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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第11話 拒絶

 すすきはシンに、4区に来ることになった経緯を話した。軒下に干してあった服を取りに来たこと、生活に必要な物を買いに出たこと、アーロに付き添ってもらったこと。心の中で、眉間の皺よ消えろ消えろと唱えながら説明した。


 しかし、シンの表情が柔らかくなることはなかった。時計塔ではもう少し穏やかな雰囲気をまとっていた気がするが、今は別人のようだ。鋭い眼光が、人間に対しての強い拒絶を示している。


 何故そこまで嫌うのか。それを本人から直接聞いたことはない。だが、種族が違うという理由だけで人間を毛嫌いするような人ではない気がした。


 メディカの話では、暗い森の中で真っ先に自分を見つけてくれたのも、エルフランドまで運んでくれたのも、シンだったのだ。そしてシンは、嫌っているはずの人間を治療するようメディカに指示した。見殺しにすることも出来た筈なのに、助けてくれた。


 隊務のために生かしたと考えるのが自然だが、それでも命の恩人である事実は変わらない。だからこそ、シンとは少しでも打ち解けたいと思った。嫌われたままでいたくない。そんな感情が芽生え、すすきはシンに笑顔を向けた。


「──という訳で、これからよろしくお願いします」

「勝手にしろ。ハクト様の意向であれば止めはしない。だが、人間に手を貸すつもりもない。用が済んだのならさっさと帰れ」


 冷たい声が、心にチクリと突き刺さった。付近にいた魔法使いから好奇の視線が向けられる。すすきが居心地の悪さを感じていると、隣に立っていたアーロが口を挟んだ。


「で、久しぶりに会えたっていうのに、僕には挨拶なし?」

「久しぶりだな。早く調査報告書を出せ」

「はいはい、明日提出しますよ。ほんと、せっかちなんだから」

「せっかちではない。式典の日が近づくにつれて、ハクト様の周辺も騒がしくなってきているんだ。出来る仕事はさっさと済ませて、警護に割ける時間を少しでも増やしておけ」


 式典。会話の中でその言葉が出た時、アーロが口元を引き締め、厳しい表情へと変わった。おそらくこれが、第一部隊隊長としての顔なのだろう。アーロは腕を組み、声量を抑えてにシンに伝えた。


「そのことだけど……例の記者、すすきちゃんにも目を付けたみたい。もし式典前に妙な噂が広まれば、彼女が改革派に狙われる可能性も出てくる。異世界から来た人間を、公に警護対象者とする訳にもいかないだろうし。式典の最中だけでも、何か理由を付けて僕らの側に置いておいた方が良いと思うんだけど、シンはどう思う?」


 アーロの提案に、シンの視線が再びすすきへと向けられた。式典についての知識がないすすきは、話について行けず首を傾げている。そんなすすきを鼻で笑うと、シンはアーロへ向き直った。


「式典当日、俺はハクト様の警護にあたる。お前たちもそれぞれ警護対象者が決まっている筈だ。側に置いたところで、俺たちに人間の世話を焼いている暇はない。心配なら、自分の身くらい自分で守れるよう、お前が躾けておくことだな。……この件はメディカに伝えておく」

「ありがとう。まったく、君は本当に素直じゃないね」


 呆れたようにそう言うと、アーロはすすきの手を引いて、小柄な体を腕の中におさめた。そして、シンに「またね」と手を振って、荷物と共にその場から姿を消した。


 ──目に映る光景が、一瞬で切り替わる。ざわめく街の音も、シンの姿も、ここにはない。静かな空間に、冷たい風が吹き込んでいる。すすきは、空間移動で時計塔の足元へ戻ってきていた。


「お城に着いたよ、すすきちゃん」


 抱き締めていた腕がそっと離され、体が自由になる。お姫様のような扱いに慣れておらず、心臓が恋をしたかのようにドキドキと脈打っていた。


 しかし、すすきには色恋よりも先に気になっていることがあった。シンとアーロの会話に出てきた式典についてだ。警護が必要になるということは、かなり大掛かりな式典だろう。一体どんなことが行われるのか、考えるだけでワクワクが止まらなかった。


「アーロ様。付き添っていただいて助かりました。本当にありがとうございます。……あの、さっき話していた式典って何ですか?」

「やっぱり気になる? でも取り敢えず、荷物を部屋に運ぼうか」


 ちょいちょいと指差された扉を見て、すすきは急いで鍵を開けた。二枚の扉を開いて、どうぞと言いながら振り返る。すると、先程までいたはずのアーロは、荷物ごと消えていた。


 どこにいったのかと辺りを見回していると、部屋の中から「こっちこっち」と呼ぶ声が聞こえてきた。すすきが部屋の中へ向かうと、既に暖炉に火が点いていた。絨毯は床に敷かれ、カーテンも付いている。更にベッドメイクまで済んでいた。


 これら全ての作業を、目を離した一瞬で行ったというなら、人間業ではない。やはり魔法とは便利なものだ。服だけは解かずにそのままテーブルに置かれていて、ホッとした。


「すごい……これ全部一瞬でやったんですか?」

「これくらい出来なきゃ隊長なんてやってられないよ。式典について教えてあげるから、そこに座って」


 促されるまま、すすきはベッドに座った。ふんわりと沈み込む布団が気持ち良い。手のひらで撫でながら羽毛の感触を楽しんでいると、少し距離を取って、アーロも椅子に腰掛けた。


