第24話 願い
すすきは、フローラと並んで街なかを歩いていた。お互いにお妃候補と噂される立場でもあり、二人はすぐに打ち解けることができた。しかし、フローラの"どうしても食べたい物"については、着いてからのお楽しみだと教えてもらえなかった。
店に向かう道すがら、フローラは自身のことを色々と教えてくれた。純血の魔法使いで、モノリス魔法学校の卒業生。花や果物の研究が好きで、風の魔法を得意としている。父親のブラントも同じく風の魔法使いで、ネウトラーリ家は風を操る一族なのだそうだ。
皇帝の妻として申し分ない血筋と魔力。その上、美しさと優しさも兼ね備えている。そんなフローラは、なぜハクトではなく人間の男に恋をしたのだろうか。二人の関係が気になったすすきは、フェリクスについて尋ねてみた。
「そういえばフローラさんは、フェリクスさんのことが好きなんですよね? お付き合いされてるんですか?」
「ええ。フェリクスは私の恋人よ。それに私、実はフェリクスと結婚の約束をしてるの。もう随分前にプロポーズされて、指輪も貰ってるわ」
「ええっ、そうなんですか⁉︎ そこまで決まってて何で……ブラント様はどうして反対してるんでしょうか?」
「お父様は、私やお母様の身を案じてるの。それにフェリクスも。二人とも頑固者なのよ」
そう言うと、フローラは困ったような笑顔を見せた。
防衛五隊隊長の主な仕事は、シールド外の調査だ。常に死と隣り合わせだと、アーロも言っていた。そして、万が一にでもシールドが破られるような事が起これば、隊長は真っ先に戦いに向かう。
防衛五隊は十数年という短い歴史の中で、数多の尊い命を失ってきた。ブラント自身も、いつ命を落とすかわからない。今日かもしれないし、明日かもしれない。いつか命を落とした時、自分の代わりに妻と娘を守ってくれる……そんな強い魔法使いでなければ結婚は認められない。ブラントはそう言っていたそうだ。
だからこそ、人間であるフェリクスを冷たくあしらっている。
フェリクスも、モノリス魔法学校の卒業生なのだそうだ。しかし、フェリクスは在学中に魔力を開花させることが出来なかった。魔術師にもなれない落ちこぼれだと、馬鹿にされていたようだ。だが、そんな彼にも彼なりの考えがあるのだとフローラは語った。
悪魔と戦うことが全てじゃない。失う不安を抱えたまま過ごす人生にしてほしくない。心穏やかに笑っていてほしい。ブラントにも、退役して平和な毎日を過ごしてほしい。魔法が使えなくても、強くなくても、大切な人の笑顔を守ることは出来る。フェリクスはそう言っていたそうだ。
「だから、お父様は絶対にフェリクスとの結婚を認めようとしないの。それにフェリクスのほうは、お父様に認められてないのに勝手に結婚することは出来ないって。似た物同士でお互いに譲らないから、ずっと押し問答が続いているのよね」
フローラは深い溜め息を漏らしながら、いつになったら結婚できるのかしらと嘆いていた。彼女にとっては悩みの一つなのだろうが、やっぱりなんだか羨ましい。好きな人に心から愛され、大切にされる。そんな経験、一度でいいからしてみたいものだ。
切ない気持ちになりながらも、二人はその後も恋の話で盛り上がった。そしてしばらく歩いたところで、フローラが足を止めた。ここよ、と指差した先を見ると、目の前には小洒落た店があった。
分厚いガラス窓の向こうに、色とりどりの瓶が並んでいるのが見える。すすきはフローラに手を引かれ、店の中に入った。ガランと音を立てて開いた扉を抜ける。すると、そこにはフェリクスの姿があった。
「フローラ。来てくれたんだね」
「新作のジャムが出来たら食べに行くって約束だったから。私、ずっと楽しみにしてたのよ」
「ありがとう。さっそく準備するよ。あれ? 君は確か、ブラント様と一緒にいた……ああっ⁉︎」
すすきの顔を見て、フェリクスは何かを思い出したように店の奥へ走っていった。そして新聞を手に慌ただしく戻って来ると、やっぱり……と小さな声で呟いた。
「あはは……お妃候補ではないですが、三上すすきといいます。よろしくお願いします」
人に会う度に否定を続けているが、誤解は解けそうにない。国中にばら撒かれた新聞記事を回収することは不可能だ。きっとフェリクスにもお妃候補だと言われるのだろう。そう思いながら、すすきは感情のこもっていない笑みを浮かべて自己紹介をした。
するとフェリクスは、他とは違う表情を見せた。彼は憐れむように涙を流しながら近付いて来ると、すすきの両手を掴んだ。
「大変だったろう? お妃候補の噂なんて気にすることないよ。でも、街の人たちや他の候補には悪く言われることもあるかも知れない。もし辛くなったら、僕やフローラに相談するんだよ」
すすきは驚きのあまり、パチパチと大きくまばたきをした。こんな反応をされたのは初めてだったからだ。辿々しくお礼を伝えると、フェリクスはフローラと共にすすきを店内の隅へと案内した。
外からの光が差し込む明るい場所に、可愛らしいテーブルクロスの掛かった丸テーブルがあった。フェリクスは準備をすると言って店の奥へ行ってしまい、すすきとフローラは椅子に腰掛けて彼の戻りを待った。そして、先程のフェリクスの反応に違和感を感じていたすすきは、フローラに尋ねてみた。
「フェリクスさん、なんで私がお妃候補じゃないって分かってくれたんでしょうか?」
「私もすすきちゃんと同じように、困っていたからよ。お妃候補なんて言われたら、街を歩くのも大変でしょう?」
フローラの言葉にすすきはウンウンと大きく頷いた。
これまでにお妃候補と噂されたのは、三上すすきを含めて二十九名。その内の全員が正妃となることを望んでいる訳ではない。
街に出れば噂され、常に人目を気にする生活を余儀なくされる。そんな毎日にうんざりしている者もいるそうだ。
一方で、正妃の座を狙っている者もいる。その中には、他の候補に嫌がらせをする者もいるそうだ。
フローラは、フェリクスにプロポーズされるまで、他の候補から嫌がらせを受けていた。当時は最有力候補とも噂されていたため、周囲からの評価で傷つくことも多かったという。
そんなフローラを傍で支え続けたフェリクスだからこそ、すすきの複雑な気持ちを瞬時に理解してくれたのではないか。そう言って、フローラは両手で頬を包みながらうっとりとしていた。
フローラにとって、フェリクスは本当に大切な人なのだろう。彼のことをどれだけ好きでいるか、表情を見るだけで伝わってきた。
魔法使いと人間……種族が違っても、愛は生まれる。頬を染めたフローラの姿に、すすきは心がほっこりと温かくなるのを感じた。
そして再び恋の話で盛り上がりはじめた時、店の奥から、ふんわりと薔薇の香りが漂ってきた。お待たせ、と聞こえた声にすすきが振り向くと、フェリクスが大きなプレートを抱えていた。
プレートの上には、宝石のような色とりどりのジャムが乗せられている。エルフランドの小さなジャム屋で、三人の優雅なティータイムが始まった。
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