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十分間①

 テレポートアウトしたとたん、潮の香りが優と一平の鼻をくすぐった。それに埃っぽいような鉄臭いにおいもする。

 優と一平は光流の気配をたどってテレポートしたのだが、どうやらたどり着いた先は海に面した倉庫街のようだ。

 岸壁と平衡にずらりと倉庫が並ぶ。あたりは真っ暗だが、いくつか街灯が立っているのと、各倉庫の入り口付近についている照明とがぼんやりと闇の中に浮かぶ。倉庫の途切れたあたりには貨物輸送用の大きな金属製コンテナがいくつか整然と積んである。

 観光地化した港ではないようで、人影は見当たらない。足元のアスファルトはところどころひび割れ、砕けた貝や小石が詰まっている。どこかわびしい雰囲気だ。

 光流は見当たらなかったが、優には光流のいる方向はわかる。気配のしっぽを掴んだままだからだ。すぐに二人はコンテナの陰に身を隠した。

「ね、追いかけなきゃって思ってここまで来たけど、これからどうしよう?」

 ほんの少し前に「これ以降組織の件からは手を引く」と話し合ったばかりだというのに結局積極的に足を突っ込んでいる。後で蘇芳に怒られるかも。

 そう反省しながらも声を潜めて優が一平の耳元に囁く。

「ごめん、俺も何も考えてなかった」

 一平はちょっと気まずそうだ。

「さっき光流さんが言ってたこと聞いてると、戻ってくる気なさそうだっただろ? だからこのまま放っておくわけにはいかないと思ってさ――けど、どうするかなあ……」

「気づかれないように見張って、蘇芳さんに連絡するしかないんじゃない?」

「だな――あれ?」

 ただ波の音と遠くを走る車の音くらいしか聞こえなかったのに、その車の音がだんだん近づいてくる。横を向くと確かにヘッドライトが見え、どんどん大きくなっていく。コンテナの影に隠れて見ていると、小型の青い軽自動車がなかなかのスピードで走り抜けていった。そのまま行き過ぎるかと思ったが、車は倉庫の手前にある街灯の下で停車した。

「あれ? 止まった――あ!」

 すぐに運転席から女性がひとり降りてきて、ドアをロックする。他には誰も乗っていないらしい。すっと背筋を伸ばし、肩には少し大きめのボストンバッグをかけている。

 見覚えがある、あの女性。忘れるわけがない。だって会ったのはほんの数日前だから。

「叶野さんだ」

「やっぱりあの女医か」

「うん」

 叶野はきょろきょろと倉庫を見回している。時間は遅く、街灯はついているものの数が少ないのであたりはかなり薄暗い。彼女はついに指をさして向かって左から順番に倉庫の数を数え始めた。おそらく暗くて目的の倉庫を見つけられないのだろう。

「優、あのボストンバッグの中身、ひょっとして」

「うん、多分」

「よし」

 一平は音もなく立ち上がると、優の横からすっと消え、すぐにテレポートで戻ってきた。

 ただし、羽交い絞めにして口を押えた叶野佐和子を連れて。

「悪いな叶野センセイ。ちょっと騒がないでもらえるか?」

 自分に何が起こったのか一瞬遅れて気がついたらしい叶野は、驚愕に凍りついている。

「まずは声を出すなよ。オッケー? 騒いだら――わかってるよな?」

 まるで悪役のようなセリフを言う一平を目だけで見ながら、叶野はこくこくと頷いた。そっと口を押えていた手を離したが、叶野はボストンバッグを胸の前で抱きしめ、がたがたと震えている。

「倉庫で清野たちと待ち合わせてんのか」

 叶野が小さく頷く。

「ここ、何の倉庫だ?」

「か、家具とか、家電とかって聞いているわ」

「つまり家具とか家電とかに隠して武器が置いてある、と」

 ただでさえ青ざめていた叶野の表情が青を通り越して白くなっていく。

「だとしたら腑に落ちないんだよなあ」

「な、なにが」

「こんなところに集合した、ってことはさ、清野は武器をとって何かやらかすか、どこかに逃亡しようって魂胆だろ? そんなところに戦闘向きじゃない叶野センセイを呼び出したってことは」

 いうが早いか、叶野が握りしめていたボストンバッグをさっと取り上げた。

「ひっ!」

 一平が取り上げたバッグを優に渡し、優が「ごめんなさい」と言いながら開けて中を確かめた。

「――これを清野さんに持ってきたのね」

 バッグの中にはチャック付きのビニール袋がたくさん入っていた。どれも中に薬のカプセルが包装シートごと詰められている。優は全部目の前の海に捨ててしまいたい衝動に駆られる。

