第十五話 神様考察(豚)
「はあっ、はあっ、はあっ、ひうっ、はあ、はあ……」
こうなるんじゃないかとは思ってはいたけど、行きも鬼ごっこはないでしょ……。死ぬよわたし。死んじゃうよ? 死んじゃっていいの?
「死んでないでしょ」
「そういう問題じゃない!! 毎日死にかけるのが問題なのっ! わたしに反抗期がきたら家出するからね!」
「はいはい」
くそぅ……。絶対そんなことないって顔してるよ。豆腐メンタルなめるなよ……。
あ、わたしのかわいい豚さんのつぶらな瞳が痛い。やめてっ! そんな憐れむような目で見ないで!
「……私は夕餉に向けて狩りをして参ります。ショウ様が神域から出られる頃にはこちらに戻ります」
そういうとトコトコと茂みの中へ消えていった。尻尾がフリフリしてかわいい。どうせ鬼ごっこやるんだったら子豚さんサイズのチグとやりたいよ……。
場所もこんな山の中じゃなくて広いお花畑で追いかけっこするんだ。そして豚さんは小さいから花の影に隠れて、わたしが「どこいった~」って探して遊ぶんだ。ふへへ……。
「それじゃ鍛錬にならないでしょ。顔が気持ち悪いよ」
「気持ち悪いってなんですか。想像するくらい、いいじゃないですか」
頭の中ぐらい平穏でいさせてよ。
そういえばチグに狩りをしてもらうけど、冷静に考えれば共狩り? みたいにならないか。しかも食べるとなると共食いだ。わたし結構残酷なことさせてない?
「チグは神様だから全然別だよ。仮に同種だったとしても縄張り争いとかでお互いに殺し合うことだってあるんだから、そんな気にすることじゃないよ」
「そんなものですか。ちなみに神様は故意に生命を殺めてもいいんですか? 私が肉食べたいって言ったら、チグは普通に狩ってきますって言ってくれましたけど」
「それは時と場合によるかな。今回は普通に生命の営みの範疇だから全く問題ないよ。これがこの山すべての生命を狩り尽くすとかだったら、当然<理>に反するけどね」
自然の摂理に反しなければいいってことかな?
「そういうこと。前にも言ったけど『これは<理>に反する』っていう感覚がなければ基本的に大丈夫だよ」
「その辺はいまいちわからないんですよね……」
「まあ神力が使えるようになればわかってくるかもね。ほら、もう休憩は十分でしょ」
「はーい。じゃあ行ってきますー。そういえば昨日は有耶無耶になっちゃいましたけど、わたし少しは長く居られるようになってると思うんです。もしかしたら戻ってくるの夕方とかかもしれないです」
「それは重畳だね。夕方と言わず三日後でもいいんだよ?」
「いや、さすがにそれは無理です……」
――
さてさて、虚無空間にやってきましたよっと。まずは昨日と同じように頭の中で歌を歌って時間を稼ごう。問題は私のレパートリーは大してないから、そのあとだね。今日はドラマとか映画とか、覚えている範囲でストーリーを追ってみようかな。大事なのはいかに恐怖を感じないようにするか、ということだね。
一曲、二曲、三曲と頭の中で歌を歌っていく。うん、順調順調。
……
そろそろ歌が無理だな。好きなドラマを追っかけるか。もともとは漫画原作だけど、ドラマの出来がよくて一気に有名になったな。特番も組まれてたりしたもんな。
……
たぶん、わたしは今百面相をしている。前世の友人に見られたら間違いなくキモいと言われているな…。いや、オドロさんも普通に気持ち悪いって言ってくるか。前世も今世も関係なかったわ。まあでも誰も見てないからね。気にすることなく百面相しちゃうよ。
……
映像を思い出しながら追いかけるって結構難しいな……。全体のストーリーとか印象に残っているシーンは普通に思い出せるけれど。一作自体は長くても、記憶だけで見返すようなことは不可能だね。いい方法だと思ったんだけどな。
……
ネタ切れだ。でも心はまだ余裕がありそうだね。少し考えの整理でもするか。
気になっているのは、チグのことだ。
昨日、私を見るためにやってきたと言っていたけれど、あのチグの性格だとこの世界に来ることを、予めオドロさんに言いそうな気がする。
その場合はオドロさんがわたしにチグが来ることを言うはずだ。でもそんなことはなかった。心力鍛錬の一環として、敢えて言わなかった可能性もあるけれど、おそらく違う。それに来たら真っ先にオドロさんに挨拶をしに行きそうなものだ。
