第29話 歓迎
教室を出て左を見ると、突き当たりに豪華な扉が見えた。おそらくあれが理事長室なのだろう。だが、今は特に困ったことは起きていなかった。突然押しかけても迷惑だろうと考えたすすきは、このまま校内を散策することにした。
廊下は、建物の中央から十字の形に広がっている。すすきが出てきた教室は、廊下の端にあった。そこから建物の中央まで歩いて行き、十字の曲がり角に差し掛かった時だった。
ドンっと勢いよく何かにぶつかった。ドサドサと物の落ちる音がして驚くと、目の前にはブレザーの制服を着た男の子が呆然と立っていた。廊下には、男の子が持っていたであろう本がいくつも散らばった。
「ご、ごめんなさい。気が付かなくて」
すすきは謝りながら、慌てて本を拾いはじめた。すると、男の子もハッと我に返ったように本を拾った。
「いいんだ。僕もボーッと歩いてたから。ここは殆ど人が通らない場所だから、ビックリしたよ。君は何科の生徒? それとも見学?」
「私は今日は見学で……これ、どうぞ。すみませんでした」
集めた本のタイトルを見ると、どれも魔法についての研究資料のようだった。それらを手渡すと、男の子はありがとうと言って受け取った。そして、これからどこへ向かうのかと尋ねてきた。
すすきは、特に決まっていないことを話した。そして、魔法学校と言うからには、もっと禍々しいものだと思っていたが、意外と普通のどこにでもある学校のようでホッとしたと感想を伝えた。
すると、男の子は一瞬キョトンとした顔になり、再び微笑んでこう言った。
「そりゃあ、ここは一般棟だからね。試験会場くらいにしか使ってないから、サッパリした作りになってるんだ。だからほら、僕以外に生徒はいないでしょ?」
「言われてみれば、確かに」
「もし魔法使いっぽいのが見たいなら、魔法学部の棟へ行くといいよ。ここから近いのは育成科。僕はこれからそこに行くんだけど、良かったら一緒にどう?」
「いいんですか? ぜひお願いします」
すすきがペコリと頭を下げると、男の子はこっちだよと言って歩きはじめた。
育成科へ向かう途中、男の子は自己紹介をしてくれた。アーノルド・ジェミオスという名前で、魔法学部育成科の五年生だそうだ。三上すすきの存在は、新聞で知っていたと言われた。
だが、新聞記事と同一人物か判断できず、今まで黙っていたそうだ。学生にまで知れ渡っているとなると、校内を歩くのにも気を使いそうだ。
そんなことを考えながら会話を続けていると、廊下の突き当たりに大きな扉が見えた。古びた木の扉だ。周囲には蔦のようなものが巻き付いている。期待していた禍々しい雰囲気を醸し出していた。
「ここからが育成科の棟だよ」
そう言って、アーノルドは扉に背を当てた。彼が体重をかけると、ギギギ……と音を立てて扉が開いていった。そして、二人が育成科の棟へ足を踏み入れると、入り口付近には背の高い花壇が広がっており、花のようなものが大量に咲いていた。
すぐに花だと認識出来なかったのは、それに顔がついていたからだ。緑色の茎と、五つに分かれた大きな舌状花。そこまでは普通の花だった。しかし、真ん中にある筒状花の部分がニッコニコなのだ。
質感も植物のそれとは少し違うようだった。全ての花がすすきとアーノルドの方を見ていた。爽やかな笑顔を向けられてはいるのだが、どこか気持ち悪いと感じてしまった。
すると突然、一輪の花が声を上げた。すすきが驚いてビクリと体を揺らすと、最初の声を追いかけるように、周囲に咲く大量の花たちが一斉に復唱しはじめた。
「やあやあ、お嬢さん(やあやあ、お嬢さん)」
「ご機嫌いかが?(ご機嫌いかが?)」
「ここはモノリス魔法学校(ここはモノリス魔法学校)」
「君も今日から魔法使いだ(君も今日から魔法使いだ)」
花たちは言い終わると、楽しそうに笑い出した。大量の笑い声が辺りにこだまする。すすきは恐怖のあまり、アーノルドの背中に隠れてしまった。
「ひいいい、何ですかこれ⁉︎ 気持ち悪い!」
「ビックリした? ウェルカムフラワーっていうんだ。僕ら生徒の顔や名前を覚えていて、喋り相手にもなってくれる不思議な花なんだ。可愛いよねぇ」
「可愛いっていうより、怖いです!」
「怖くない(怖くない)」
「僕らは無害なウェルカムフラワー(僕らは無害なウェルカムフラワー)」
「アーノルドは僕らの友達(アーノルドは僕らの友達)」
「君も今日から友達さ(君も今日から友達さ)」
全ての花がニッコニコで、右の葉を差し出してきた。人間でいうところの右手だ。握手しようという意味だろう。
すすきは恐る恐る花壇に近付いて、一輪の花へ指先を差し出した。そっと右の葉に触れると、花たちは再び一斉に笑い出した。
「三上すすき。種族、人間(三上すすき。種族、人間)」
「ありがとう、良い1日を(ありがとう、良い1日を)」
「ひいいい、こちらこそ!」
すすきは悲鳴を上げながら、笑い続ける花から手を離した。気持ち悪いが、気さくで害はない花たちのようだ。
花壇の先には魔法道具と思われる鏡や杖などもあり、建物自体も古かった。これぞ魔法学校という感じだ。
おそらく、最初に訪れた一般棟は後から建てられたものなのだろう。一般棟よりは、育成科の棟の方が散策のしがいがありそうだ。そう思い、すすきはアーノルドの方へ振り返った。
「アーノルドさん。案内してくれて、ありがとうございます。私、少し育成科を見て回ろうと思います。……って、どうしたんですか?」
言いながら、すすきはアーノルドの様子に首を傾げた。彼はすすきを見つめながら、驚いた表情で硬直していたのだ。
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