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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第9話 約束

 1区の中央に聳え立つ時計塔。そこからしばらく歩いた場所に、大きな噴水があった。吹き上がる水と舞い落ちる飛沫が、昼光を反射して美しく輝いている。すすきは噴水の縁に腰掛けて、空を見上げながら静かに笑っていた。


「はは……広過ぎるよ」


 呟いた言葉は、風に吹かれて雑踏の中へ消えていった。


 空中から眺めたエルフランドは、ごく小さな国に見えた。そのため、歩いていれば4区にもすぐ着くだろうと誤解していた。だが、どんなに小さな国でも、ちっぽけな人間が歩くには広過ぎる。


 魔法使いの国にタクシーや電車などあるはずもなく、ここまでは自力で進んできた。今は歩き疲れて、足を休めているところだ。


 すすきは、最初こそ迷子にならないかと不安を抱えていた。だが大通りには、それぞれの区の方向を示した木の看板が立てられていた。数字と矢印が書かれただけの簡素なものだったが、お陰で道に迷うことはなさそうだった。


 見上げていると、優雅に空中を移動している人たちの姿が目に入る。見た目だけでは魔法使いなのか魔術師なのか判断できなかった。だが、どちらも空を飛ぶ力を持っているのは間違いない。魔法が使える人たちは、道に迷うことも、歩き疲れることもないのだろう。そう考えると、なんだか羨ましく感じた。


 エルフランドには魔法が学べる国立学校があるらしい。そこに通えば、少しは魔法が使えるようになるのだろうか。そんなことを考えながら足を揉んでみる。少し休んで、だいぶ疲れも取れてきた。


「そろそろ進まなきゃ」


 溜め息混じりにそう言って、すすきは立ち上がった。そして、気持ちを切り替えようと伸びをした時、見知らぬ男に声を掛けられた。


「お嬢さん、ちょっとお時間いいですか?」


 男は髭を触りながら、薄気味悪い笑みを浮かべていた。大きなショルダーバッグを肩に掛け、右手にはペンとメモ紙のような物を持っている。怪しいとは思いながらも、すすきは男に尋ねた。


「私に何かご用でしょうか?」

「先程、あなたが時計塔から出てくるところを確認しました。皇帝陛下とはどのようなご関係ですか?」

「え? 皇帝陛下って、ハクト様のことですか?」

「もちろん。エルフランドの皇帝はハクト様しかおりません。本当は陛下に直接話を聞こうと思ったんですが、追い返されてしまいまして。──で、あなたのお名前は? 所属は? 陛下とはどのようなご関係ですか? 陛下とお会いした際の印象は?」

「ええっと、私は所属とかそういうのは無くて……その、印象とかそんなこと聞かれても……」


 突然の質問攻めに、すすきはあたふたと言葉を探しながら困惑した。しかし、男はお構いなしにグイグイと迫ってくる。詰め寄られて後退ると、踵が噴水の縁に当たった。よろめいて縁に尻餅をついた拍子に、すすきの体が水面目掛けて落ちていく。


 その時、フッと背中に手が添えられた。間一髪で支えられた体は、そのまま抱き上げられた。目に入ってきたのは黒い軍服。見上げると、時計塔でハクトに声を掛けていた金髪の男の顔があった。


「いい加減にしなよ。僕は時計塔で"迷惑だ"と伝えた筈だけど、理解出来なかった?」

「これは失礼しました。一般の方かと思って、つい声を掛けてしまいました。……やはり、その子は陛下の関係者でしたか?」

「お前には関係ない。二度とこの子に関わるな」


 苛立ちを含んだ声で言うと、金髪の男はすすきを抱えたまま姿を消した。そして、すすきの目に映る景色は一瞬で知らぬ場所へと変わっていた。ストンと下ろされたのは、人通りの多かった1区とは正反対の、静かな路地裏だった。


