第一話 目が覚めたら知らない家だった
――天井が見える。
木製の梁が格子状に重なり合って空間ができており、吹き抜けのようになっている。梁には丸い行灯のようなものがいくつも吊るされているけれど、灯りは灯っていないため薄暗く、どうにも空気が重く感じられる。
頬を伝う空気はひんやりと冷たいが、首から下は柔らかい布に挟まれており、身体はぬくぬくと温かい。
つまりわたしは布団に仰向けになって寝ており、たった今目が覚めた訳だ。
普段ならトイレに行って顔を洗い、歯を磨き、朝食を食べ、身だしなみを整えて学校に行くわけだが……。
(ここ、どこだ……?)
普通のマンションの、普通の洋室であるわたしの部屋の天井ではないのは明らかであり、こんな旧日本家屋? のような家に住んでいる友達も知り合いもいない。
わたしの記憶の最後は、いつものように零時過ぎにベッドに入り、講義は二限目からだからとアラームを遅めの九時にセットして寝たところまでで、こんなところに来た記憶はないのだけれど……。
(ダメだ、全くわからない……。とりあえず、起きてここがどこかわかるものを探してみるか)
上半身を起こし、若干汗ばんでいた背中が布団と別れ、少し肌寒い。というか服が寝間着でもなければ私服でもなく、白い浴衣のような物を着ている。
(これなんだっけ? 襦袢とかいうやつかな……? いやちょっとまて。わたしの服どこだ? ってか下着つけてない! え、下着どこ? 最悪なんだけど……。ダメだ、こういうときは冷静にならないと……)
そもそも記憶がないのだから、自分で下着を脱いで襦袢を着た可能性だってあるじゃないか。……着方知らないけど。
とりあえず服は着ているということで自分を宥め、あたりを見回してみる。だが、枕元付近には自分の服や下着はない。アラームをセットしたケータイも見当たらない……。
布団で綺麗に寝ていたから誘拐の類ではないだろう。たぶん。というか、そういうふうに考えないと精神が持たない。
しょうがないので、"ここはどこか"という最初の命題に戻ろう。はぁ……。
ここは天井も高いが、部屋自体がそこそこ広い。一部異様なところがあるけど、二十畳くらいはありそうだ。
床は板張り。囲炉裏が中央……じゃなくて少し私よりにあり、回りに茣蓙が敷かれていて、角には四角い行灯がある。
私の左手の壁際には箪笥が二つ並んでいる。箪笥は大きめのものと小さめなものが一つずつ。小さい方は茶箪笥かな? 上に黒い達磨が一体置かれている。両目とも目が入っているから、持ち主の願いは成就したのだろう。どんな願いかは知らないけど。上部に木窓があり外から光が入ってきている。部屋の広さに対して採光が足りていない。
足元のほうの壁は、一部が木製の引き戸になっていて、戸の上は格子になっている。たぶんこの部屋の出入り口だ。
頭を捻って後ろをみると、角に文机、横は襖になっている。座敷か物入れか、そんなとこだろう。襖の横のほうに棚がある。棚はかなり大きく、梁の近くまで高さがあり梯子が掛かっている。なんだかよくわからない壺や箱、本や巻物が大量に詰まっている。
ここまでだと、まあ古い日本家屋ってこんな感じかな? で済むのだが、問題は囲炉裏を挟んでわたしと反対側の壁だ。
(なんというか、すごく生い茂ってるね……)
何が、というと草だ。壁一面が草に覆われて隠れている。葛のような蔦が這い、手前にある長机には多種多様な植物が所狭しと並んでいる。
作業台なのか、一部分だけ申し訳程度のスペースが空いており、葉をすりつぶすやつ(名前は知らない)とか、色々な道具が雑多に置かれている。おそらくあの鬱蒼とした草の裏には明り取りの木窓があるのだろう。どおりで薄暗いわけだ。
(まずは箪笥の中を物色……じゃなくて確認、植物が生い茂っているところはスルーして、襖の向こうに部屋がないか調べてみよう)
というわけで、ようやく布団から這い出そうしたとき、
ガタガタッ――
扉を開けるような物音が、襖の向こうから聞こえた――。