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Hermit【改稿版】  作者: ひろたひかる
山猫は雑踏を走る
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Side優(5)

 

「ええと、私は優っていいます」

「あ、私はアスミといいます」


 二人でペコリと頭を下げる。


「じゃあ、アスミさん? ご自分がどうしてここにいるかは」

「わかりません」


 ピー、チチチ。鳥が飛んでいく。


「そう、ですか――どこからお話ししたらいいのか」


 優は途方に暮れた。どうやらジュン――「アスミ」は、今までのことを何も覚えていないようだ。おまけに「ジュン」という名前にも無反応。ということは、「アスミ」は「ジュン」のことを知らない可能性が高い。

 ならばここで優がジュンのことを、「アスミとジュンは同じ人物の別人格らしい」ことをアスミに告げるのはまずい気がする。どう説明したものか。


「ええと――街中で私とアスミさんが偶然一緒にいたところをやくざっぽい人達に絡まれて攫われてきました」

「ええっ!」

「とりあえずここまで何とか隙を見て逃げてきたんですけど――覚えていないですか?」


 アスミはこてんと首をひねり「いいえ」と答える。優がジュンと接した時間はほんのわずかだが、ジュンとのあまりの違いに背中がむずがゆいような気がした。

 いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。今は二人で逃げなければ。ジュンの言葉を信じるなら、アスミはけんかの「け」の字もできないようだから、ここからは優が彼女を守らなければならない。優は気持ちを切り替えた。


「とにかく、ここにいてまたあの人達に捕まったら大変です。先に進みましょう」

「はあ、そうなんですか? よくわからないけど、はい、行きましょう」


 何だろうこの歯ごたえのなさは。のれんに腕押し糠に釘、水に映った月を相手にしているような気分だ。

 いや、ジュンとアスミとのギャップがきつすぎるからそう思うんだ、と優はそう納得することにした。ちょっとアスミさんに失礼だったよね、と。いろいろ疑問に思っていたら今はやりすごせそうにない。


「――あっ、そうだ」


 気持ちが切り替わったことで、やらなければいけないことを思い出した。電話をかけるんだった。

 優はアスミに断って数メートル離れ、持っていたメモを探す。


「確か番号――あ、あった」


 さっきジュンに書いてもらった電話番号の切れ端を取り出し、かろうじてアンテナが二本立っているスマホにその番号を入力した。

 あまり音質のよくない呼び出し音がスピーカーから聞こえる。数コールで唐突にプツッ! と途切れると同時に男の声がした。


『おいこらジュン! 定期的に連絡しろっていつも言ってるだろ!』

「あっ、すみませんっ!」


 開口一番怒鳴られて、思わず謝ってしまった。相手も優の声を聞いて思っていた人物と違う声だったので驚いているのだろう、電話のあっちとこっちで沈黙が流れた。


「あの、たかあき――さん、ですか?」


 沈黙に耐えきれず恐る恐る優が聞くと、電話の向こうの男性は気まずそうに「そうです」と返事をした。


『君は誰?』

「あ、あの、私、優って言います。ジュンに頼まれてここに電話するようにって。それでたかあきって人に事情を説明して助けを求めてくれって」

『助け? どういう状況?』


 どこまで話していいのか悩みつつも、吉祥寺で絡まれて薬をかがされたこと、車で一時間以上はかかるところまで連れてこられたこと、そこから逃げ出してきたことをかいつまんで話す。


「あ、あと、彼女がちょっと変で」

『ああ、今君とそこにいるのは、アスミちゃん?』

「はい、そうです」

『事情はわかりました。できるだけ早くそちらに向かうから、GPSをオンにして。それで、身を隠せそうなところを探して二人で待っていてくれますか』

「わかりました」

『それじゃユウさん、このまま――っと?』


 一瞬「たかあき」の言葉が止まる。何かを逡巡するような間があり、これまた恐る恐る問いかけられた。


『ゆう――って言った? まさかと思うけど、池田優さん?』

「え? はいそうです」


 あちゃ~、と電話の向こうでショックを受けている声がする。


『池田さん、俺、警察の東高明です。今はSRPって組織にいますけどね。例の事件で以前お目にかかったことが』

「東さん?」


 そういえば事件の真っ最中に会った警察の人がそんな名前じゃなかったか。確かその後別組織にヘッドハントされて、結局事件の事後処理にも関わっていたと蘇芳から聞いた記憶が――


「えっ! あの時の東さん?」

『そうです。池田さん、麻生君が心配して探していますよ。俺の方から彼に連絡入れますので――それから、確認したいんですがジュンとアスミちゃんは――」

「はい、目の前で変わりました」


 更に声を潜めて答えた。


「あー……わかりました。申し訳ないんですが、アスミちゃんにはジュンのことは伏せておいてもらえますか? 彼女はSRPのことも人格交代のことも全く知らないので」

「あ、やっぱりそうなんですね。わかりました」


 じゃ、そこで待っていて下さいねと言い残して電話口からたかあき――東の気配が消える。

 何てことだ。ジュンの言う「たかあき」がSRPの東だったとは。ということは、今聞きそびれたけれど、ジュンは東の仲間ということで。


「ふわあ……正義の味方って、ジョークじゃなかったんだ」


 少し離れたところでアスミが「よくわからない」というようにこてんと首をかしげていた。




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