第20話 消火
木造二階建ての一軒家は、燃え盛る炎に包まれながら、晴れた空に黒煙を広げていた。両親と思われる男女が泣き叫びながら火に飛び込もうとするのを、近くの大人たちが必死になって止めている。近隣住民や第二部隊の星兵たちがバケツで水をかけたり、魔術師たちが水魔法を唱えたりしているが、どう考えても助かる見込みはなかった。
「そんな……これじゃあ、あの子の妹さんはもう……」
すすきは震える声で呟いて、駄目かもしれないという言葉を呑み込んだ。すると、フウガにポンと肩を叩かれた。見上げると、彼は少しも心配していないといった表情をしていた。
「火はすぐ消える。だが、煙を吸ってたら一大事だな」
「すぐ消えるって……あんな大きな炎どうやって消すんですか⁉︎」
「まあ、アーロをよく見ておきな。エルトン、俺はメディカ・ネロを呼んでくる。すすきを見ておいてくれ」
「かしこまりました」
エルトンにすすきを任せたフウガは、空間移動でどこかへ行ってしまった。
アーロをよく見ておくようにと言われたすすきは、その姿を探した。彼は燃え続ける家の側で、男の子を両親の元へ返しているところだった。そして両親へ何かを伝えて微笑むと、水をかぶることもなく炎の中に飛び込んでいった。
「アーロ様⁉︎」
驚いて身を乗り出すと、エルトンに止められた。見ていてくださいと言われ、すすきは炎に包まれた家へ視線を固定する。
すると、周辺の地面や植物など"水"を含むあらゆる物から大量の水粒が弾け出した。近隣の家の蛇口からも、水が勝手に噴き出していった。集まった小さな水粒たちは、ひとつの大きな渦となって、炎にまとわりつきながら家を包み込んだ。
まるでウォーターイリュージョンのようだった。燃え盛っていた炎は瞬く間に消えていき、包み込んでいた水粒が弾けて消えると、真っ黒に焼け焦げた家が姿を現した。その中から、幼い女の子を抱いたアーロがゆっくりと出てくる。両親へそっと引き渡し、頬に付いた煤を拭うと、アーロはこちらへと向かってきた。
「アーロ様‼︎ なんて無茶なことするんですか⁉︎」
二人が無事だったことに安堵して、すすきの目からは思わず涙がこぼれた。
「心配かけてごめんね。でも、女の子は軽い火傷で済んだ。煙を吸ったみたいだから、メディカちゃんに診てもらわなきゃ。あの子の魔法なら、肺の中を綺麗に出来るからね」
「メディカさんが?」
「そう、あの子はエルフランド屈指の医学者。戦闘には向かないけど、天才と呼ばれる程の回復魔法で隊を支えている。隊長補佐であると同時に、救護兵でもあるんだ」
「救護兵……そういえば、初めてエルフランドに来た日、私のことを看てくれていたのもメディカさんでした。でも、いくら回復魔法があるからって、危険過ぎます。もしアーロ様まで煙を吸って炎に巻き込まれていたら……」
「大丈夫。僕は水魔法が一番得意なんだ」
「そういう問題じゃないです」
すすきは涙を拭いながら頬を膨らませた。すると、アーロは柔らかい表情のまま、静かにこう言った。
「すすきちゃん。僕を含め、防衛五隊の幹部たちはみんな、エルフランドの為に命を捨てる覚悟をしている。この国を守る為なら、どんな危険にも先陣を切って飛び込んでいく。僕らと一緒にいれば、こういうことは何度も起こるだろうし、シールド外の調査はもっと危険だ。だから充分に気を付けるつもり。それでも、僕らは常に死と隣り合わせだ。それは君にも、理解していてほしい」
穏やかな口調とは裏腹に、それはとても重い言葉だった。
命を捨てる覚悟をしてでも、エルフランドを守りたい。それが防衛五隊幹部の「やりたいこと」だ。何も持たない自分と違い、みんなそれぞれに思想や信念をしっかりと持っている。今まで近くにいたはずなのに、なんだか彼らが遠い存在のように感じた。
「わかりました。でも、本当に気を付けてくださいね」
すすきがコクリと頷いてそう言うと、アーロとエルトンはすすきに優しく微笑みかけた。
それから数分もしないうちに、フウガがメディカを連れて戻ってきた。二人はぐったりと倒れた少女に駆け寄り、膝をつく。するとメディカが、少女の胸の辺りに手を翳した。メディカの手のひらから白い光が放たれ、しばらくすると少女は意識を取り戻した。
涙を流す両親の腕に抱かれ、少女が微笑んだ。その様子を見届けると、メディカはフウガと少し会話をした後に走り去ってしまった。
するとエルトンが手を叩き、消火のために集まった星兵たちへ、大きな声で呼びかけた。
「みなさん、無事に火は消えました。これより、現場の調査と焼失した家財の撤去、家の建て直しを行います。救護兵は被災されたご家族のケアと仮住まいの準備を行なってください」
その言葉に、集まった星兵たちが短い返事をして動き出した。そしてエルトンは「また会いましょう」と言って、焼け焦げた家の方へ向かっていった。
すすきは慌てて返事をしながら、エルトンの背中に向かって頭を下げる。すると、すすきの肩にポンとアーロの手が乗せられた。
「あとは彼らに任せておけばいい。僕らはもう帰ろうか。時計塔まで送っていくよ」
「いいんですか?」
尋ねると、アーロはコクリと頷いた。いつものように差し出された手に、すすきが手を乗せる。その時、気の抜けた若い男の声が耳に届いた。
「うわあ、派手に燃えたな〜。あれえ? アーロ様じゃん。久しぶり〜。元気してた?」
ケラケラと笑いながら男が近付いてくる。その左胸には、二つ星のプレートが付いていた。
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