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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第1話 発端

 エルフランド。世界唯一といわれる魔法使いの国。海岸を持たない内陸国で、人間が統治する国々に囲まれている。そこに住む魔法使いたちは、健康な大地と澄んだ水を維持しながら、長きにわたり自然と共に生きてきた。


 魔法という特別な力を有するエルフランドの民は、人間の国とも交易を重ね、友好な関係を築いていった。


 しかしある日を境に、世界は闇に呑まれはじめた。人間の国が一つ、瞬く間に滅びたのだ。草木が枯れ果て、暗雲が垂れ込めるその国には、虚ろな目をした人間たちが徘徊していた。ドス黒く変色した皮膚に、呻くような声。人はそれを「悪魔」と呼んだ。


 悪魔の侵入で隣国はパニックに陥っていた。傷口などから悪魔の血液が入り込むと、人間は悪魔へと変化してしまうのだ。幾人もの兵士が反撃を試みるが、悪魔は予想を上回る速度で増していくばかり。各国の王や指揮官は、滅びゆく自国を前に成す術がなかった。


 そして、人間の国で起こった変事の影響は、当然の如くエルフランドにもやってきた。


 魔法使いたちは戦った。だが、それまで軍というものを持っていなかったエルフランドは弱かった。次々に倒れていく魔法使い。エルフランドには逃げ場を失った人間たちが雪崩れ込み、国土のおよそ半分が闇に呑み込まれた。


「あとは頼んだよ」


 混乱の最中、時の皇帝は名も知らぬ少年へそう言った。そして己が持つすべての魔力を投じ、命と引き換えにエルフランドに半円状のシールドを張ったのだ。金色の眩い光が残された領土全体を包み込み、シールドは悪魔によるそれ以上の侵入を食い止めた。


 しかし、失ったものはあまりにも多かった。陸続きとなっていた世界の半分が闇に呑み込まれ、多くの魔法使いや人間が犠牲になった。


「シールドの外は悪魔だらけだ」

「エルフランドからは出られない」


 心に刻まれた出来事は語り継がれ、いつしか魔法使いと人間は共生するようになっていった。


 エルフランドの新しい時代に誕生した幼帝の名は、ハクト・マンシッカ。時の皇帝が力を託した少年であり、時間と空間を操る唯一無二の魔法使いだ。


 幼帝の命と、国の領土を守るため、エルフランドの中央には「モノリス魔法学校」という施設が創設された。


 モノリス魔法学校は、優秀な役人や強い兵士を育てるための養成施設。魔法学部と星兵(せいへい)学部とに分かれており、兵士に志願する者たちは星兵学部を卒業後、防衛五隊と呼ばれる組織に配属される。


 正式名称「星兵会(せいへいかい)防衛五隊(ぼうえいごたい)」と呼ばれる組織は、国内の治安維持を行うとともに、失った領土を取り戻すため、シールドの外へ兵を派遣した。


 しかし、兵士たちはいつも半分近い数を減らして戻ってきた。シールドの外に、悪魔に変異してしまった仲間を置き去りにしたまま帰還した。


「子どもが帰ってこない」


 そう言って泣き縋る親もいたが、帰還した兵士たちは何も語らず通り過ぎた。背中に非難を浴びながら、治療方法が確立していないのだから仕方がないと、自らにそう言い聞かせるしかなかった。


 それから時は流れ、幼帝として即位したハクトもすっかり大人になっていた。笑顔を振り撒くだけの毎日を過ごす中で、ハクトは次の後継者を誰にするのか決めかねていた。


 エルフランドにおける皇帝というのは、時間と空間を操ることができる唯一無二の魔法使いのことだ。その力は、皇帝自らが選んだ者へ受け継いでいく仕組みになっている。


 ハクトは、防衛五隊の中でも特に優秀なシン・タイヴァスという男に目をつけていた。シンは魔力も大きく頭もいい。戦闘能力にも秀でていて、誰よりもハクトを慕っている。完璧な器だと思われたが、ハクトには一つ懸念があった。


 エルフランドでは、魔法使い同士の間に生まれた子どもを純血と呼んでいる。魔法使いと人間の間に生まれた子どもは混血。人間同士の間に生まれた子どもはそのまま人間だ。長らく共生してきたとはいえ、血による格差が生じているのは明らかだった。


 皇帝という立場になれば、エルフランドに住むすべての民に平等に接していかなければならない。だが、シンは純血主義であり、混血や人間を酷く嫌っていた。


 このままでは力を継がせることはできないと判断したハクトは思考を巡らせた。そして考え抜いた末に思い付いたのは、異世界の人間を一人、エルフランドに連れてくるという突拍子もないことだった。


 ハクトはすぐに行動に移した。空間魔法を使い、真っ青な本に異世界と繋ぐ扉の役割を与えたのだ。しかしいくら探しても、ハクトの思い描くような人物は見つからなかった。


 どんな人物にも少なからず思想があり、信念がある。エルフランドの現状を知れば、異世界の人間はシンと敵対してしまう可能性が高い。そうならないように、選ぶのはあくまで思想や信念を持たないお人好しでなくてはならなかった。


「そんな都合の良い人なんているわけないか」


 諦めたハクトは大きく伸びをして疲れた体をほぐした。視界の端には開いたままになった青い本。今日はもう閉じようと表紙に触れた時、ピタリと動きが止まった。瞳に映った人物に、ハクトは満足気に口角を上げて本を閉じた。


「守るべきは魔法使いか、それとも悪魔か人間か。……正解があるのかどうかはわからない。だけど僕は、誰もが幸せになれる世界が好きだ。たとえそれが綺麗事でもね」


 誰に向けられたものだったのか、呟かれた言葉は宙に消えた。


 エルフランド。魔法使いと人間が共生する国。シールドという檻の中に閉じ込められざるを得なかった歴史が、いま変わろうとしている。


 魔法使いは失った仲間と領土を取り戻せるのか。この先も、人間と共に生きていくことができるのか。国の行く末を記録するのは、たった一人の異世界の人間だ。


 皇帝に選ばれた彼女の名は、三上(みかみ)すすき。祖父が経営する小さな書店でのんびりと働いている23歳だ。なんとか地元の大学は卒業したものの、特にやりたいことなど何もなかった。


 学生時代の友人の中には、夢を追いかけて上京していった者もいた。その背中を、すすきは笑顔で見送った。波風の立たない平凡な人生だけれど、毎日をただ穏やかに過ごすのも悪くはないと思っていた。


 だがハクトの空間魔法により、そんな日々が突然終わりを迎えることになる。ある昼下がり、すすきは書店に並んだ本の中に、見慣れない真っ青な本を見つけてしまう。そして何も疑うことなく、その本に触れてしまった。


 祖父がまばたきをした一瞬で、すすきは書店から姿を消した。エルフランドへ転移させられていたのだ。滴る雨音で目を覚ましたすすきが見たものは、枯れ果てた大地と、自身に迫る黒い化け物の姿だった。

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