 式典の話が聞けると思うと、緊張で背筋が伸びる。静かに話しはじめたアーロの声に、すすきは耳を傾けた。


「エルフランドでは年に一度、18歳を迎えた子どもたちを1区に集めるんだ。成年を祝うお祭りってやつ。当日は、皇帝をはじめ、防衛五隊の隊長や政治関係者まで、要人が勢揃いする。それが、僕らが話していた式典だよ」

「成人式のことだったんですね……それはおめでたい」

「確かにおめでたい話ではあるね。だけどそれと同時に、皇帝の魔力を封じる儀式も行われる。どちらかといえば、そっちがメイン。人間に危害を加えませんという踏み絵を踏まされるんだ」


 現皇帝ハクト・マンシッカも両手首に着けている、レルムという金の腕輪。儀式では、そこに魔力の一部を注ぎ込み、時空魔法を封じるらしい。対象者は成年を迎えた魔法使いと魔術師。少しでも魔力を持つ者は、否応なく儀式に参加させられる。


 だが皇帝の強大な魔力を完全に封じることは難しく、制限する程度に留まっているそうだ。とはいえ、現在に至るまでレルムに蓄積された魔力も膨大なものだ。それによって、皇帝は少なからず力を抑えられ、失っていった。時計塔にある自室を離れれば離れるほど、満足に魔法が使えなくなってしまったのだ。それは、ハクトに聞いた話と一致していた。


 魔法使いの象徴である皇帝の魔力を封じることは、純血の魔法使いにとって屈辱でしかない。そう言って、アーロは唇を噛み締めた。


 エルフランドは、皇帝が現存する唯一の国だったそうだ。そのため、最初こそ友好的に近付いて来た人間たちも、しだいに魔法使いが世界の絶対的支配者になることを恐れた。


 交易を続けたければ、皇帝の力を封じろ。そんな人間の言葉に惑わされ、いつしか皇帝はただのお飾りになってしまったそうだ。"何もしない"ことが仕事だと、ハクトはそう言っていた。その言葉の背景には、エルフランドの歩んできた歴史が刻まれていたのだ。


 辛そうなアーロの表情に、すすきは心を痛めた。そして、もやもやと心の隅に抱いていた不安が口を衝いて出た。


「……アーロ様も、シン様と同じで人間が嫌いですか?」


 泣き出しそうなすすきの顔に、アーロは驚き、優しい笑みを浮かべた。


「そんなことないよ。人間にも気のいい奴はたくさんいる。勿論、僕はすすきちゃんを嫌ってなんかいない。それにシンも、すすきちゃんのことを嫌ってないと思うよ」

「シン様も?」

「うん。そうじゃなきゃ、忙しい補佐に警護を任せたりしない。メディカちゃんを選んだのも、きっと女の子同士の方がいいだろうって気を遣ったんだ。あいつは意外と不器用なんだよ」


 アーロがムッとした表情を作り、シンの真似をした。不器用という言葉が余りにもしっくりして、すすきは思わず笑ってしまう。笑顔が戻ったすすきを見て、アーロも嬉しそうに微笑んだ。


「そうやって笑ってた方が健康的だよ。じゃあ僕は残りの仕事を片付けに行くから。続きはまた今度。街で見掛けたら、気軽に話しかけてよね」


 そう言って立ち上がったアーロが、スタスタと近付いて来た。ジッとその動きを目で追っていると、ふいに前髪をかき上げられる。そして、優しい声でおやすみと囁かれ、額に触れるだけのキスをされた。


 思いがけない出来事に、すすきは額を押さえてキョトンとすることしか出来なかった。


「あ……ご、ごめん。妹みたいで、つい。……嫌だった?」

「いえ……ちょっとビックリしましたけど、平気です」


 おやすみのキスなんて、まるで海外ドラマだ。習慣の違いに驚きつつも、妹という言葉から、過保護なお兄ちゃんと感じたのは気のせいではなかったのかもしれないと思った。


 その後も、ちゃんと火の始末をするように、鍵をかけてから寝るようにと言いながら、アーロはすすきの部屋を出て行った。


 頼れるお兄ちゃんが出来た気がして、何だか嬉しい。また会えるといいな……と心の中で呟いて、すすきはカチャリと鍵を閉めた。


 居室へ戻ると、ぐるぐると腹の虫が鳴いた。開いたカーテンの向こうでは、空がオレンジ色に染まりはじめている。


「食べる物は買ってるし、今日はこのままのんびり過ごそう」


 もう少しで、長かった一日が終わる。目が覚めたら、全部夢だった……とはならないだろうか。おじいちゃんは今頃、自分のことを探しているだろうか。


 一人になった途端に、後ろ向きな考えばかりが頭を満たしていく。気持ちを切り替えるつもりで、フウッと小さく息を吐いた。そして、薄いオレンジの空を見つめながら、すすきはカーテンを閉めた。

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