第30話 内緒
驚いた表情のアーノルドに、すすきは首を傾げていた。すると、ハッと我に返ったアーノルドが、慌てた様子で取り繕った。
「あ……いや。ウェルカムフラワーって、触れた人の種族を判別できるんだよ。すすきさんはお妃候補だから、てっきり純血だと思ってたんだけど、人間だったんだね。見た目じゃ分からないから、ビックリしちゃった。ごめんね」
「いえいえ。こちらこそ驚かせてしまったみたいで、すみません。でも、純血の魔法使いだと思われてたなんて、ちょっと意外でした」
すすきが顎に手を当てて唸ると、アーノルドは少し困ったように笑った。
「たぶん、エルフランドの人たちはすすきさんを純血だと思ってるよ。ハクト様のお妃候補はほとんどが純血だから。歴代皇帝のお孫さんとか、五隊隊長の娘さんとか。中には混血も数人いるけど、それも生まれながらのお姫様やお嬢様ばかり。だから、もし人間だってバレたら、国中大騒ぎだね」
国中大騒ぎ。その言葉を聞いたすすきは、全身から血の気が引くのを感じた。人間だという噂が広まれば、すぐに新聞社が嗅ぎつけるだろう。国内に記事がバラまかれたら終わりだ。
ただの人間ならまだしも、今の自分の立場は、国民から見れば皇帝のお妃候補だ。人間だと知られたら、方々から敵意を向けられ、外にすら出られなくなるかもしれない。そんな未来が、嫌でも脳裏を過った。
「あ、あの。私が人間だっていうのは内緒にしてもらってもいいですか? あまり騒がれたくないので」
不安げに伝えたすすきに、アーノルドは快く頷いた。
そして、そのやりとりを、一人の人間が窓の外からジッと見つめていたことに、二人が気付くことはなかった。
◆◆◆
持っていた本を図書室に返しに行くそうで、アーノルドとは途中で離れてしまった。そのため、一人になったすすきは、育成科の棟を散策していた。
廊下は一般棟と違い人通りが多い。すれ違う生徒たちは老若男女様々だ。街なかを歩く時と同様、すすきには好奇の目が向けられていた。
何となく居心地の悪さを感じながら辺りを見回していると、外から大きな鐘の音が聞こえてきた。予鈴だ。生徒たちはバタバタと慌てて動きはじめた。
「おい、次って確か医療魔法の授業だよな? 早く行こうぜ」
「わり。俺18だから、これから予行演習だわ」
「そっか。三日後よね、式典」
「もうそんな時期なのね。そういえば、校内でハクト様を見かけたって、誰かが噂してたわね」
あちらこちらへと移動する人波の中から、そんな会話が聞こえてきた。
「ハクト様がここに? 予行演習か……ソピア様も、式典の準備かなって言ってたもんね。だから時計塔にいなかったんだ」
納得できる理由を見付けて、すすきはウンウンと深く頷いた。
もしハクトが来ているなら、予行演習にも参加するかもしれない。全身真っ白な見た目をした彼は、かなり目立つ筈だ。きっとすぐ見つかるに違いない。どんなことをするのかも気になったため、すすきは早速外へ向かうことにした。
──移動する生徒の後をコソコソとつけていくと、広い中庭のような場所に出た。そこには、年若い魔法使いや魔術師が数多く集まっていた。おそらく全員が18歳。新たに成年となる子どもたちだ。
これから何が始まるのか気にはなるのだが、出て行く勇気はない。すすきは建物の陰に隠れて、そっと様子を窺った。
皆の視線の先には、小さなおじいさんがいた。手に持っている木製の杖は、いかにも魔法使いっぽい。今が授業中だということを考えると、あの人が理事長だろう。集まった子たちに向けて何やら話しているようだが、よく聞こえなかった。
ハクトはいないのかと探してみると、理事長のいる場所から少し離れた木陰に、その姿を見つけた。しかし彼は何をするでもなく、木陰にあるテーブルでのんびりと皆の様子を見守っていた。
理事長の話が終わると、集まった子どもたちは一斉に何かをしはじめた。目を閉じたり、深く呼吸をしたり、手のひらを見つめたり、人によって様々だ。しかしその行動から、集中しようとしているのではないかというのが見て取れた。
すると、一人の子どもの手のひらから、ぽわんと淡い光の玉が現れた。それを皮切りに、周囲の子どもたちも続々と淡い光の玉を形成した。
アーロに聞いた時、彼は式典で行われる儀式で、皇帝の時空魔法を封じると言っていた。ハクトが両腕に着けているレルムという金の腕輪。そこに新成人たちの魔力の一部を注ぎ込み、時空魔法を封じる。そう聞いた筈だ。
あの淡い光の玉が魔力の結晶であれば、予行演習という話にも合点がいく。いま行われているのは、レルムに魔力を集めるための練習なのだ。
儀式を行うことで、皇帝の魔力を制御するレルムの力は、より強固になる。人間に危害を加えませんという踏み絵……アーロはそう言っていた。だが、すすきの目の前に広がっていたのは、そんな事情も忘れてしまいそうになるほど、美しい光景だった。
色とりどりの光の玉がいくつも宙に浮かび、なんとも幻想的だった。夜であればもっと美しかっただろう。
「綺麗……」
ぽろりと本音が漏れた。すすきは、壁にピタリと体をくっ付けて、隠れるようにジッと予行演習の様子を見つめていた。すると、そんなすすきの背後に、突然、音もなく人影が現れた。
「人間がこんなところで何をしている?」
驚いたすすきが飛び上がるように振り返ると、そこには、仏頂面をしたシンが立っていた。
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