すべては話せない
リビングには先に蘇芳と夏世がいた。後から入ってきた優と一平も勧められるままソファーに座る。それとタイミングを合わせるようにワゴンを押した初老の男性が入ってきた。この男性は優が初めて見る顔だ。
男性が青い花柄のカップに紅茶を注いで配るのを横目に、蘇芳が穏やかな笑顔で話の口火を切る。
「改めて自己紹介だね。僕は古川蘇芳、ここの家主だよ。夏世と一平のことは知ってるね。それから彼は我が家の執事で駿河。彼に言えば大概のことは対応してくれるからね」
「駿河でございます。よろしくお願いいたします。若いお嬢さんのお部屋に入るのは憚られましたのでご挨拶が遅れましたことをお詫び申し上げます」
「は、はい、とんでもありません。池田優です。お世話になっています」
優も改めて頭を下げる。それにしてもこの家にはまだまだ驚くことがあるのか。執事がいる家というのも驚き、いや昴グループの会長宅ならそれが当然なのか。驚く自分がおかしいんじゃないかという気さえしてきた。
そして何よりこの蘇芳という人物だ。
さっきは暗くてよくわからなかったが、明るいところで見ると恐ろしく整った容貌をしている。サラサラのプラチナブロンドの髪、ペールブルーの瞳に眼鏡。ハリウッドの俳優か何かかと思ってしまう。
「さて、もしよかったら事情を聞かせてもらえるかな? もちろん話せる限りでいいから」
柔らかな物腰ながらズバリと蘇芳が切り込んできて優は考えてしまった。
もちろんここまでお世話になっているのに何も話さないのは失礼だと思う。そして誰かに話を聞いてもらいたいとも思う。でもそれはできないと考え、当たり障りのないことを話すことにした。
「その、ついこの間父が亡くなって。他に親戚とかもいないし、これからどうするのかいろいろ考えているうちに、その、一人で出かけたくなって――ここのところ眠れなくなったりしていたから、疲れて倒れちゃったんだと思います」
少し細められた蘇芳が優の目を覗きこんでいた。やさしげな視線だが、何だか全てを見透かされそうな気がする。そんな鋭さが奥底にあるような気がして、優は何だかいたたまれなくなってきた。
嘘はついていない。隠していることはあるけれど。
「――そっか」
蘇芳が少し難しい顔をして頷いた。
(納得、されてないんだろうなあ)
自分でもいい加減な説明だとはわかっているから、申し訳なくて身の縮まる心地だ。でもこれ以上話せないのだからこれで不躾な小娘と思われるようなら出ていくしかない。これまで置いてもらえただけでも感謝しかないのだから。
「優ちゃん、そんな顔しないで」
「そうだよ、最初に話せるところまでって言っただろ?」
夏世と一平がなだめるように声をかけ、蘇芳も鷹揚と頷いた。
「そうだよ、言いにくいことを話してくれてありがとう。家主としては一応確認させてもらわないといけないからね。申し訳ない。今はまずは体を治すことだけを考えて。それからのことはまた考えればいいよ。僕も力になるから」
さあ、冷めないうちにどうぞ、と紅茶を勧められカップを手に取った。ルビー色が溶けたような色のミルクティが白磁のカップの中でゆらゆらと揺れる。一口含むと口中に膨らむミルクの甘い香り、喉を通り過ぎる絶妙なバランスで淹れられた紅茶の味。何か胸の奥に絡みついたものがふっとほぐれるような気がした。
「おいしい……」
ずっとせき止められていた涙がぽろりとこぼれ落ちた。こんなおいしい紅茶は久しぶりだ。おいしいものも、きれいな景色も、かわいいパジャマももう縁がなくなったんじゃないかと思っていた。柔らかなベッドでゆっくり眠ることだって。
そんな優が渇望していたものをこの人たちは惜しげもなく与えてくれた。そして答えることができない事柄についても気を遣って追求しないでいてくれるやさしい人たち。感謝してもしきれない。
そこで唐突に気がついてしまった。
でももし「組織」に自分がここにいることがわかってしまったら、この人たちに何をするかわからない。有用な手駒だと思っていたはずの父・総一郎ですら殺してしまったのだ、一平や夏世だって闇に葬ることなんて何とも思わないに違いない。もしそんなことになったら優は悔やんでも悔やみきれない。巻きこんでしまったことを死ぬまで後悔し続けるだろう。
(そうだ。その通りだ。だめだ私、何を甘えたことを言っているんだ)
