第27話 学校 ※挿絵あり
カチコチと無機質な音が響く部屋で、すすきは遠くへ投げかけるようにハクトの名を呼んだ。しかし、ハクトは現れなかった。
大量の秒針音を掻き分けて耳を澄ませてみるが、物音は聞こえない。私室で倒れているのではないかと心配になった。しかし、本人がいないのでは私室へ入る手段がない。
どうしようかと悩んだ末に、すすきは一度キッチンへ戻ることにした。
ハクトがいなかった件について報告すると、ソピアとヒュパタは首を傾げていた。二人にも見当がつかないそうだ。
「ヒュパタは使い魔なんでしょ? ハクト様の私室には入れないの?」
すすきが尋ねると、ヒュパタは首を横に振った。ハクト自身が鍵になっているため、使い魔とはいえ勝手に入ることはできないそうだ。すると、ぼんやりと虚空を見つめていたソピアが、ガタリと音を立てて立ち上がった。
「式典の準備にでも出掛けたのでしょうか? ……ヒュパタ、美味しかったです。ありがとう。私はここを離れるので、ヒュパタは様子を見ていてください。何かあれば各隊長へ報告を」
ソピアの指示に、ヒュパタはコクリと頷いた。そして、不安そうに二人を見つめていたすすきの手を、ソピアがそっと握った。
「すすきさん。時間が出来たなら早速学校へ行きましょう。ハクト様はああ見えて強いので、心配しなくても大丈夫です」
「そうで──」
そうですよね。と返そうとしたが、言葉の途中ですすきの視界が切り替わった。驚いて辺りを見回すと、目の前には、校章の付いた巨大な黒い門があった。その奥には広い敷地が広がっていて、学校のような建物が見える。すすきは有無を言わせず、魔法学校まで空間移動させられていたのだ。
門の横には、大きく「モノリス魔法学校」と書かれている。ハクトが上空からエルフランドを見せてくれた時に、1区には大きな建物が三つ見えた。一つは時計塔。そして残り二つのうちの片方が、このモノリス魔法学校なのだろう。
あまりの大きさに圧倒されていると、ソピアが再び空間移動した。
次の移動先は、空き教室だった。なぜ教室だと分かったのかというと、黒板があったからだ。魔法学校というからには、もっと禍々しいものを想像していた。しかし、連れてこられた場所は、元の世界の中学校や高校の教室と大差なかった。
黒板の他には、勉強机やロッカーがあるだけのシンプルな部屋。教卓の目の前の席に座るように促され、すすきは椅子に腰掛けた。
ソピアはハクトから、すすきへ防衛五隊に入る仕組みについて説明するよう言われているとのことだった。防衛五隊についての知識がどれだけあるのか尋ねられ、すすきはこれまでに聞いたことをソピアへ伝えた。
すると、ソピアは白いチョークで黒板へガリガリと文字を書きはじめた。決して上手とは言えないが、丸っこくて可愛らしい字だった。文字を書きながら、ソピアがすすきに尋ねた。
「すすきさんは、魔法が使えるようになりたいとは思いますか?」
「……うーん、あったら便利だなとは思います。ちょっと怖いけど、使えるようになれるなら勉強してみたいです」
「そうですか。それなら、少しは楽しく聞いてもらえそうですね」
そう言うと、ソピアはチョークを持つ手を止めてすすきの方へ振り向いた。すすきが黒板を見ると、そこにはいくつかの学科が書かれていた。
フウガにも少し説明を受けたが、ソピアが改めてわかりやすく解説してくれた。
モノリス魔法学校には、二つの学部がある。魔法学部と星兵学部だ。基本的に年齢は問わないため、実力さえあれば何歳であろうと入学できる。学費は無料。敷地内に寮があり、生活費なども全て補助される。そのため、例年入学希望者が多いそうだ。
まず、魔法学部というのは、魔法の研究や政治教育に特化した場所である。
魔法学部育成科は、種族を問わず誰でも入学可能。人間であればまずここに入学する者が多いそうだ。卒業後は、別の学科に進学するも良し、働くのも良し。特に決まりのない比較的ルーズな学科らしい。
魔法学部特魔科は、純血もしくは育成科の卒業資格を持つ混血・人間が入学可能。卒業後は、ほとんどの者が国の制度や運営に関する仕事に就くらしい。
そして、もう一つの星兵学部というのは、エルフランドを守る兵士を育てるための場所だ。
星兵学部養成科は、種族を問わず誰でも入学可能。卒業後は防衛五隊の一般兵として、エルフランド国内の治安維持を行う。警察や消防・救命士のような仕事をこなすそうだ。
星兵学部特魔科は、モノリス魔法学校の中でも最難関。基本的には純血の魔法使いのみが入学可能。もしくは、魔法学部育成科・特魔科の両方の卒業資格を持つ者であれば、人間でも入学可能なのだそうだ。
どの学科よりも厳しく、試験はどこよりも難しい。エルフランドに関するあらゆる知識と、国を守るための魔力と戦闘力。そして、命を捨てる覚悟を求められる。卒業後は、防衛五隊の幹部もしくは幹部候補となるそうだ。
「私たち五隊幹部……つまり補佐から隊長の役職を持つ者は、ほぼ全員が星兵学部特魔科の出身です。そして、ここに書いた学科は全て五年制。つまり、もし人間のすすきさんが幹部入りしようとしたら……」
そう言いながら、ソピアは赤いチョークで印をつけた。
「魔育・魔特・星特の順に、三つの学科の卒業資格が必要です。なので、一般的には卒業まで最短十五年かかる計算になります」
「じゅ、十五年。てことは卒業する頃には……三十八歳⁉︎」
黒板に書かれた年数を見て、すすきは頬を引き攣らせていた。
一刻も早く三上書店に帰りたいというのに、これでは卒業する頃にはおばさんになっている。いくらハクトが時間を戻してくれるといっても、十五年もエルフランドに住むつもりは毛頭なかった。
「あ……ちょっと、防衛五隊になるのは……遠慮します」
引き攣った顔のまますすきが答えると、ソピアはフッと楽しそうに口角を上げた。
「冗談です。ああ、それと。私たち隊長の学歴も教えるように言われています。あまり興味はないと思いますが、一応、軽く紹介しますね」
言いながら、ソピアは黒板に付けた赤い印を消していった。そして話を聞きながら、すすきの表情は再び引き攣っていくことになる。
ソピアは、驚くべき学歴の持ち主だったのだ。
次回は隊長たちのビジュアル(ちびキャラ・顔だけ)が分かる画像を載せる予定です。
柚中が描いてるので、クオリティは期待しないでね。




