第34話 喧嘩
慌てふためく生徒を落ち着かせ、すすきたち一行は校庭へ向かった。移動しながら聞いた話によると、校庭では医療魔法の実技訓練を行っていたそうだ。そこで、生徒同士が喧嘩を始めてしまったらしい。
揉めている原因は、アレッタ・ジェミオスという生徒が、魔法が使えない生徒のことを馬鹿にしたからだそうだ。それだけを聞くと可愛い子どもの喧嘩だと思えた。
しかし、争っているのは星兵学部養成科の五年生たちだった。卒業を目前に控えた彼らは強かった。その上、教師は戦闘力の低い医療魔法専門の魔法使いだったのだ。
必死に制止しようと試みるものの、喧嘩はどんどんヒートアップしていった。ついに泣き出してしまった教師に指示され、数人の生徒が理事長室へ助けを求めた。というのが事の経緯だそうだ。
話を聞きながら、すすきたちは校庭に向かって走っていった。そして、口に上った人物の名前に、すすきは首を傾げていた。
「ジェミオス……どこかで聞いたような……?」
晴れないモヤを抱きつつ、校舎の間を走り抜けた。そして、広々とした校庭を視界に捉えた時、すすきたちに向かって、一人の女が駆け寄ってきた。
「理事長⁉︎ だ……だずげで、ぐだざっ……」
女は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、理事長へ縋りついた。どうやらこの人が実技訓練を担当していた教師のようだ。何度制止しようと声を掛けても、どうにもこうにも止められない。そう言って泣きじゃくる女を、理事長は優しく宥めていた。
その間も、校庭には怒号が飛び交っていた。すすきは荒々しい声に怯えつつも、壁に身を寄せて様子を窺った。
校庭に集まった複数の生徒たちが見つめる先には、鬼のような形相で睨み合う二人の生徒がいた。そして、視界に捉えたその姿に、すすきは思わず声を上げた。
「アーノルドさん⁉︎」
睨み合う二人のうちの一人は、アーノルドだった。だが、先程出会った彼とは様子が違った。柔らかく優しい笑顔は消え去り、アーノルドは鋭い目付きですすきを睨んだ。
「ああ? 誰だ、テメェ。今イイところなんだ。邪魔するんじゃねぇよ」
前髪を掬い上げながら、アーノルドはニタリと笑った。
──その時だった。隙を突いて、喧嘩相手の生徒が勢いよく飛びかかった。強く握り締めた拳が、アーノルド目掛けて打ち込まれる。だが、渾身の一撃はひらりと躱され、返り討ちにされてしまった。
優しい男の子だったアーノルドはどこへ行ったのか。彼は口汚く罵りながら、相手の生徒を追い詰めていった。そんなアーノルドの姿に、すすきは堪らず飛び出そうとした。
「止めなきゃ!」
「ちょっ、危険です! 止まってください!」
グッと手を引かれ、理事長室へ駆け込んだ生徒たちに止められた。しかし、放っておくわけにはいかなかった。
すすきが友だちになった彼は、楽しげに人を踏みつけるような男には見えなかったのだ。きっと何かの間違いだ。話せば元の優しい彼に戻ってくれる筈だ。そんな思いが止められず、すすきは生徒たちの手を振り払おうとした。
「あんなのアーノルドさんじゃないよ! 離してよ、私が止めに行くから!」
「だから違うんです! 落ち着いてください、お妃様!」
「お妃じゃありません!」
意に反する呼ばれ方をされたすすきは、苦虫を噛み潰したような顔で勢いよく振り返った。止めに入った生徒たちと、離せ離さないと揉めはじめる。そして、ギャアギャアと賑やかになったその場の空気に、シンは呆れて頭を抱え、ハクトは腹を抱えて笑い出した。
「あはは。ああ……お腹痛い。やっぱり君を呼んで正解だったよ。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない」
「笑い事じゃありませんよ!」
「ふふ……ごめんね。でも、飛び出す前にその子たちの話を聞いてみたらどうかな?」
すすきの反応がよほど面白かったのか、ハクトは目尻に溜まった涙を拭いながらそう言った。そして、ようやく聞く体勢となったすすきに、生徒の一人がおずおずと説明した。
「あの子が、さっき話したアレッタ・ジェミオス。アーノルドの双子の妹です」
「え……ふ、双子⁉︎」
「はい。なので、見た目は見分けがつかないくらいソックリなんです。だけど中身は真逆。アレッタの方は喧嘩っ早くて、一度暴れ出すと手がつけられないんですよ」
話を聞いている間も、アレッタは暴れ続けていた。校庭に残っていた他の生徒も参戦しはじめ、純血・混血・人間の乱闘騒ぎになっていた。
だが、ハクトやシンに焦った様子は見られなかった。オロオロと狼狽えるすすきを他所に、ハクトは隣に立つシンへとにこやかに笑いかけた。
「僕は民の争いに手を出せない。シン、君ならどうする?」
「無論。口で言って理解出来ないのなら、体に教えるまでです」
言うが早いか、シンはザクザクと足音を立てて歩き出し、すすきの横を通り過ぎた。シンから放たれた殺気に、周囲にいた生徒が短い悲鳴を上げて後退った。
すすきはカタカタと小刻みに震え、思うように体を動かせなくなっていた。すれ違い様にシンと目が合い、その赤い瞳から、息が止まるような恐怖を感じたのだ。
すると、声も出せずに固まっているすすきに、ハクトが近付いた。
「すすきちゃん。滅多にない機会だから、よく見ておくといいよ。あれが第三部隊隊長……シン・タイヴァスの力だ」
促されるままに視線を向けると、歩いていたシンの足元が、パチパチと燃えはじめた。
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