体が良くなるまで、なんてだめだ。こんないい人たちに隠し事をして、巻きこんで、私は何をやっているんだろう。
そう考えたら自分が情けなくなってきた。
「ごめんなさい――本当にごめんなさい! いっぱいお世話になってるのに、すごく心苦しいんです。でも……行かなくちゃ」
ゆらりとソファーから立ち上がる。
一平たちのおかげでここまで体力も回復した。今まで会えなかった家主の蘇芳にも会ってお礼も言えたんだ。ならば、ここが潮時だろう。
「何言ってるんだ、まだ君はどこかに行けるような体じゃ」
「いいえ、これ以上ここにいると皆さんにご迷惑がかかります。私を探しているあいつらは――平気で人を、父を殺せるような人たちなんだから」
優の目が暗い色を帯びる。話を聞いている三人は突然の話に言葉が出ない。
「細かいことはお話しできません。これ以上は皆さんを私の事情に巻き込むことになりますから」
ぺこっと頭をさげる。
「だ、だめだよ! 追われてるっていうならますますここにいたほうが安全じゃないか!」
一平がとっさに立ち上がり、優の手を取った。優はその手を、そして必死な顔の一平を見た。
引き止められると自分にそれを許してしまいそうになる。
だから、どうか止めないで。
そんな思いを込めて。
「ありがとうございます。何のお礼もできなくて――でも、どうか私のこと忘れてください。その方が皆さんのためです」
次の瞬間、泣きそうな優の微笑が文字通り掻き消えた。
一平の手は、優の手を持った形のまま宙に浮いている。
部屋の中には、優のいた気配すらない。半分ほど残った、まだ温かいミルクティのカップを除いて。
「消えた!」
まるでテレビの画面が切り替わったように、あるいは最初からいなかったかのように、たった今まで目の前にいた優が消えた。夏世が思わず息をのんだ音がやけに大きく聞こえる。
目の前から突然人が消える、それは。
「テレポート……?」
「まさか、優ちゃんが」
呆然とつぶやいたこと自体で蘇芳ははっと我に返った。
ぼさっとしている場合じゃない。彼女は今何と言った? 父親を殺されたと言わなかったか? 彼女自身も危険にさらされているということだろうか。おまけに体だって本調子じゃない。心配するなという方が無理というものだ。
「そうだ、一平! 優ちゃんを」
蘇芳が視線を優の消えたあたりから一平へと移し声をかけたが、そのときには既に一平の姿もそこにはなかった。
「あいつ、追いかけていったのか?」
「じゃないかな」
夏世も頷く。
「そうか、あいつらしいっていうからしくないっていうか――いや、とりあえず追いかけなきゃ」
「あ、私も行く!」
ポケットにいれっぱなしになっていた車のキーを取り出して、バタバタと慌ただしく蘇芳と夏世も駆け出した。
優がテレポートアウトした先は人気のない公園だ。もっとももう夜遅い時間帯だが。
それなりに広さはあり、すべり台やぶらんこなどの遊具の向こうにはテニスコートが二面は楽々入りそうな広さの広場が見える。公園自体は大きな木や植え込みに囲まれていて、独立した空間みたいに感じられる。優はすぐそばにあったぶらんこに腰を下ろしてゆっくりと揺れてみた。キィ、キィときしむ音がもの悲しく聞こえる。
(これでよかったんだ)
このまま一平たちの言葉に甘えてかくまってもらうという選択肢もあった。けれどあんな親切な人たちを巻き込むわけにはいかない。何しろ優を追っているのは人殺しも辞さない集団なのだ。
目の前で胸を真っ赤に染め崩れ落ちる総一郎の姿が浮かび、必死にそのイメージを振り払おうと首を振る。だがその強烈な光景は優の瞼の裏から消えるはずもない。
もしもあのやさしい人たちが同じような目にあったとしたら――優は目を伏せた。
「これでよかったんだよ」
自分自身に言い聞かせるように言葉をこぼした。第一、彼らの前で優はテレポートしてみせたのだ。こんな異能を持った人間を、いくら人のいい彼らでも追いかけようなんて考えないはずだ。
――でも、どう思っただろう。気味が悪いと思っただろうか。怖い思いをさせてしまっただろうか。
「ごめんなさい――ごめんなさい」
世話をかけたのにろくなお礼もできないことに、危険な目に巻き込みそうになったことに、目の前にいない人たちに謝罪の言葉を漏らす。
