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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第2話 転移

 首都から遠く離れた田舎に位置する往始町(おうしまち)。キジバトのさえずりで目を覚ますのどかな町の一角に、小さな書店があった。年季の入った看板には「三上(みかみ)書店」と書いてある。


 扉を開け放った入り口から緩やかに風が流れ込み、新鮮な空気が店内を循環していた。天井まで続く大きな棚には、数多くの書籍がびっしりと並んでいる。


 囁くようなオルゴールの音に癒されながら、三上すすきはブラシで棚の埃を落としていた。


「すすき。お友だちから葉書が来とるぞ」


 いくつかの封書を確認しながら店に入ってきたのは、店主の三上茅二郎(かやじろう)。すすきの父方の祖父で、78歳の読書家だ。非常にのんびりとした性格で、最近はポストの確認を日課にしていた。


 そんな祖父から手渡されたのは、いまどき珍しい絵葉書だった。差出人は学生時代の友人。ゆるい犬の絵のそばに、短い近況報告が綴られていた。


『新しい土地で、やりたいことが見つかった。厳しい世界だけど、これから頑張っていこうと思う』


 希望に溢れた内容に、すすきは安堵の笑みを浮かべた。しかしそれと同時に、ほんの少し焦りがよぎった。夢を追う友人たちとは対照的に、すすきには「やりたいこと」が無かったのだ。


 必死に勉強して、22歳でなんとか地元の大学を卒業した。暗い茶髪のボブカットに丸メガネをかけ、見た目だけはいかにも真面目な女に見える。だが卒業後は、周囲の大人たちから「その歳でやりたいことがないなんておかしい」と溜め息を吐かれるフリーターになっていた。


 興味を惹かれるものは沢山あるが、一歩踏み出すほど強い気持ちを持てるものが見つからない。周囲に急かされて悩む日々が続いていた。そんな時、浮かない顔のすすきに声をかけたのが、祖父の茅二郎だった。


『すすき。夢中になれるものは、無理に探しても見つかりゃせんよ。流れ星みたいに突然落っこちてくるものじゃ。のんびりでいい。自分のペースで歩きなさい』


 足の速い友人たちを見送るばかりで、心が荒みはじめていたすすきは、その言葉に救われた。


 それからすすきは、今までお世話になっていた職場を辞め、三上書店で働くようになった。


 祖父と過ごす毎日は穏やかでとても楽しかった。決して派手ではないけれど、波風の立たない平凡な人生も悪くない。23歳になった今のすすきには、おじいちゃんと書店で働くことが、何よりも楽しいと思えることになっていた。


「すすき、すすき?」


 自分を呼ぶ祖父の声に、すすきはハッと顔を上げた。どうやら絵葉書を見つめたまま固まっていたようだ。驚いた拍子に持っていた絵葉書が手から離れてしまった。風に乗って絵葉書がヒラリヒラリと飛んでいく。吸い込まれるように店内の隅まで行くと、そのまま床に落ちた。


「ごめんなさい。ちょっとボーっとしちゃった」

「大丈夫かい? 体調が良くないなら休んでも平気じゃよ」


 心配そうに孫を気遣う茅二郎に、すすきは首を横に振った。


「ありがとう、おじいちゃん。でも、もう大丈夫。外が明るいうちに残りの棚も綺麗にしなくちゃね」


 ブラシを掲げて気合を入れると、すすきは飛んでいった絵葉書を回収するために店内の隅に移動した。そして腰を曲げて絵葉書を拾い上げた時、妙な違和感を感じた。


 いつもと違う気持ち悪さの正体を探るように視線を動かしてみる。すると、びっしりと並んだ本の中に、見慣れない真っ青な表紙の本が混ざっていることに気が付いた。


 新入荷したという雰囲気ではない。見た目は分厚い洋古書だ。何度も在庫のチェックは行っているが、こんな本は今まで見たことがなかった。


 ともかく在庫の管理はすすきの仕事になっている。一度おじいちゃんに聞いてみようと、すすきは青い背表紙に指をかけて本を引っ張り出した。そして中を確認するために青い本を開いた瞬間、すすきは書店から姿を消した。


◆◆◆

 

 ザアザアと叩きつける雨音で、すすきは目を覚ました。天気がいい往始町(おうしまち)にいたはずなのに、ぼんやりとした視界には薄暗い風景が広がっていた。


 はじめは夢を見ているのかと思ったが、耳に届く雨音は一秒ごとに鮮明になっていく。何度も頬に当たっては流れ落ちていく水滴の感触で、現実感は更に増していった。


 横たわっていた体を起こしてみると、地面に接していた左半身は泥だらけになっていた。濡れた髪や長いスカートもべったりと体に張り付いている。寒さに震えながら、すすきは辺りをまさぐってメガネを探した。


 しばらく探していると、コツンと硬いものが指に当たった。使い慣れた丸メガネを見つけ、壊れていないことを確認してホッと息を吐く。土砂降りの雨の中だと、メガネは水滴ですぐに前が見えなくなるのだが、それでも無いよりはマシだった。


 すすきは指先で拭ったレンズ越しに、周辺の様子を確認した。するとそこには、枯れ木が立ち並ぶ薄暗い森が広がっていた。


「何ここ。……おじいちゃん⁈」


 不安に駆られ祖父を呼んでみるが、返事は聞こえてこない。辺りの不気味さも相まって、熱が奪われた体は小刻みに震えていた。


 すすきは雨をしのげる場所を探すため、ふらつく体で歩き出した。しかし、どこもかしこも枯れ木ばかりで建物など一つも見当たらなかった。


 長く雨に打たれたせいで、体力は底をつきかけていた。闇雲に歩き回るくらいなら、いっそ立ち止まって神頼みでもしたほうがいいだろうか。諦めにも似た気持ちになった時、雨音とは別に人が呻くような音が聞こえた気がした。


「誰かいるんですか?」


 大きな声を振り絞って尋ねた。すると、ヴヴヴ……と低い唸り声がして、枯れた木々の間から人影が現れた。声に気付いたのか、人影はゆっくりとこちらに近寄ってくる。


 なんだか嫌な予感がして注視してみると、ソレは人間ではなかった。真っ黒い皮膚に、ヨタヨタとぎこちなく歩く姿はまるで化け物だった。


 ヒッと小さな悲鳴を上げ、すすきは逃げようと振り返った。しかし、目の前には既に何体もの化け物がいて、いつの間にか取り囲まれてしまっていた。


 脳がパニックに陥り、両足は固定されたように動けなくなった。殺される──そう思った時、森の向こうに小さな赤い光が現れた。


 光は一つだけではなかった。数十個の赤い光が、別々の動きをしながら物凄い速度で近付いてくる。そして、すすきを取り囲んでいた化け物たちは、次々に倒されて赤い残像と共に消えていった。


 突然現れた赤い光の集団は、全員が同じような黒いコートを着ていた。目深にフードを被っているため顔はよく見えない。


 すると、その中の一人が近付いてきて、胸ぐらを掴まれた。荒々しい男の声で、何かを言ってきている。しかし、すすきは耳に入ってきた言葉を理解することができなかった。


 英語でもない、中国語でもない。聞き慣れない言葉に戸惑っているうちに、体温の下がった体からは力が抜けていった。立っていることもままならず、すすきは訳もわからないまま、再び気を失った。

読んでくれてありがとうございます⭐︎


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