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廃人による師弟関係

 私が街に戻ると、hawk bridgeさんが出迎えてくれた。

「おかえり」

「ただいま戻りました。RKさんとももは?」

 hawk bridgeさんは溜息を吐いてから下手な作り笑いを浮かべた。

「元気だよ。元気が過ぎて『二人で話があるからー、鷹ちゃんはアンブラァを待っててねー』って言われちゃったくらいさ」

 陽気に言ってのけるけど、空元気を振り絞って喋っている感じが聞いていて痛々しい。

「そうですか……怒ってますか?」

 心当たりがある。私が彼の言葉を無視して盗賊ギルドに行った事をよく思っていないんだと思う。私だって自分の意見をまるっきり無視されたら不快だし、多少は怒りを覚えると思う。

「怒っていると言うよりは、憤ってる、と言った方が適切だろう。君を止められなかった俺が、あまりに無力で、不甲斐なくて……ゲームの中くらいは特別になれると思っていたんだがね。結局、現実でもゲームでも、俺は俺って事なんだろうさ」

 そう言って自分を鼻で笑う。目は空虚で何も見ていない。今はもう、何も見たくないんだろう。

「私は、hawk bridgeさんの強い所を知ってますよ」

「強い所?」と彼は言葉を反芻した。

「hawk bridgeさんは自分よりも他人を思って行動できます。それに、あなたは自分の信念を曲げても人を助ける事ができますよね。凄い事だと思いますよ。少なくとも私にはできません」

「俺にはそんな事できないさ」

 謙遜って感じじゃない。本当にできないと思っているのが声のトーンや喋り方でよく分かる。

「できてますよ。自分の事は自分では気付き辛いんです。最初の作戦会議の時でも、私がいるから戦いたくないって言ってくれました。それに、ももが決闘を申請しなければ協力する気だったんですよね。だって、『背中を任せる気にはなれない』って、もう戦う事を前提として話してたじゃないですか。RKさんが捕まったって聞いた瞬間に顔付きが変わったのも見てましたし、心配でいっぱいいっぱいになってしまって、ももに当たってしまったのもわかります」

 彼は上辺だけの下手な表情を剥がして、深くに隠してあった悲しげな表情を見せた。

「……だとしても、俺にはそれを実行するだけの力がなかった。結局弱い事に変わりはないのさ」

「なら強くなればいいじゃないですか」

「そんな簡単に言われてもな」

「それは簡単ではないでしょうが、あなたには自分より強い人がいるじゃないですか。だったらその人に教えを請いましょうよ」

 できない事はできる人に聞くのが一番だ。彼はそのできる人が近くにいる。彼が派手に負けたももは、対人戦ならプロフェッショナルだ。対人戦の訓練に、これ以上の適任がいるとは思えない。

 でもhawk bridgeさんは冴えない表情していた。

「なんと請うんだい? 君を倒したいから戦い方を教えてくれと? 冗談だろう。俺は無駄に費やす為に頭を下げる気はない」

 彼はそう言うけど、こんなのは頭を下げたくないだけの言い訳だ。確かに一度負けた相手に頼み込むのはみっともないけど、強くなりたいと言っておいて、頭の一つ下げられないなんて理解できない。私だったら、強くなる為なら親の仇の靴を舐めたっていい。

「福沢諭吉の『学問のすゝめ』って読んだ事ありますか?」

「いいや、名前を聞いた事がある程度だね」

「その中には『理のためにはアフリカの黒奴にも恐れ入れ』って一文があるんです。相手にどれだけ頭を下げたくなかったとしても、教えてもらうなら頭を下げるべきではないですか。最初から無理だと諦めて何もしないなら、あなたに自分の無力を恥じる権利はありませんよ。どうしても一人では難しいなら、私も一緒に行きますから」

 私が話を終えた時、彼は涙を流していた。大きな男の人が泣く姿は少し見苦しかったけど、涙を拭き取るといつものかっこいい笑顔に戻っていた。

「……そうだね。お願いするよ。その……ありがとう」

「いえいえ。私達、仲間ですから」

「でも今日は流石に遅いから明日にしようか。二人とも、何やら重要そうな話をしていたからね」

 時刻を見れば朝の三時。社会人の彼にしてみれば明日の仕事に支障が出る時間帯だろう。

「それもそうですね。今日は解散という事で」

 私はhawk bridgeさんのログアウトを確認してから、すぐにログアウトした。

 ……現実に戻ってすぐ、顔を真っ青にした。よくも人に偉そうに説教ができたなと、自分に説教をしてやりたい。

 ゴミ部屋の中、ゴミと見違えるような存在の私と、社会に出て立派に働いている彼。どっちが偉いかなんて考えるまでもない。

 ゲーム内で仮初の優越感に浸るのが関の山の私と、現実で苦労しながら、額いっぱいに汗をかきながらも達成感や充実感を噛み締めている彼。そんな彼に、どうして説教なんかできるのか。

「……消えたい」

 誰にも届く事のない声が、部屋と心だけに木霊する。四方八方に木霊するものだから、まるで他人に言われているかのような錯覚に陥る。みんながそう望んでいるのかと勘違いしてしまう。

 ……私は机の上のカミソリを拾った。そして自分の腕にある無数の傷跡に目を落とす。

 これまでの痛みを思い出して、恐怖し始めたらしく手が震えている。

 目を閉じて一度深呼吸をすると、痛みに対する恐怖は生きている証に思えた。こんな私でも生きてしまっていると言う、不可思議な理不尽の体現が自分の全てだと思って、それがどうしても許せなくなった。

 ……でもここで消えたら、明日の約束が守れなくなる。

 私はカミソリを放り捨てて、嫌な考えを振り切ろうとベッドに倒れ込んで夢の中に逃げた。

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