そしてこれからの自分にも思いを馳せる。唯一の家族だった父ももういない。優には父以外の身寄りはなく、今や天涯孤独の身の上だ。誰も頼れる人のいない現状は、彼女にとって果てしなく深く暗い崖の淵に立っているようなものに感じられる。
正直蘇芳たちの家を出るのはものすごく辛かった。ほんの数日お世話になっただけなのに、まるでずっことそこにいたような安心感があって、夏世も京子も一平もとてもいい人たちだったから。
心許なくぶらんこをもう一度揺らし、曇り気味な夜空を見上げた。
どれだけそうしていただろう。少し気持ちが落ち着いて「今夜はこの公園で一晩過ごすかな」と考えた頃、近くで車のブレーキ音が響いた。
「本当にいたな」
見知らぬ男が三人車から降りてきて優の前に立つ。どの男も色の濃いTシャツにカーゴパンツという出で立ちで筋肉質、いかつい顔。柄の悪いことこの上ない。
「P7だな?」
優の緊張感が一気に高まる。
P7。それは監禁されていたあの施設での優の呼称、いわばコードナンバーだ。それを知っているということは、この男たちは「組織」の側の人間ということだ。優は表情を引き締め身構えた。
「そんなこわばった顔しなくてもいいだろうよ、なあP7」
「ナンバーなんかで呼ばないで。私には池田優っていう名前がちゃんとあるんだから」
「どっちでもいいんだよ、んなこたあ。俺らの仕事は家出したあんたを連れて帰ることだからな」
「そうそう。いい子はおうちに帰る時間だぜ、P7」
「――ふざけないで」
優の瞳が鋭く深く男たちを射抜く。と同時にバシッ! と男たちの足元の地面が小さな爆発を起こし、土埃を舞い上げる。
「うお、おお怖」
「おいたが過ぎるなあ、お嬢ちゃん」
土埃の向こうで男たちはニヤニヤ笑っていた。
優は驚いた。土が舞い上がったことじゃない、それは優が起こしたことだから。彼女が驚いたのは男たちになんの影響もないことだ。
サイコキネシス――いわゆる念動力。PKとも呼ばれるその力は触れることなく物を動かす能力だ。その能力で男たちを力一杯吹き飛ばしたはずだったのだが。
「なんだよ、そんなに驚くなよ。なかなかの性能だろ、このバリアシステムって奴は」
男のひとりがそう言って自分の腰につけたポーチをぽん、と叩いた。
バリアシステム。超能力を無効化する機械だと以前総一郎から聞いたことがある。
これはまずい事態だ。超能力というアドバンテージを取り払えば優は一介の女子高生、筋肉上等な男たち三人を相手に立ち回りなどできるわけがない。何しろ「組織」に捕まる前は運動も争いもむしろ苦手な方だったのだから。そしてそれがわかっているのだろう。男たちは完全に優をなめきっている。試しにもう一度さっきと同じように思いきりPKを打ちこむが、結果はさっきと一緒だった。
男のひとりが舞い上がった土埃で汚れたらしい服をパンパン、とはたく。
「わかったか? その能力は俺らには通用しねえ。おとなしく一緒に来るんだな」
もうひとりが優の腕を掴む。
「離して! 父さんを殺した奴らのところになんて絶対に行かない!」
優も必死に抵抗するが、もちろん優を掴んだ手はびくともしない。
「さあ、ハウスだ子犬ちゃん」
男が嗤いつつ優の腕を引っ張り、彼女はバランスを崩し――
「おい、その手を離せ」
けれど「転ぶ」と思って身構えていた痛みや衝撃は起こらない。代わりに引っ張られていた手が止まり、優はふわりと受け止められた。
「あいててて!」
「いい大人が三人も揃って女の子ひとり相手に恥ずかしいとか思わねえのかよ?」
少し低められた声には不快感がありありと現れている。声の主を見上げ、優は目を丸くした。声の主は優を掴んでいた男の腕を片手でひねりあげ、優をもう片方の腕で抱きとめていたのだ。
「一平……さん?」
「探したよ。けがないか?」
一平の笑顔に心の中を塗りつぶしていた不安がフッと消えていく。
なぜここに一平がいるのか、どうして追いかけてきたのか――異能を見せた自分のことが気味悪くないのか。聞きたいことが山ほどあるけれど、混乱のあまり優は言葉を発することができない。
一平は優を自分の後ろに下がらせ男たちから隠すように彼女の前に立った。優は慌てて一平のシャツを引っ張った。
「ダメ、逃げて!」
「そんなに心配しなくてもいいよ。俺、強いから」
バシュッ!