昨日、オドロさんはチグに『何か申し開きは?』と言っていた。そのように言うということは、つまり心力鍛錬の一環ではないし、オドロさんに挨拶にも行っていない。おそらく直に私のところに来ている。
何故か? 決まっている。オドロさんに来ていることを知られる前に、わたしに会う必要があったからだ。
山中で見かけた際、わたしが怖がったから一度引いたと言っていたが、別にそのまま会っても良かったし、わたしはこの洞穴に入る前に少し休憩をしているから、そのときにでも会うことは出来たはずだ。
でも、結果としてみれば、山中で会わなかったし、わたしが洞穴に入る前にも会っていない。この行動もよくわからないが、おそらく何か事情があったんだ。
それに、わたしがここから出ようとした際、入り口でうろうろしていたことだ。わたしは熊か何かだと思っていたから、獲物が出てくるのを待っているのかと思っていたけど、チグは見た目は獣でも中身は神様だ。知能がある。
それを考えると、"うろうろする"というのは何か考え事をしている、何かしら迷っているという仕草だ。最終的に小さくなってわたしに抱かれることになったが、そこに至るまでに何かしらの葛藤があったと思われる。
オドロさんに会う前に、わたしに会う必要がある。でもいざ会うとなったら躊躇いが生じる。そんな感じだ。
そして今朝の質問の回答だ。オドロさんの"遣い"全員に会えるかな、とわたしが思ったとき、チグはかなり言い淀んでいた。オドロさんが『会える』と言ったら、少し狼狽えていた。チグとしてはかなり望み薄に捉えたということだ。そもそも会うことなどできない、もしくは会えば何か悪いことになる。そんな雰囲気だ。
おそらく、高確率でわたしはオドロさんの"遣い"に快く思われていない。
ただ、それはなんとなくわかる。チグは私を『神子様だから自分より上だ』と言っていた。神力もまともにない、まだ神様でもない、新参者のわたしが、だ。元からオドロさんのところに居る者にはさぞかし目の上のたんこぶだろう。私だって逆の立場だったら快く思わない。
さて、ここまで考えたところで、"オドロさんに会う前に、わたしに会う必要"とは何か。
考えたくはないが、可能性として高いのは、わたしの排除だ。
ただ、結果的にわたしは生きている。それがチグの温情なのか、オドロさんに影で守られていたかはわからない。重要なのは生きている、ということだ。
そしてチグは『半年間ここにいる』。おそらくこの"半年間"でわたしを見極めようとしている気がする。つまり、わたしはこの半年間でチグに認められる存在になる必要がある。神子としてのわたしではなく、ショウというわたしそのものの存在をだ。
チグはかなり優しい。会ってまだ一日だが、それはわかる。抱き枕にしても嫌な顔ひとつもしない。でもそれはわたしが神子であるからであって、ショウというわたし自身に対してではない。これはオドロさんの優しさと明確な違いがある。
出会って一日なのだから当たり前といえばそうなのだが、まずはわたしそのものの存在を認めてもらえるよう行動するべきだ。
まだ会ったことのない、他の"遣い"のことは今はどうでもいい。まずはチグだ。チグに認めてもらえなければ、おそらくわたしは神様にすらなれない。そんな気がする。
まあどういう行動をすれば認めてもらえるかわからないけど、とりあえずは誠意をもって接しないといけないね。
* * *
「只今戻りました。鹿を狩って参りましたので、今晩はもみじ鍋にでもしましょう」
「……ふふっ……」
「……?どうかされましたか?」
「ショウが気づいたよ」
「?」
「貴方があの子を殺そうとしたこと」
「誠で御座いますか!?」
「うん。あの子は心がダダ漏れだし、よく百面相して面白いけど、馬鹿じゃないからね。今朝のやり取りでほぼ核心まで気づいてるよ。全部じゃないけどね」
「……」
「油断したね。本来の貴方なら真理を隠すことなんて造作もないのに」
「……そう、ですね……。確かにショウ様は心根が漏れていたため、油断していたかもしれません……」
「ふふっ。おもしろい子でしょ?早く絆されたら楽になるよ」
「……そうもいきません。私にだって立場が御座います……」
「はいはい。半年間いるって言った時点で答えは出ていると思うけどね」
「……」