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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第18話 追憶

 夏の日差しの中、幼い兄妹は自宅から少し離れた場所にある丘で遊んでいた。丘には丸い白色の花がいくつも咲いていて、その足元には緑のクローバーがどこまでも広がっていた。雲ひとつない空には、暖かい風が吹いている。世界は平和に時を刻み、エルフランドには穏やかな毎日が続いていた。


『お兄ちゃん。どうしてお空にお星様がいないの?』


 妹は、シロツメクサで作った花冠を被って言った。兄は、妹の乱れた髪を整えながら、こう答えた。


『お星様がいるのは夜だけだよ。今はお休み中なんだ』


 お星様にも会いたかった。そう言って肩を落とした妹に、兄は優しく笑いかけた。


『それじゃあ、夜になったらまたこの丘に来よう。一緒にお星様を見るんだ』

『本当?』

『うん、約束だ』


 兄の差し出した小指に、妹が小指を絡めた。


 嬉しそうに微笑んだ妹は、花冠に四つ葉のクローバーを付けたいと言い出した。しかし四つの葉を持つものは、二人で一緒に探してもそう簡単には見つからなかった。


 兄は、少し場所を変えると言って妹から離れた。一つ一つ確認しながら、懸命に四つ葉を探した。そして、ようやく見つけたそれを手に、妹の名を呼びながら笑顔で振り返った。


『ライラ! 見てよ、四つ葉のクローバーだ。お兄ちゃん見つけたよ! ……ライラ?』


 兄の目に映った景色は、誰もいない鮮やかな緑の丘だった。先程まで妹がいた筈の場所には小さな花冠が落ちていて、暖かい風に白い花びらが揺れていた。


◆◆◆


 ──アーロは弾かれたように飛び起きた。短い呼吸を繰り返しながら、痛む頭に手を添える。うなされていたのか、服はぐっしょりと汗で濡れていた。


 さすがに飲み過ぎだと自己嫌悪に陥りながら、部屋に飾っている家族写真へ視線を向けようとした。すると、部屋の中にあるテーブルに見慣れない荷物があることに気が付いた。よく見ると、何故かすすきが椅子に腰掛けてウトウトと眠りに落ちかけている。


 普段なら敏感に察知する筈なのに、人の気配にまるで気が付かなかった。フウガが家に来たところまでは覚えているが、それ以降の記憶がない。


 アーロはベッドから出て、家の中を確認してみた。しかし、フウガの姿はなかった。どこかへ出かけたのか、何があったのか、すすきを起こして事情を聞きたい。しかし、汗まみれの姿では心配されそうな気がした。チェストを開けて予備の隊服を取り出すと、手早く着替えを済ませる。その間も、完全に眠りに落ちたすすきはスヤスヤと寝息を立てていた。


「まったく……君はどうしてこう無防備なんだ」


 同じような髪型だからなのか、無意識に妹と重ねてしまう。三上すすきは、ハクトの力で突然エルフランドに現れた。この世界の人間ではない彼女は、いつ消えてもおかしくない。妹のように、突然目の前からいなくなり、二度と会えなくなるかもしれない。そんな不安定な彼女の存在が、心を掻き乱していた。


「もう二度と、誰も失わない。僕は、エルフランドも、この国の民たちも、すすきちゃんも、全て守ってみせる」


 左胸に付けた一つ星のプレートを握りしめ、アーロは静かにそう呟いた。


 多少声を出しても、すすきが起きる気配はない。そっと近付いて髪を撫でてみると、ふんわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった。そして、何故だかその香りが気になり、アーロは首を傾げた。どこかで嗅いだことがあると感じたのだ。


 しばらく記憶を辿ってみると、ハクトのシャンプーの香りだと気がついた。だが、皇帝が使うものは全て特注品のため、値段も高額で一般には流通していない筈だった。


「借りたのか? それとも、ハクト様の私室に入った? まさかね……あれだけ警戒心の強い方が簡単に招く筈がない。でも、すすきちゃんならあり得るか?」


 冷静で常に笑顔を絶やすことのないハクトだが、彼は空間を歪めて私室を隠してしまう程に警戒心が強かった。そのため、歴代の皇帝と違い、信用を得るには相当の時間を要した。防衛五隊の隊長でさえ、ハクトの私室に入れる機会は滅多にないことだったのだ。


 出入り口はハクト自身で、何をされたとしても絶対に逃げられない。そんな場所にノコノコ入っていくのは、殺されても構わない者か、よほど信頼関係のある者だけだ。だが、すすきに関してはハクト自身が呼び出した人間であり、消そうと思えば一瞬で片付けられる。無害だと判断して、ハクト自身が招き入れたと考えても不思議ではなかった。


 きっとその辺りの話も、すすきは聞けばペラペラと話してくれるだろう。アーロはすすきを起こすため、肩を軽く叩きながら声をかけた。


「すすきちゃん、起きて。すすきちゃん……すすきちゃん!」

「──っぶわ⁈ は、はいっ! あ、アーロ様。おはようございます」


 ズレた丸メガネをかけ直しながら、すすきがこちらに笑顔を向けた。何の疑いも持たない無邪気な姿が、一瞬、妹と重なって見えた。抱き締めたくなるのをグッとこらえ、頭にポンと手を乗せた。


「おはよう」

「アーロ様、体調はいかがですか?」

「もう平気。眠ったらスッキリしたよ。僕のこと見ててくれたんでしょ? ありがとう」

「いえいえ、とんでもないです。あ、フウガ様は薬を買いに行くと言って出て行かれました。でもずっと戻って来ないんです。それで、いつの間にか眠ってしまって……すみません」

「謝らなくてもいいんだよ。元はと言えば、僕が飲み過ぎたのが悪いんだから。それじゃあ、一緒にフウガを探しに行こうか」


 しょんぼりと肩を落としたすすきの頭を撫でて、アーロは立ち上がった。薬を買いに出たというなら、フウガが戻って来ない原因は予想がつく。おおかた副隊長に捕まって、隊員募集のビラ配りでもさせられているのだろう。


 お礼も兼ねて会いに行こうと思い、すすきの荷物を魔法で持ち上げた。


「さあ、お手をどうぞ。お姫様」


 遠慮がちに乗せられたすすきの手は、自身の手よりも小さくて、庇護欲を掻き立てられた。真っ直ぐに見上げてくるつぶらな瞳に優しく微笑みかけ、アーロはすすきを連れて自宅から姿を消した。

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