一平の言葉が引き金になったかのように二人の足元が小さく鋭く爆ぜる。男たちのひとりの手には黒光りする銃が細く煙をたなびかせていて、二人に向けて撃ったことがわかる。ご丁寧にサイレンサーつきだ。
「悪いなあ色男。カッコいいとこ見せられそうになくてよ」
銃を構えた男が言いながら銃口を一平に向けた。
「それにな、そいつは人じゃない、化け物だ。痛い目見たくなかったらさっさと帰んな」
自分たちの優位を信じて疑わない男たちの高笑いが響く。
「失礼な奴らだな、女の子つかまえてその言い方」
だが一平は腰が引けるどころか不快そうに眉をしかめただけで、一貫して落ち着いた態度を崩さない。その態度に男たちが微妙に苛ついているのが伝わってくる。
そして次の一平のひと言が場の空気を決定的に変えることになる。
「それは彼女がさっき見せた能力のことか?」
一瞬でビリッと空気が張り詰める。
「兄ちゃん、どうやら素直に帰ってもらうわけにゃいかなくなっちまったな」
男が銃を構え直す。
「余計なまねしたことをお空の上で反省してな!」
バシュッ!
男の銃が再び鈍い発射音を響かせる。だが一平には当たらない。代わりにずっと右の方から着弾した音が聞こえた。
「あ? ありゃ?」
男は戸惑いさらに数発を立て続けに撃つが、一平は優をかばって立ったまま涼しい顔をしている。
「何やってんだ!」
「でもよ、ちゃんと狙ってんのに当たらねえんだ」
「P7の能力か」
いや、優は何もしていない。だが男たちにはそんなことはわからない。お互い顔を見合わせると一斉に飛びかかってきた。
その瞬間突然優の視界がひらけた。ひらけたというか、優のすぐ目の前から一平の背中がふっとかき消えたのだ。
「悪い、俺彼女の同類なんだ」
いつの間にか一平の姿は男たちの目前から男たちの背後に移動していて、優は目を疑った。
同類?
それに、今のは――
「テレポー……ト?」
呆然と優がつぶやく間に一平は銃を持っている男の肩にポン、と手を置く。男が振り向き一平を認めると同時に、勢いよく一平の拳が繰り出された。
シュッと拳が空を切る音と男がふっ飛ばされたのはほぼ同時、男が砂埃にまみれて地面をスライディングしていくのを後目に一平はあと二人にも拳を立て続けに叩きこむ。
「ぐっ」
「げあっ」
一人目が飛ばされてからまばたきするほどの時間。三人はバラバラに地面に転がってしまった。だが意識を刈り取るまでにはいかなかったようで、一人目の男はもう立ち上がりかけている。
「すげえな、あれ食らってもう立つのか」
「――んの、ガキぃ!」
男は激昂して銃を引き抜くと、近くにいた優に視線を向ける。自分を盾にとる気だと優も気がついたがとっさに動くことができない。
「優ちゃん!」
一平が駆け寄りながらPKで男を突き飛ばそうとするが、バリアシステムが邪魔してなんの効果もなく、男は優に追いついてしまう。けれど捕まりそうになったときやっと優は自分の能力を思い出し、間一髪で一平のすぐそばへテレポートすることに成功した。
「優ちゃん、大丈夫か?」
「は、はい」
「なあ、今PKが効かなかったんだけど、何でだかわかる?」
「たぶん、あの腰のポーチ。超能力を無効化する装置らしいです」
「そんな装置があるんだ! 何者だ、あいつら」
思わずこぼした一平の言葉に返事をしている余裕は今はない。男たちが起き上がり、殺気走った目で優と一平をにらみつけている。
「てめえっ! てめえも超能力者か!」
「おい、他にも実験体が逃げ出したなんて聞いてないぞ」
「知ったことか! あいつが能力者だっていうならとりあえず捕まえていきゃあいいだろうが」
「でもあいつ結構強えぞ」
