第15話 魔石
ここは第二部隊が管理する、3区と呼ばれている地域。エルフランドの中でもっとも人間の割合が多く、深夜でも営業している店があるほど活気に溢れている。
すすきはそんな街の中を、フウガと並んで歩いていた。第三部隊が管理する4区を歩いた時は、ここまで騒がしくはなかった。それなりに活気はあったが、古く落ち着いた街という印象だった。
しかし、今いる場所は正反対だ。曲芸を披露するピエロに人だかりが出来ていたり、呼び込みをする店員の声が飛び交っていたりする。
行き交う人の中では、背の高いフウガはよく目立っていた。というより、目立ち過ぎだ。人懐っこく誰にでも「おはようさん」と挨拶をするフウガに、街の人たちは笑顔で挨拶を返していた。そして、その隣をコソコソと歩くすすきを見て、例のお妃候補だと噂していた。
あちらこちらから声が聞こえてくる。あんな地味な子がお妃候補なのか。ハクト様は女の趣味が変わったのか。いい子そうだけど、パッとしない。皇帝の妻にすると考えると物足りない。など、街の人の声は殆どが否定的だ。一歩進む度に"お妃候補・三上すすき"への評価が聞こえてきて、耳を塞ぎたくなる。
ただ買い物に来ただけなのに、どんどん気分が落ち込んでいった。昨日アーロと話をした際に、ハクト様はいつも時計塔に引きこもっていると言っていたが、その気持ちが良く分かる気がした。
すすきはズンと疲れ切ったような表情でフウガを見上げ、周囲の男性より頭ひとつ高い彼に声をかけた。
「フウガ様、お店にはあとどのくらいで着きますか?」
「もう見えてきた。ほら、あそこだ」
フウガが指差した先を見ると、ちょっぴり和風の店があった。店先に掛けられている暖簾には、香火湯と大きく書かれている。出入りする人たちは、何故か皆タオルを持っていた。
店の前に着き、フウガの後に続いて暖簾をくぐる。すると、入り口付近には背の低い台がいくつも設置されていた。その上に、ずらりと大量の石が並んでいる。大きさは片手に乗せられるくらいだ。丸い物から動物を象ったものまで、様々な形に加工された石が売られていた。
店内の奥には出入り口が二つあり、掛けられている暖簾には男湯・女湯と書かれていた。魔法使いの国と考えると違和感があるが、どうやらここは人間が営む銭湯のようだ。フウガに手招きされて、すすきは石が並ぶ台へ近付いた。
「こいつが香火石。水を張った風呂に入れるだけで、なんとビックリ! 湯が沸いちまうっていう優れものだ。魔法使いや魔術師は魔法で湯を沸かせるが、俺たち人間はそうもいかねぇ。人間の家は殆ど薪風呂なんだが、ここ数年はこいつを入れるのが流行ってんだ」
説明を受け、すすきも手に取ってみた。熱いのかと思ったが、実際にはひんやりとした普通の石だった。香火石は、エルフランドの地下に自然発生する「魔石」と呼ばれる石を加工したものらしい。
魔石は純度によって価値が変わり、純度が低い魔石には力も殆ど無く、見た目もただの石と変わらないそうだ。そして、香火石に使われるのは純度が低く手に入りやすい魔石。加工する段階で炎の魔法をかけて、水に触れると発熱する仕組みにしているらしい。
話を聞きながら石を眺めていたすすきは、ふと引っかかる言葉があり、フウガを見上げた。
「俺たち人間って、フウガ様は魔法使いですよね?」
「いや、俺は人間だぞ。ハクト様から聞いてなかったのか? 魔法なんか使えねぇし、ご先祖様にも魔法使いはいねぇよ。唯一出来るのはさっきの空間移動だが、それはこいつのお陰だ」
そう言って、フウガは懐中時計を見せてくれた。ハクトやアーロが持っている物と全く同じデザインだ。蓋の部分に付いている小さな宝石は、光を反射して青色に光っている。
「ハクト様が作った懐中時計……。もしかして、真ん中の宝石も魔石の一種ですか?」
「ああ。この時計に付いてんのは一番純度の高い魔石だ。本来は無色透明で、持ち主によって色が変わる。香火石と違って、とんでもねぇ価値のある石だ。一度ぶっ壊しちまった時は、ハクト様に殺されかけたな」
豪快に笑ったフウガに、すすきは顔を引き攣らせた。ハクトが作った時計を壊しただなんて、殺されなかったことが奇跡だろう。怒り狂ったハクトが、笑いながら人を殺している。そんな姿を想像して、ゾッと鳥肌が立った。
フウガが人間であることにも驚いたが、詳しい話を聞こうとすると、先に石を選べと言われてしまった。
すすきは再び石を手に取り、どれを買うのか考えはじめた。香火石には、その名の通り香りも付いていた。石ごとに異なる香りを楽しみながら入浴できるそうだ。唸りながら決めかねていると、うさぎの型をした香火石を見つけた。立ち耳うさぎの型に加工されている。香りも相まって、なんとなくヒュパタを思い出した。
「ストロベリーミルクの香り……ちょっと甘過ぎるかな? でも可愛いし、これにしよう」
他にも、店内にはお風呂に必要なグッズが売られていたため、その場で全て買い揃えることができた。商品の入った紙袋を受け取ると、ズシリと重さが腕に伝わった。アーロがいればヒョイと取り上げられているところだが、今は自分で持ち運ぶしかない。フウガに腹が減ったと急かされながら、すすきは香火湯を後にした。
──買い物を終えたすすきは、フウガにそろそろ飯を食わせろと言われて飲食店に来ていた。目の前には二つのオムライス。黄色い卵の生地の上に、スプーンとケチャップで少しずつ何かが描かれていく。完成したのか、満足げに頷いたフウガがオムライスの皿を渡してきた。
「トラオムライスだ。可愛いだろ!」
「あ……はい! と、とっても可愛いです!」
意外とお茶目なおじさんの行動に、一度言葉を失った。生地の上に赤く描かれたトラが、満面の笑みを浮かべている。すすきが手を叩いて褒めると、フウガは嬉しそうに笑っていた。そして、ガヤガヤと騒がしい店内で、二人は遅めの朝食を取りはじめた。
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