廃人による無双劇
ももに誘導されて盗賊ギルドに着いた。ギルドと言っても、没になったダンジョンを拠点にした、子供の秘密基地みたいなギルドだ。これにいい大人が何十人も集まっているんだから世も末だと思う。
ギルドの前には二人の男女が立っていた。
片方は金髪で寝癖そのままみたいなギザギザ頭。山吹色のベストと同色ボンタンみたいなズボン。黒いインナーを着た若いお兄さん。名前は醸し人九平次。
もう片方は黒のショートヘアに、黒い和服に山吹色の柄が入った美人なお姉さん。名前はキッスインザダーク。
「お? おい見ろ! 女が二人もいるぜ」と醸し人九平次は嬉々として女の人に話しかけた。
「ゆうくんはロールプレイがいちいちウザいなぁ」
「う、うるせぇ! 本名で呼ぶんじゃねぇ! こう言うのはなぁ、雰囲気が大事なんだよ!」
「どうでもいいけど、あの女の人やばいよ」
「ああ、確かに両方子供だが、ヤバいくらいタイプだぜ……へへっ」
「そうじゃないよ。左はアンブラァ。バグをいっぱい知ってて、レベルが五桁なんだって。右はもも。レベルは低いけど大会優勝経験がある人だよ」
どうやらお姉さんの方は私達を知っているらしい。
「っくぅ〜! 最高じゃねーか。こう言う奴を倒して、俺はのし上がっていくんだ!」
「やめた方がいいよ。この人達に迷惑だし」
「いいんだよ。ゲームだから。ほら、正々堂々一人ずつかかってきやがれ!」
一人ずつ限定なんて結構図々しい事言うなぁ。困る事ではないけど。
「私が戦うよ」と言って前に出る。
「よし行くぜ五桁野郎!」
突進してきた彼は、槍を取り出した。武器も戦闘スタイルも性格も、なんか真っ直ぐな人だなぁ。手加減しようとは思わないけど。
私に命中するより前にクロスボウを一発放つ。バフを使ってないため、オーバーフローせずにダメージになる。
放ってから思ったけど、億越えのダメージを感じた時、人は正気を保てるんだろうか。フルダイブじゃなかったらいいなー。
当たった瞬間、当然の如く彼は即死した。
「あなたも戦いますか?」
「いやいや。お姉さん倒せても私の利益が日雇いギルドでの評判だけなんて、割りに合わないよ」
「賢いですね。なんで彼を止めなかったんですか?」
「面白いから」
なんか腹黒い人だなぁ。ブレーキ役かと思ってたら、この人が思いっきりアクセル踏んで飛び降りる役目の人だったのか。
「そうですか。もう一つ聞きますが、ここに男の人が誘拐されてきませんでしたか?」
「あー、いたよ……連れて行ってあげようか?」
話が早くて助かった。
「ぜひお願いします」
彼女に付いていくと、ギルド内の見張りに見つかってしまった。
「侵入者だ! みんな来てくれ!」
私は戦闘の邪魔にならないようにお姉さんに離れておくように言った。
あっという間に囲まれてしまったけど、私の作戦の内だった。一箇所に集めれば殲滅しやすい。
「フォルティア」と私は魔法を使った。戦闘準備はバッチリだ。
「先に言っておきますが、私は無駄に痛めつける気はありません。あなた方がギルドから抜けた場合、攻撃を一切しないと予告します」
「ギルド解体か……ボスから聞いてた通りだ! やれ!」
戦闘が始まり、私はクロスボウを敵の一人に撃った。
オーバーフローしているので、ダメージはない。でも、その内部のデータには何億というダメージが入っている。その痛みが脳に信号として送られる。
「ウガァァァァア!」
その結果、想像を絶する痛みを与える事ができる。そもそもが数百、数千のダメージしか喰らわないゲームで痛覚が調整されているため、文字通り桁違いの痛みだと思う。
「その女はヤバい! そこの裏切り者を人質にしろ!」
彼女とは出会って数時間の縁だけど、見知った人のピンチを見逃すのは寝覚が悪い。
私はクロスボウに別の矢を入れた。よくある拡散弾。弓に拡散弾なんてあるのかは疑問だけど、このゲームにはある。
私は目を閉じて集中した。次に目を開いた時、私の目には時が止まったような静寂と、画面いっぱいを覆い、それでも収まりきらないおびただしい量の数字が映っていた。
私には生まれつき、プログラムが目に見える特異な体質があった。医者はプログラムを瞬時に理解できるほどの頭脳があって、それを脳で処理する上でそう見えたように錯覚しているって言ってたけど、私からすれば細かい原理はどうでもいい。とにかく見える。
これでプログラム上の不備、つまりバグや、乱数を覗き見ることができる。
今見えているこれは乱数。散弾がどこに飛び散るかは乱数で決まる。
それが自分の欲しいと思う数字になった一瞬を狙撃した。
もう一度目を閉じて、集中を解いてから目を開けると、数字は見えなくなっていた。
画面に目をやると、空中で分裂した矢の一つ一つが正確に敵プレイヤーを狙っている。
雨あられの様に降る矢を避ける事は出来ずに続々とそれが命中する。
けど、まるでモーゼに割かれる海の様に、矢はお姉さんを避けている。
矢が尽きた時、その場に立っているプレイヤーは二人だけだった。
彼女を守れて良かったという安堵と一緒に、心には退屈さが生じていた。
楽しくない。ゲームなのに、面白いと感じない。人を守る時に不謹慎かも知れないけど、もっとスリルや緊張感があると思っていたらあまりに圧倒的で、これじゃ弱い者いじめをしているようで、ストレスが溜まるだけ。
「い、いや。流石だね。流石は最強プレイヤー。本当、戦わなくてよかった……」
さっきまで普通に接してたこの人だって、今では少し怯えている。
私はただ鍛えたかっただけで、強くなりたかったんじゃない。
楽しくないからって、人のピンチを見て見ぬ振りすることはないけど、なんだろう。喉の奥に詰まった感情が呼吸を妨げているようだ。こんなにもゲームは生き辛かっただろうか?
こんな悩み、誰も共感できないだろうし、嫌味に思われても困る。心の奥にしまっておこう。
「今は手段を選んでいる余裕がないので。それより……」
私は近くにいた人に馬乗りになって頭にクロスボウを押し付けた。
「私の攻撃にダメージはありませんが、現実に支障が出るほど痛いですよ。早くギルドを脱退した方が身のためです」
「もう抜けてるよ! だから見逃してくれ!」
「キッスインザダークさん。ギルドメンバーを確認してください。ちゃんと脱退してますか?」
「ちゃんと抜けてるよ。この場だと私以外誰も残ってないね」
そうと分かればこの人に用はない。私は足早にその場を去った。