 すすきは少しだけ辺りを見回した後、金髪の男に頭を下げた。


「あの、ありがとうございます。私、突然いろいろ聞かれて、どうしていいか分からなくて……本当に助かりました」

「お礼はいいよ。それよりも、さっきの男には何を聞かれたの?」

「確か、名前と所属。あと、ハクト様の印象と、どんな関係なのかと聞かれました」


 すすきが素直に答えると、金髪の男にバシンと頭を叩かれた。


「油断してペラペラ喋るな。君さ、今の状況を理解してる? 名前も知らない男に、こんな人気のない場所に連れて来られたんだよ。もし僕が悪い男だったらどうするの? もっと騒ぐなり逃げるなりして、身を守らないと駄目じゃないか」

「ご、ごめんなさい」

「まったく……ハクト様に聞いた通りだ。君は人が良い上に警戒心が無さ過ぎる。あの髭面(ひげづら)には、ハクト様に関わることを何も話してないだろうね?」

「大丈夫です! 何も話してません!」


 すすきはズレた丸メガネをかけ直した。そしてレンズ越しに、金髪の男へ「信じてほしい」という視線を送った。


 髭のおじさんには本当に何も話していないのだ。話していないというより、あたふたして言葉が出なかっただけだが、結果は同じだ。しかし油断していたのも事実。もし助けがなかったら、余計な事を口走っていたかもしれない。


 すすきは落ち込んで、金髪の男から目を逸らした。すると、今度はポンポンと優しく頭を撫でられた。再び見上げると、目の前の彼は困ったように笑っていた。


「君に声を掛けた髭の男、あれは新聞記者だよ。人間はどうもゴシップが好きらしくてね。いつもハクト様の周りをコソコソと嗅ぎ回っているんだ。あいつは皇帝に批判的だから、今後は絡まれないように気をつけるんだよ」


 とても優しい口調だった。彼は、飄々としているハクトや、無愛想なシンとはまた違う性質を持っている。例えるなら、過保護なお兄ちゃんという感じだった。


 この人なら、あわよくば4区まで連れて行ってくれるかもしれない。淡い期待を抱きつつ、気をつけますと言いながらコクリと頷いた。そして、少しでも距離を縮めようと会話を繋げた。


「あの、私は三上すすきといいます。あなたはさっき、ハクト様に会いに来た人ですよね?」

「そうだよ。僕の名前はアーロ・ルパウス。星兵会(せいへいかい)防衛五隊(ぼうえいごたい)の第一部隊隊長。因みに、宝石の色はオレンジ。ハクト様から話は聞いてるよ。これからよろしくね、すすきちゃん」


 アーロと名乗った金髪の男は、取り出した懐中時計を見せてくれた。ハクトに見せてもらった物と全く同じデザインだ。蓋の部分に付いている小さな宝石は、光を反射してオレンジ色に光っている。


 キラキラと美しい懐中時計に見惚れていると、アーロが首を傾げた。


「ところで、すすきちゃんはどこに行こうとしてたの?」

「実は4区にあるシン様のお(うち)まで……そこに私の服が干してあって、取りに行きたかったんです」

「ええっ、シンの家まで歩いて行こうとしてたの⁉︎ しかも人間が一人で4区に……すすきちゃんって意外と肝が据わってるね。でも、シンの家まではかなり遠いし、良かったら一緒に行ってあげようか?」

「本当ですか⁉︎ お願いします!」


 渡りに船とはこのことだ。すすきは喜び勇んでグッと両拳を握った。すると、喜ぶすすきの姿を見たアーロは、口角を片方だけ上げてニヤリと微笑んだ。そして、手のひらを上に向けて差し出した。


「では、お手をどうぞ。お姫様」

「おお、おおおお姫様……ど、どうしたら……」


 生まれて23年。エスコートなどされたことがない。混乱しはじめた脳みそを落ち着かせようと、すすきは両手で頭を押さえた。お姫様とは程遠い反応に、アーロが堪えきれず笑っている。


 手を繋いでと促されて、すすきはようやく冷静になった。大きなアーロの手に、そっと自分の手を重ねる。その瞬間、目の前の景色は静かな路地裏から、ボルドーの扉がついた小さなログハウスの前に変わっていた。

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