「――一平さん。これ、例の薬だよ」

「これが――」

「か、返して! 返して!」

 叶野が必死に懇願する。

「それを彼に持っていかないと」

「馬鹿言うなよ。返せるわけないだろ」

「お願い、返してくれるなら何でもするわ。何でも――ね?」

 叶野がそう言って一平を見た。妖艶に微笑んで、自分を押さえている一平の腕にそっと手を這わせる。

 もちろん叶野にしてみれば隙を見て逃げ出すくらいのつもりだし、一平も全く本気にはしていない。そもそも出来立てほやほやの彼女の前で何してくれるんだと気色悪さのほうが前面に出ているくらいだ。

 本気にしたのは、ひとりだけ。

「――ないで」

「え?」

 叶野が優を振り向く。優が真っ赤な顔で怒っていた。

「私の一平さんに触らないで!」

 優が言うのと同時に、優を中心に衝撃が球形に広がる。ぶわっと地面を舐めるように力が広がっていき、落ちていた砂ぼこりや小石、果てはひびが入ってめくれあがったアスファルトなんかが力の伝播とともに吹き飛ばされていく。

 がんっ!

 大きな音を立てて、優たちが隠れていたコンテナまでひしゃげた。その力の勢いで叶野と一平が吹き飛ばされてしまう。

「わあっ!」

「きゃああああ!」

 幸か不幸か、二人は海に向かって吹き飛ばされたので、夜の海で時ならぬ海水浴をエンジョイする羽目になった。アスファルトに激突したりしなくて本当に良かった。

 優はすぐ我に返り、二人をPKで海からすくいあげた。

「はあ、はあ――びっくりした」

 ひしゃげてしまったコンテナの裏に引き揚げられた一平は大きく息をついた。全身ぬれねずみでぽたぽたと髪からしずくが垂れている。叶野は気を失ってしまっている。

 優はポケットに入っていたタオル地のハンカチで一平の顔を慌てて拭いた。

「ごめんなさい、大丈夫だった?」

「大丈夫。けど」

 一平が濡れた髪をかき上げてにやっと笑った。

「やきもち?」

「――!」

 さっきとは別の理由で顔が耳まで真っ赤になる。その真っ赤な耳に一平が唇を寄せる。

「うれしいよ」

 もう優の頭は爆発してしまいそうだ。一平は優の肩をぎゅっと抱いて、頬に軽くキスを落とした。

「でも残念だけど、続きは後な」

「続きって……」

「今の騒ぎで気づかれたらしい」

 今いる位置からは見えないが、倉庫の扉が開く音がする。

 優はとっさに精神を集中し、音のした方を感知する。

「五人――六人」

「うーん……」

 一平が考え込んでいる。すぐに顔を上げて優に言った。

「優、聞いてくれ。このバッグを奴らに渡すわけにはいかない。本当なら一旦引き上げたほうがいいのは目に見えてる。だけど一瞬でも目を離せば光流さんたちはきっと姿をくらませるだろう。俺じゃ万が一光流さんたちが移動したときに行先を感知できないから、そうすると必然的に残るのは優になる。

 だけど、俺の中には優をひとりここに残していくって選択肢はあり得ないからな」

「う、うん。でも、そんな長い時間じゃないでしょ? なら私が残って」

「俺が! いやなの! ――優、蘇芳に連絡できるか? 今の状況と場所を伝えたい」

「うん、今やってる。蘇芳さんが東さんに連絡とってくれるって」

「よし、そうしたら俺たちのすることは東さんたちが来るまでの足止めだな。どのくらいの時間でここまで来られるんだろ」

「――十分で着くって」

「そのくらいなら何とかなるか」

 ひそひそ声のまま二人で作戦を決めた。

 そうこうしているうちに、三つほど先の倉庫から五人出てきた。中のひとりが叶野の乗ってきた車を見つけ、三人が車を見に近寄ってくる。中を覗き込み、誰も乗っていないことをいぶかしんでいるようだ。

「優、光流さん――清野には手を出すなよ。能力が効かなかったんだろ?」

「うん」

「バリアシステムにしろ他の理由にしろ、超能力が効かないっていうなら俺の出番だよな。そーいうやつらは俺担当な」

「了解」

 せえの、と呼吸を合わせ、五人いる人影が三人と二人に分かれた、そのちょうど真ん中に一平と優はテレポートした。


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