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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第22話 中立

 翌朝、すすきは再びハクトの部屋を訪れていた。中央にあるテーブルには四人分の紅茶とショートケーキが並び、甘い香りが漂っている。ハクトの部屋には決まって椅子が三つ置かれているのだが、今日は一つ増やされていた。


 すすきの真正面にはハクトが座っていて、左手にはシンが座っている。そして右手には、白い口髭をたくわえたおじさんが座っていた。シンと同じデザインの隊服で、左胸には五つ星のプレートが付いている。服装から、彼も隊長であることが分かった。


 しかし、すすきが訪れた時から部屋の空気がピリついていて、ろくに挨拶も出来ていなかった。ハクトに促されて席に着いたは良いものの、非常に気まずい状況だった。


 おじさんは真剣な眼差しで、真正面に座るシンをジッと見つめている。だが、シンは気にする様子もなくケーキを食べていた。すると重たい空気の中、おじさんの低い声が、短い言葉を発した。


「シン……ワシの娘と、結婚しろ」

「嫌です」


 間髪入れずバッサリと断られたおじさんが、悔しげに顔を顰めた。予想もしていなかった結婚というワードに、すすきは二人の表情を交互に観察した。


 おじさんはふざけている訳ではなく、至って真面目な話をしているようだ。シンは心なしか嬉しそうな顔をして、最後まで残していた苺を口に運んでいた。


 そんなシンに、おじさんは更に食い下がった。


「何故だ。何故ワシの一人娘(たからもの)を拒否する? それはそれは美しく、魔力も知性も愛嬌も兼ね備えた純血の魔法使いだ。どこに出しても恥ずかしくない、素晴らしい娘だぞ」

「興味がありません」


 短く言葉を返すと、シンは静かにフォークを置いて紅茶を啜った。おじさんは納得がいかないといった表情で口ごもっている。


 事情はよく分からないが、どこかで区切りを付けなければ空気が軽くなることは無さそうだ。そう思ったすすきは、思い切って声を上げた。


「あ、あの。大事なお話の途中にすみません。私、三上すすきといいます。はじめまして……」

「ん? おおっ、すまなかった。自己紹介をしておらんかったな。ワシは第五部隊隊長のブラント・ネウトラーリ。ハクト様から話は聞いておる。皇帝の妻として頑張るのだぞ」

「あ、いえ。妻ではないです。よろしくお願いします」


 差し出されたブラントの手に、すすきも身を乗り出して手を差し出した。固い握手を交わした後、席に戻りながらチラリとシンの反応を見る。人間を嫌っているシンは、お妃候補などと書かれたことに怒っているのではないかと思ったからだ。


 だが、特に怒っている様子はない。すすきは何も言われないことを不思議に思い、記事について尋ねてみた。


「あの……シン様。怒ってないんですか? 私の記事のこと」

「何故俺が怒る必要がある? 妃候補が一人や二人増えたところで、何も問題はない。噂など気にするだけ無駄なことだ」


 シンは興味無さげにそう言ったが、すすきにとっては問題大有りだった。どこへ行っても自分の噂話が耳に入ってくるのだ。聞かないようにと心がけてはいるが、気になるものは気になる。


 すすきが「そうですか……」と気の抜けた返事をすると、先程まで黙っていたハクトが口を開いた。


「ちなみに、ネウトラーリ家のお嬢さんも僕のお妃候補の一人だよ。他に好きな人がいるみたいだけど。ねえ、ブラントさん?」

「ハクト様。あやつの話は出さないようにしていただきたい。ワシはあやつの姿を思い出すだけでもゾッとするのです」


 苦虫を噛み潰したような顔をしたブラントを見て、ハクトが楽しそうに微笑んだ。どうやらブラントの娘は、ハクトではなく別の男性に恋をしているようだ。しかし、世間ではハクトのお妃候補の一人であり、父親であるブラントはシンとの結婚を望んでいる。


 家柄や血脈など、様々な事情があるのだろう。なんだか面倒くさそうだが、好きな人がいるという点はとても羨ましく感じた。


 異世界で慌ただしい生活をしているうちは、自分の恋はお預けかもしれない。そんな風に思い、すすきの口からは切ない溜め息が漏れた。


 すると、そんなすすきにハクトがある提案をした。


「そうだ、すすきちゃん。今日はネウトラーリ家のお嬢さんに会いに行ってみたらどうかな? 他のお妃候補がどんな人か、少しは気になるでしょ?」

「おお、それはいい。ぜひ我が娘を紹介しよう」

「いいんですか?」


 他のお妃候補がどんな人か、確かに気になってはいた。会う機会を作ってもらえるなら、一度会ってみたい。それにハクトもブラントもノリノリだ。断る理由も無いため、すすきはブラントに着いていくことになった。


 そして、すすきの本日の予定が決まった時、シンは隊務があると言って帰ってしまった。本当はシンとの距離を縮めたいのだが、なかなかタイミングが掴めない。また今度と言いつつ、いつもチャンスを逃している。


 いつか、ちゃんと話せる日が来るといいな。そう思いながら、すすきは空いた左手の席を見つめた。


 その後も、出されたケーキを食べながら、残った三人でしばらく談笑した。そしてテーブルの上が綺麗になった頃、すすきはブラントに連れられてハクトの部屋を出た。


 今日も楽しんでおいでと、ハクトが見送ってくれる。いってらっしゃいと手を振られて、なんだかホッとした。


 これから向かうのは、第五部隊が管理する6区。別のお妃候補とのはじめての出会いに胸を高鳴らせながら、すすきはブラントと共に時計塔から姿を消した。

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