第32話 校訓
大股で歩きながらシンの後を着いていくと、一般棟へ戻ってきてしまった。誰もいない静かな廊下には、二人分の足音が響いている。そしてシンが足を止めたのは、豪華な扉の前だった。
一見重そうな扉は、触れる間もなくひとりでに開いた。元々そういう仕組みなのか、シンが魔法を使ったのかは分からない。中に入るように促され、すすきはシンに続いて部屋の中へ足を踏み入れた。
中央には立派なテーブルとソファーが置いてある。奥には木製のプレートが乗った机があった。プレートには理事長という文字が彫られていた。
「あの、ここって理事長室ですよね?」
室内を見回しながらすすきが尋ねると、シンは何やらゴソゴソと棚を漁りはじめた。
「確かこの辺りにあった筈だ。少し待て」
「あの、勝手に漁って大丈夫なんですか?」
「構わないだろう。どうせあるのはガラクタばかりだ」
そう言いながら、シンは何かを探し続けている。すすきはフウッと小さな息を吐くと、改めて室内を観察した。理事長机の後ろの壁には、校旗と共に校訓が飾られている。そして、そこにはこう書かれていた。
一、護国 身命を賭して民・領域を守るべし
二、必殺 敵前逃亡するべからず
三、国益 民や国のためになる仕事をするべし
四、遵守 法・規則を破るべからず
五、敬神 神を敬い制約のために献力すべし
お国のために生きよ。そう言われているようで、すすきは少しだけ鳥肌が立った。今まで生きてきた世界とは、まるで違う教えだ。
「なんか怖い。……神? あの、シン様。エルフランドにも神様がいるんですか?」
振り返りながら尋ねると、シンはどこから見つけたのか大きな木箱を抱えていた。
「神とは皇帝。つまりハクト様のことだ」
言いながら、シンはテーブルに木箱を置いた。
校訓の五は、皇帝を敬い、レルムによる力の制御の為に魔力を分けなさいという意味らしい。
モノリス魔法学校は、世界の半分が闇に呑み込まれたその後に、エルフランドを守り発展させていくために創られた学校だ。そのため、国内にある他の小さな学校よりも厳しい教えが守られていた。
パンパンと手から埃を叩いて、シンは理事長机の向かいにある壁を指差した。すすきがその指の先へ視線を向けると、そこには何枚もの人物写真が飾られていた。
写真は全て白黒。ズラリと飾られた額の一番最後には、見覚えのある顔があった。ハクトの写真だ。
「これってもしかして、歴代の皇帝の写真ですか?」
すすきが尋ねると、シンは「そうだ」と短く答えた。
シンによると、ハクトはここに並ぶ皇帝たちの中で最も魔力が大きいそうだ。真っ白な見た目のため病弱に見られることもあるが、実際には歴代皇帝の中でも桁違いに強いらしい。
「確かに、敵わない感じはします。ちょっと怖い時あるし」
そう言いながら、すすきは納得したように頷いた。その時、ギギギ……と扉の開く音がして、柔らかな笑い声が聞こえてきた。
「僕、怖がられていたんだね」
「ハクト様⁉︎ い、いえ。そんなことありません! とっても良くしてもらって、すごく助かってます」
アワアワと両手を振りながらすすきが否定すると、ハクトは楽しそうに笑っていた。そんな彼の後ろから、小さな老人も入ってきた。理事長だ。
「ほっほっ、これは可愛いお嬢さんじゃのう」
木製の杖を支えにヨタヨタと歩きながら近付いてくる。そんな理事長に、すすきはペコリと頭を下げた。
「はじめまして。三上すすきといいます。よろしくお願いします」
「理事長のイーサン・ペリンネです。よろしく」
杖を支えに、理事長もペコリと頭を下げた。
ふと見ると、シンも頭を下げていた。理事長にというよりは、皇帝に向けて。おそらく二人が部屋に入って来たと同時に頭を下げていたのだろう。シンはハクトに促され、ようやく頭を上げた。
ハクトと理事長がソファーに腰を下ろすと、シンはここにいる理由を二人に説明した。
三上すすきへ何らかの移動手段を与える必要がある。そう進言したシンに、二人は納得したように大きく頷いていた。
「ふぉっ、ふぉっ。時計塔の長い階段を駆け登れるとは、若さじゃのう」
「確かに、人間のすすきちゃんには辛いだろうね。僕は必死な姿を見るのも案外楽しみにしていたんだけど……」
「時計塔だけであればまだいいです。ですが、街なかへ移動する度に、常に隊長がついて回る訳にもいきません。そこで、このガラク……いえ、理事長のコレクションから何かお借り出来ればと思っています」
理事長のコレクションの中には、魔力が全くない人間にも扱える魔法道具……なんてものも多くあるらしい。
すすきを置いて、男三人は仲良く話を進めていた。本当に、魔法道具を貸してもらえるようだ。そして、先程シンが持ち出した木箱の中に、その道具が入っているらしい。
その中から選んで貰おうと、話はどんどん進んでいった。そして、開けられた木箱の中身を見て、すすきは思わず目を輝かせた。
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