第28話 学歴 ※挿絵あり
ソピアは黒板を使って、隊長五人の学歴について説明してくれた。学歴については、フェンスター社の新聞でも散々取り上げられているため、勝手に話しても問題ないらしい。
まずは、シン・タイヴァスとアーロ・ルパウス。純血の魔法使いである二人は、星兵学部特魔科で五年間の教育を受けるという一般的なルートで幹部入りを果たした。
二人は魔力も大きく頭もいい。戦闘能力にも秀でていて、星兵学部特魔科を主席で卒業した、超のつくエリートだそうだ。
次に、フウガ・トラオム。彼については本人の口からも話を聞いている。フウガは、星兵学部養成科の出身だ。しかし、モノリス魔法学校時代に魔力が開花することはなかった。全く魔法が使えない、ただの人間なのだ。
だが、養成科卒業時の戦闘試験で、持ち前の洞察力と戦闘能力を発揮した。隊長以外の幹部全員を叩きのめし、アーロに引き抜かれて幹部入りを果たした。
星兵学部養成科で五年間の教育を受けた後は、通常であれば一般兵になる道しかない。養成科から幹部入りするというのは、極めて特殊な事例である。後にも先にもフウガしかいないだろうという話だった。
そして、幹部最年長であるブラント・ネウトラーリ。彼は、星兵会・防衛五隊の結成初期から幹部入りしている。そのため、モノリス魔法学校に通うことはなかった。
その代わり、第一期生の指導者として教壇に立っていた。当時の生徒の中には幼いアーロの姿もあり、二人は教師と教え子という関係でもあるそうだ。
十歳で即位したハクト・マンシッカも、勿論通っていない。そんな彼がどのように学んだかというと、当時の隊長たちが代わる代わる時計塔へ訪問し、家庭教師のようなことをやっていたそうだ。
悪魔が蔓延り、世界の約半分が闇に覆われたその時代。混乱したエルフランド国内で、星兵会・防衛五隊が結成され、モノリス魔法学校が創設された。
次々と変化する情勢に、魔法使いも人間も混乱していた。あらゆる場所で暴動が発生し、ハクトを狙う者も現れた。そのため、隊長たちによる家庭教師は、時計塔を見張り、幼帝の命を守ることも兼ねていたのだ。
最後は、ソピア・キルヤスト。防衛五隊初の女性隊長である彼女は、すすきも驚くような学歴の持ち主だった。
ソピアは純血の魔法使いだそうだ。だが、彼女が最初に入学したのは魔法学部育成科だった。生まれつき魔法が使えるにも関わらず入学したのは、「卒業資格が欲しかった」という理由からだそうだ。
その後、一年で育成科の卒業資格を取得し、魔法学部特魔科へ進学。その二年後には、今度は星兵学部養成科へ進学した。更に養成科を一年で卒業。最後に星兵学部特魔科で五年間の教育を受け、幹部入りを果たしたそうだ。
モノリス魔法学校では、どの学科も全て五年制だ。普通に計算すれば、全学科の卒業までに最低二十年はかかる。ソピアはそれを、約半分の期間で卒業していた。
飛び級が認められるということは、それ程ソピアが優秀だということの証明だ。すすきは黒板を見つめ、次元が違うと呟きながら、再び頬を引き攣らせていた。
しかし、ソピアは何故そうまでして卒業資格が欲しかったのだろうか。幹部入りしたいのであれば、ストレートに星兵学部特魔科へ入学するほうが早いだろう。すすきは首を傾げながら、ソピアに問いかけた。
「でも、ソピア様は純血なんですよね? それなら最初から星特へ入れる筈なのに、他の学科の卒業資格が必要な理由があったんですか?」
「……黙らせるためです」
「え? 黙らせるって……一体誰を?」
「この国に生きる全ての人です。魔法使いも人間も、国や世界のトップに立つのはいつも男性でした。だから、私が隊長になりたいと言っても、女が出しゃばるなと反発されることも多かったんです」
「確かに……私のいた世界でも、女性のトップは少ないですね」
「そうでしょう? でも、女だって戦えます。女にだって、意見を述べる権利はあります。私だって、この国を守りたい。だから私は、ソピア・キルヤストの隊長就任に対して、誰にも文句を言わせない為に、全ての学科の卒業資格を取ったんです」
ソピアは静かに語っていたが、その声には熱い思いが込められていた。ソピアにとって一番に守りたいものは、女性の立場なのだそうだ。そこに種族は関係ない。女性を守り、女性が活躍できる場を増やす。そして、やがてはそれがエルフランドを守り、優しい世界を創り出すことに繋がるのだと、ソピアは語った。
「女性と同じく、人間もエルフランドでは肩身が狭いです。実は、フウガ様が隊長になったのは、人間の立場を守るためなんです。だから、弱き者を守るという点においては、私はフウガ様を尊敬しています。それにシン様も……」
「シン様も?」
「はい。筋金入りの純血主義ではありますが、あの人は純血であれば男女は関係ありません。女だろうがお構いなしに引っ叩くような、厳しい方です。今の幹部は、女性を受け入れてくれる方ばかりで心強いです」
そう言って、ソピアは嬉しそうに口角を上げた。
確かに、今まで女だからという理由で拒否されたことはなかった。アーロは女性を大切に扱うし、フウガは誰に対しても気さくに話しかける。娘のいるブラントも、女性を否定することはないだろう。シンは人間嫌いなだけで、女として拒否されたことはない。
過去の防衛五隊は知らないが、今の防衛五隊は、ソピアにとって居心地が良い場所なのだろう。だがそれは、ソピアが変えたと言っても過言ではない。
きっと彼女の思いと行動が、エルフランドの人々の心を少しずつ変化させているのだ。すすきはソピアの表情を見つめながら、そう思った。
すると、窓の外からゴーン、ゴーンと鐘の音が聞こえてきた。時計塔の鐘かと思ったが、違うようだ。ソピアによると、今聞こえているのは校内に設置された鐘の音で、授業の終了時間を知らせるものだそうだ。
ソピアはその音を聞いて、ふと懐中時計を取り出して蓋を開けた。すすきが上蓋を見ると、そこには紫色に輝く宝石が付いていた。
時間を確認したソピアは、パチンと蓋を閉じると、懐中時計をしまった。そして黒板に書いた文字を消しながら、すすきに今後の予定を告げた。
「すみません。私はこれから管轄区域の見回りと報告書の作成があるので、帰ります。校内は自由に散策してもらって大丈夫ですから、この後の時間はお好きにどうぞ」
「あ、はい。わかりました」
「困ったことがあれば、理事長室へ行ってみてください。この教室を出て左手の突き当たりにありますから」
慌ただしく説明すると、ソピアは手についたチョークを叩き落とした。そして、「では」と短く伝えて、その場から消えてしまった。
「……なんていうか、マイペースな人だったな」
静かになった教室で、すすきはポツリと呟いた。
モノリス魔法学校は、時計塔と同じ1区内にあるため、ここからなら自力でも帰ることができるだろう。広い校内を回りきる自信はないが、魔法学校というものには好奇心が湧いた。
人生初の魔法学校めぐりだ。すすきはガタンと音を立てて立ち上がると、ワクワクと体を弾ませながら、教室を出た。
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