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Hermit【改稿版】  作者: ひろたひかる
番外小話
83/106

写真

「おじゃましまーす」


 優はおずおずとドアをくぐった。一平は苦笑しながら、優が入れるようにドアを開けて押さえている。


「別に俺の部屋に入るの、初めてなわけじゃないだろ」


 ここは古川家の一平の自室。

 一連の事件が終結し、記憶を失い行方不明になっていた優を一平が連れ戻し。

 その後、総一郎の復調を待って古川家を引き払い、優は総一郎と2人で自宅へと引っ越した。荷物も片付き、自宅がやっと落ち着いたので、今日はお礼かたがた久しぶり(といっても2週間ほどだが)に古川家に遊びに来ている。

 お礼を伝え、大体想像通り「気にしないで」と鷹揚に笑う蘇芳に無理矢理手土産を渡して、2週間ぶりのリビングで談笑して。そのうち夏世が「一平の部屋がすごいわよ」と言い出した。


「すごいって?」

「優、見てきてごらんよ。私も『一平のくせになかなかやるな』って思っちゃった」

「やめろ、褒めるな。背中がむずがゆい」

「素直に受け取りなさいよ」


 そんないつもの軽口を経て、結局一平が優を自室に案内することになったのだ。

 二人で階段を上がり、一平の自室へ。一平がドアを開けて中へ案内してくれるのが、妙に新鮮だ。


「なんかね、変な感じ」

「そうか?」


 そう言って一平の部屋へ足を踏み入れた優は、目の前の壁に目を奪われて、思わず立ち止まった。


「うわあ!きれい!」


 そこには、一面の桜が広がっていた。とはいっても、勿論本物の桜ではない。

 大きく焼かれた桜の写真パネルがドアの真正面にあって、一歩部屋に入ると真っ直ぐ目に飛び込んでくるのだ。

 桜の雲の隙間から真っ青な空の色が覗いている、そんな写真だった。


 そして、よく見ると、桜の大きなパネルの脇に小さなパネルがいくつか飾ってある。優は近づいてパネルを見た。


 それらはどれも風景写真。雪をかぶった山、靄がかった湖、あるいは春先の里山の風景などが美しい色合いで映し出されている。

 優はひとつひとつの写真をきらきらした目で眺めていたが、ふと一平を見上げた。


「これ、一平さんが撮ったの?」

「うん」

「じゃあ、カメラが趣味って建前じゃなかったんだね。知らなかった」


 記憶を失った優に北海道で再会したとき、一平は「カメラが趣味なんです」と言っていた。観光地でもない農村を東京から来た一介の大学生がふらふら歩いて回っている理由に「風景写真を撮るのに旅行して回ってる」と説明していたのだ。

 優は一平が写真を趣味にしているなんて知らなかった。まだ古川家に厄介になっている間、一平の部屋を覗いたこともあるし、入ったこともある。けれどその頃には写真のパネルなんて飾っていなかったのだから。


「最初は本当にただの口実だったんだよ。あっちこっち見て回るのに怪しまれないように、ってな。でも、いろいろ撮影してるうちに楽しくなってきちゃってさ。へったくそだけど、こうやってパネルにするとちょっと格好いいだろ?」


 笑いながら一平が言って、他にもあるよ、と本棚から分厚いクリアフォルダを一冊取り出して優に手渡した。開くと、パネルになっているもの以外にもたくさんの写真が納められている。やはり自然の風景だったり、街並みが写っていたりとテーマは様々だ。有名な観光地のものもあり、脇に書き添えられた説明を見ると、本当にいろいろな都道府県に行っていることがわかる。


「たくさんあるんだね」

「結構あちこち回ったからな」


 ぱらぱらとページをめくり写真を見ていくと、ふと気がついた。

 写真はどれも冬から夏までのものばかりで、秋の写真はない。つまり、一平の足が治ってから優を見つけるまでに撮影したものということだ。

 その何ヶ月かの間、これだけあちこちを回っていると言うことは、一平がそれだけ必死に優を探していたということか。優がどこにいるか、その当てもないのにこの数。それこそ、空いている週末や長期の休暇はほとんど優探しに当てていたとしか思えない。


 それに思い至って、胸の奥からなにか強い衝動がこみ上げてきた。

 申し訳ないような、それでいて嬉しいような――そして、愛しい気持ちが。

 目の奥がツンとして痛い。この気持ちを伝えたくてたまらない。

 そんな思いに突き動かされるように優は一平を見上げた。


「ね、一平さん。ぎゅーってしていい?」

「え?」

「ぎゅーって、していい?」


 そういって顔をのぞき込むと、一平は少し驚いた顔をして、それからにっこりと笑った。けれど、なんとなく黒いものを感じるのは気のせいだろうか?


「ぎゅーって、何?」

「え」

「ちゃんと言って」


 訂正。やっぱり黒かった。


「だ……抱きしめさせてください」

「おいで」


 一平が両腕を広げたところに優は思いっきり飛び込んで、一平の背中に両腕を回して抱きついた。触れ合う体を伝わる熱や、その匂いを感じて、信じられないくらいの充足感を覚える。


「――探してくれて、ありがとう」


 一平の胸に頬を寄せてそう言った。


「こんなにあちこち探してくれたんだね。季節が2回も変わるくらい長い時間をかけて」


 もう一度、一平の背中に回した腕にぎゅっと力を込める。


「つらくなかった?」

「まあ、もどかしく思ったことはあるよ」


 優の背に回された一平の腕に力がこもる。


「でも、いつかは絶対会えると信じてたから。諦めるって選択肢はなかったよ」


 優はさらにぎゅっと体を一平に押しつけてきつく抱きついた。一平もそれを受け止める。それから、小さなキスをして、また抱き合った。



 しばらくお互いの存在を確かめ合うように抱き合って、二人で写真の方に目を向けた。


「ねえ一平さん、これ、秋の写真がないね」

「ああ、冬から夏にかけてだからな、これ」

「秋の写真、撮りに行こうよ。今度は一緒に」

「いいね。紅葉を撮りに行くか」

「約束だよ」


 そんな話をしていたら、階下から声がした。


「一平~! 優~! コーヒー入ったよ~!!」


 夏世の声だ。


「あ、夏世さんのコーヒー、久しぶり!」

「んじゃ、行こっか」


 二人はそろって部屋を出て行った。

 静かになった部屋の中、存在感を主張する桜の写真に、秋の風景が加わるのはそう遠くないだろう。

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