第36話 批判
日が落ちて月が顔を出した頃、自室に帰ってきていたすすきは、テーブルで夕食を取っていた。
本日のメニューは、少しのパンと手作りのスープだ。備え付けのキッチンで、慣れない焜炉に四苦八苦しながら調理した。細かく潰したカボチャに、ミルクを加え、火にかけただけの簡単なものだったが、体を温めるには充分だった。
「もう少し、作れる物が増えたらいいな」
ポツリと呟いた言葉は、一人ぼっちの部屋によく響いた気がした。美味しく作ったつもりのスープは、一人だと味気なかった。
すすきはパンを頬張りながら、胸元につけていたブローチを手に取った。黄色と赤に色づいた魔石が、暖炉の炎の動きに合わせてユラユラと煌めいていた。
星形の装飾の中央にある黄色い魔石がハクト。右下の赤い魔石がシンだ。残り四つの魔石のどこに誰を当て嵌めるべきかは、エルフランドの形に沿っていくと容易に想像できた。
一番上の魔石はアーロのオレンジ。右上はフウガの青。左下はソピアの紫。そして左上はブラントで、おそらく緑だ。
そして残りの魔石に魔力を込めてもらうためには、直接本人たちに会う他に方法がなかった。明日も忙しくなりそうだ……なんてことを考えながら、すすきはふと疑問に思ったことを口にした。
「魔力を込めるって言ってたけど、フウガ様はどうするんだろう? 普通の人間ってことは、魔力は無い筈だよね。エルトンさんに頼むことになるのかな?」
その問いかけに、応えてくれる声は無かった。しんと静まり返った室内には、パチパチと薪のはぜる音だけが響いていた。すすきは小さな溜め息を漏らすと、残っていたパンとスープを食べ切った。
一人になると、つい弱気になってしまう。特に夜は危険で、日が落ちていくにつれ、月と共に不安や孤独も現れる。この問題における一番の解決策は、とっとと寝てしまうことだ。
「明日のことは、明日になってから考えようかな。取り敢えず、お風呂には入らなきゃ。……服も洗っておこう」
寂しさを紛らわせるように、すすきは独り言を口にしながら食器を片付けた。そして、替えの服とブローチを抱えてバスルームへ向かった。
◆◆◆
翌朝、すすきは眠い目を擦りながら起き上がった。昨晩は何事もなく、ゆっくりと眠ることができた。カーテンの隙間から差し込む朝日が、キラキラと床を照らしていた。
「ブローチに魔力を込めてもらうために、隊長たちにもう一度会わなきゃ……。でも、みんなどこにいるんだろう」
区の管理を任されている副隊長と違い、隊長は自由に動き回っている。必ずしも管理区内にいるとは限らなかった。
すすきは重い腰を上げてベッドから出ると、欠伸をしながらバスルームへ向かった。服を着替えて身だしなみを整えると、胸元にハクトから貰ったブローチを付けた。
「やっぱり可愛い。アニメの魔法少女になったみたい」
思わず笑みが溢れて、えいっと遠くを指差してみた。もちろん何も起こらないのだが、魔法が使えた気になれて楽しかった。
支度を終えたすすきは、ルンルンと足取り軽く自室を出た。三上書店へ帰るために、今日も頑張ろう。そう思った時だった。
時計塔の下を突風が吹き抜け、風に乗って飛んできた薄いグレーの紙束が、すすきの顔面に直撃した。バサバサと音を立てる紙束を無理やり引き剥がすと、それはフェンスター社の新聞だった。
嫌な予感がして、すすきは恐る恐る第一面を広げた。すると、大きく派手な見出しが目に飛び込んできた。
──激震! お妃候補は人間だった⁉︎ エルフランド初、皇帝の血を引く混血児の誕生か。各区の民からも驚きの声。
「ななな……なんじゃこりゃあああああ⁈」
叫んだ声が何度もこだました。新聞を持つ手もワナワナと震え出し、冷や汗が滴り落ちた。
記事には他のお妃候補のコメントや、いるはずのない友人Aの証言なども書かれていた。すすきやハクトを非難する文章ばかりが目に留まり、読めば読むほどすすきはパニックに陥ってしまった。
「どうしよう、どうしよう。こんなことになるなんて……。と、とにかくハクト様に……あ!」
いつもと同じように時計塔の階段を駆け上がろうとして、すすきはハッと気がついた。立ち止まり、胸元に付けているブローチにそっと触れた。そして、声の限りに叫んだ。
「ハクト様のところへ連れて行って!」
その声に反応し、黄色い魔石が光を放った。そして、すすきはまばたきする間もなく、その場から姿を消した。
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