おい、人間。お前の命を助けたのはそこにいるメディカ・ネロだ。礼を言っておけ」


 シンはそう言い残すと、扉へ向かうことなくその場からいなくなった。すすきの目の前で、ヒトという個体が、手品のように一瞬で消えたのだ。これが空間移動だというのなら、突然背後に現れたのも納得できる……訳がない。手品でない場合、一体どうやって消えたというのか。不可解な現実に頭を抱えると、すすきの腹が鳴き声を上げた。


「お腹空いたでしょう? スープを買ってきましたから、すぐに持ってきますね」


 赤面して顔を上げると、メディカと呼ばれた女はにこやかに微笑んで部屋を出ていった。


 メディカが持ってきてくれたスープは、じゃがいもやニンジン、玉ねぎや魚などをミルクで煮たものだった。意外と馴染みのある食材が使われている。家庭的な味にホッとした。


 心と体がほっこりと温まり、混乱していた頭は少しずつ落ち着きを取り戻していった。すすきはスープを飲む手を止めると、改めてメディカへお礼を伝えた。


「私、三上(みかみ)すすきといいます。あなたが私を助けて、服を取り替えたりしてくれたんですよね。ありがとうございました」

「いえいえ、意識が戻って良かったです。シン様から紹介されましたが、私の名前はメディカ・ネロ。エルフランドを守る星兵会(せいへいかい)防衛五隊(ぼうえいごたい)という組織で、隊長補佐をしています。そして、先程出ていった方の名前はシン・タイヴァス。第三部隊の隊長です」

「エルフランド……防衛五隊?」


 聞いたことのない地名だった。そもそもここは、元いた世界とは全く別の世界らしい。すすきは、何かこうなるキッカケになるような出来事がなかったか思い出してみた。


 平凡な毎日の中で変わったことと言えば、友人から絵葉書が届いたことだ。しかし、近況報告が書かれていただけで、特に違和感はなかった。


 他にあるとすれば……店内の隅で見つけた、真っ青な表紙の本。三上書店での記憶は、あの本に触れた直後から途切れていた。もし、あの本が魔術書の類のものであったのなら、ここが本当に魔法使いの国だとしたら、異世界へ転移したと考えてもおかしくない。


 ──三上書店に帰れない。嫌な予感が、すすきの脳裏をよぎった。

読んでくれてありがとうございます⭐︎


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