プロローグ-無色
桜が舞う四月。俺はこの高校に入学することになった。もともと友人が多いほうではない俺は、数人の知り合いと軽く挨拶を交わしただけで自分の教室へと入っていった。
教室に入ると、そこは別世界だった。中学の友達と話をしている生徒、テンションが上がってはしゃいでいる生徒。俺と同じで知り合いがいないのか、独りで席に座っては黙々と配布された資料を読んでいる生徒。挙句の果てにはフードを被っている生徒までいる。校則で禁止はされないのだろうか。
初めての顔合わせにしては騒がしい教室の中で、フードをかぶった生徒のことを頭の片隅に置きながら周囲の人間を観察していると、急に知らない女子生徒に声をかけられた。
「おはよう、久しぶり!青川くん…だよね?」
元気のいい声で随分となれなれしく喋ってくる。苗字も合っているし久しぶりと言っているのだが、俺はこのポニーテールの女子生徒のことを知らない。もしくは覚えていない。
「おはよう、あなたは俺のことを知っているみたいだが、俺はあなたを知らない。どこで知ったんだ?」
純粋に疑問をぶつけてみたが、期待していた答えは返ってこなかった。
「えぇ!?覚えてないの?せっかく久しぶりに一緒のクラスになれたと思ったのに…」
どうやら俺は彼女と同じクラスになったことがあるようだ。「まず自分の名前を名乗ってみてはどうか」と思うが、それを口にする前に教室のドアが開いた。
クラス全員の視線を一身に受けながら入ってきたスーツの女性は、おそらくこのクラスの担任だろう。
「みんな席について。今から軽く自己紹介してもらいます。じゃあ出席番号一番のあなたから。」
席についてと言いながら、全員が席に着く前に自己紹介をさせるこの先生に俺は言ってやりたい。「まず自分の名前を名乗ってみてはどうか」と。
その言葉を何とか飲み込み、指名された出席番号一番の俺が席を立つ。先生が促すので仕方なく教壇の前まで行く。今時教壇まで来させて自己紹介させる先生がいるとは驚きだ。
「青川敬大です。よろしくお願いします。」
変に悪目立ちしないように、普通の挨拶を心掛ける。とりあえず変な目で見られるという心配は、今のところはないだろう。
俺の後も自己紹介は続いていき、なんとなく簡単な名前は覚えていった。さっきのポニーテールは黄瀬菜ノ花という名前らしい。実際に聞いてみると聞き覚えがある気がしないでもないが、やはり思い出すことはできない。
そして、例のフードを被った生徒の番が回ってきた。さっきはちゃんと確認していなかったが、どうやら女子生徒のようだ。身長は低い。フードと思っていたものはパーカーではなく、ゲームで魔術師がよく着ているローブのようなものだった。それらとの違いは白い色と、裾は腰あたりまでの長さだということぐらいか。見た限り袖はなく、手は指先がちょっと見える程度だ。彼女はローブの裾を揺らしながら教壇の前に立ち、透き通った声を教室に響かせながらさっとフードを取る。
「七原美白です。」
瞬間、教室に衝撃が走る。正直に言うと俺自身も動揺を隠しきれない。さっきまで静かに自己紹介を聞いていたクラスは、彼女の美貌のみによってざわめきだしたのではない。彼女の髪によってざわめきだしたのだ。彼女の髪は。
白かった。
単純な白ではない。まるでペンキで髪を塗ったような印象だ。よく見ると肌の色も黄色人種である日本人にしては白い色をしている。瞳の色も少し青みがかっているようだ。一番近い表現で言うのなら北欧系の肌の色に近い。名前からして外国人ではなさそうだが。
クラスのざわめきの中でもよく通る声で彼女、七原美白は口を開いた。
「この髪と肌の色は、先天性色素欠乏症によるものです。みなさんのよく知る言葉でいうと、アルビノです。」
アルビノ。それなら聞いたことがある。自然界で稀にみられるものだ。体や体毛などの色が通常の色ではなく白くなって生まれてくる。人間にも出ることがあるとは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
彼女の憂鬱そうな瞳は、これまでの彼女の経験をよく示していると思った。嫌がらせをされてきたのだろう。そしてこれからも同じような日々を送るという、ほぼ既定路線のような運命を突き付けられている。少数派を排除したがるのは生き物の本能だ。
最後に「よろしくお願いします。」とだけ言って、彼女は自席へと戻っていった。先生は「髪や肌のことで彼女を傷つけないように。」という逆効果にさえ思える言葉を放ち、何事もなかったかのように次の生徒を教壇に呼んだ。
その後も自己紹介の時間は続いたが、七原の後の生徒の名前は誰一人として覚えられなかった。