「バカ、俺たちにはこのバリアシステムがあるだろうが。接近戦に持ち込まなきゃ問題ない」
確かに格闘技の心得がありそうな一平相手なら、接近戦はまずいだろう。たとえ一平もPKを衝撃波のように使えたとしてもバリアシステムで無効化できるので、距離をとるのは賢い選択と言える。男の一人が銃を構えると他の二人も銃を取り出した。
それでも一平は落ち着いたままだ。
「あのさあ」
そして話しながら足元から小石を二、三個拾い上げる。
「何でさっき銃を撃った時に当たらなかったか、考えてもみないわけ?」
「え?」
「あれはPKで銃弾の軌道をそらしてんの。だからいくら撃ったって当たるわけないんだって。あと、そのバリアシステム? ってのが無効化できるのってそんなに広範囲じゃないだろ。せいぜい体にそって十センチかそこらをかこってるだけ、ってとこかな。さっき優ちゃんがテレポートして逃げたとき、かなり近づいてたのにテレポートが無効化されなかったってことはそういうことだろ?」
「な――」
「と、いうことは、だ。こういうのはどうかと俺は思うわけ……だ!」
言うと同時に一平は手に持っていた小石を三人に向かってそれぞれ投げつける。ただし、ものすごい勢いで。
PKが無効化されるなら物理で。小さな石ころでも、それを打ち出すために能力を使えば実際相手に当たるときに作用するのは超能力ではなく、物理的な慣性とかそういった力になる。さすがに超能力を無効化するためのバリアシステムでは対抗できない。一平は要するに超能力を使って小石を猛スピードで弾いただけだ。。
「ぐうぅ!」
「げえっ!」
「がはあっ!」
汚い叫び声を上げながら三人はひっくり返り、今度はさすがに意識を失ったようだ。
「生きてる、の?」
「ああ。人殺しはさすがにちょっとな」
そのままぴくりとも動かないので優は心配になったが、一平がそう言ったのでほっとした。現に意識はないようだが呼吸はしているらしいのが見て取れる。
「それで、これから――」
〈一平! 着いたぞ、どこにいる〉
一平が話しかけるのとほぼ同時に声が響いて優はびっくりした。何しろ響いたのは耳に、ではなく頭の中だったのだから。
一方の一平はやはり落ち着いたままで、こちらは声を出して受け応えている。
「ああ、蘇芳。二人とも無事だよ」
〈よかった。場所は把握したよ。すぐ行くから待ってて〉
「おう」
そこで声は途切れた。
「蘇芳と夏世も俺たちと一緒だよ。持ってる力は違うけどね」
「え?」
「蘇芳はテレパシストなんだ。あと、透視も少しできる。夏世はちょっと特殊で、他人の超能力を補助してパワーアップさせちゃうんだよ。俺は馬鹿力でね、PKとテレポート専門。テレパシーなんかはからっきし」
優はびっくりして声も出ない。
「さて、こっちの種明かしはこれで全部しちゃったし、優ちゃんを追ってた連中にも俺の顔を売っちゃった。話してくれるよな?」
車のブレーキ音とドアがばたんと閉められる音がして、すぐに蘇芳と夏世が走ってきた。公園の様子を見て、ちょっと息を呑み、一平と優の無事を確認して改めてほっとしたようだった。
「でも」
「ほらほら、ちゃんと話してくれないと、巻き込まれた俺はますます危険なんだぜ?」
「そういう説得の仕方ってありか?」
蘇芳が呆れている。
けれど確かに一平の言う通りかもしれない。ひょっとしたらこのわずかな時間で「組織」に一平の情報が伝わっている可能性もある。もしそうなら全く事情のわからない状態ではかえって彼らはかえって危険だ。
優はそっと月を見上げて息を吐いた。
雲の隙間から冴え冴えと月は輝き、そんなまっすぐな光に優も心を決めた。




