廃人によるカラオケ
「じゃあまず俺からな」と言って吉田さんはマイクを取り、立ち上がって歌い始めた。
情熱的な男臭い曲を、これまた情熱的に歌っている。上手いとは思うけど、アレンジを何度もしているせいで、音程のバーが心電図の様に跳ねている。
心動かされるものの、それ以上に音程が動いている。ただ、実力は相当なので、ビブラートやこぶしなどはかなり取っている。
採点結果は75点。全国平均点は90点近い曲なのだから、どれだけ点数をおざなりにした歌い方なのかが分かると思う。
本人は不満そうに椅子に座り直した。
「次、私ねー」
次にマイクを握ったのはももだった。彼女のマイクの握り方はプロの様で、口に向けて並行に向け、ヘッド部分を持っていて、更には食べそうな勢いでマイクに口が近い。
その握り方にみんな驚いている間に、可愛らしい曲が流れ始めた。
ももは声があまり大きくないけど、そんな握り方をしているおかげか、余す事なく声が拾われている。結構参考になるなぁ。
点数は86点。この今日の平均点も大体そのくらいだ。
「うーん、もっと出ると思ってたんだけどねー。残念」
口ではそう言っているけど、清々しい表情をしていた。
そして、握っていたマイクを井上さんに渡した。
「3番目は私ね。歌には自信あるんだよね」
井上さんは、申し訳ないが、上手には聞こえなかった。なのに、顔も真剣そのもので、楽しそうに歌っているわけでもない。
でも、音程バーからはみ出る事無く、なんと言うか、点数が出そうな歌い方をしていた。曲も高得点が簡単に取れそうな曲を選んでいる。
この人だけ本気だなぁ。いや、みんな本気ではある。でもそれは、他の人を楽しませようと本気になっているのだけど、井上さんだけは勝とうと本気になっている。
私と一緒だ。私がただただ彼女たちの歌を聞いていたと思ったら大間違いだ。
私の生まれついての能力はプログラムが見える能力。この能力は、言い換えるなら電気の信号や、データを読み解く能力。
そして、人体は電気信号で動いている。それを覗きみることで、ある種コツの様な物を即座に理解できる。
今回で言えば、吉田さんからはビブラートの出し方を、ももからはマイクの握り方を、井上さんからは音程の取り方を教わった。
そのコツを整理している間に、井上さんの歌は終わった。点数は92点。マイクを渡され、次は私の番だ。極度の緊張が身を震わせる。恐怖や羞恥心でごちゃ混ぜになって吐きそうだ。死刑執行を待つ囚人はこんな気分だろうか。
ちなみに、私が選んだ曲は……
「君が代は〜」
君が代だった。これ以外サビまで歌える曲がなかったからだ。普段から曲なんて聞かないし、アニメはOPを全て飛ばして見ている。
私はあくまで本気だけれど、みんな腹を抱えて笑っている。
そのせいもあって、コツは完璧に頭から抜けていた。声が裏返り、マイクは変な汗でベッタベタ。顔が熱くなってきて、1分とちょっとしかない曲にも関わらず、歌い終えた頃にはぐったりと椅子に倒れ込んだ。
点数は65点。平均点を見る前に力尽きた。
「森川さん面白いねー。これ勝負中だってわかってるー?」
「悠くんだってこんなに盛り上げられないよ。凄いね」
「ああ! 悔しいが俺の負けだ! お前凄いな」
慰めとか皮肉ではなくて、純粋にそう言ってくるものだから余計に恥ずかしい。もう、穴があったら入りたい。
そう赤面している私に気付いたのか、高橋さんは早々にマイクを取って、話を中断するように曲をかけてくれた。
「最後は俺の番だろう? ちゃんと聴いててくれ」
彼が歌い始めた曲は、所謂ヘヴィメタル。真面目そうな見た目からは想像できないほど、野太く狂気的なデスボイス。狭いカラオケボックスで、暴れ回るかのようなヘッドバンキングを披露するたび、机がガタガタと動き、置いてある飲み物が倒れそうになる。
それと、これは私が普段歌を聞かないからかもしれないが、彼の歌は下手だと思う。メタルが難しいのはよく分かるけど、それにしたって音程があったタイミングの方が少ないというのはどうだろうか。
「ふぅ。どうだったかい」と彼は自信満々に訊ねてきた。
みんな少し引いていた。面白さより、怖さの方が優っていたからだ。
「う、うん。凄かった」
これ以外の感想は誰も浮かばず、全員息を合わせてそう言った。
点数は60点。これを見ると「俺の歌い方は点数が出ないらしいんだ」と誰も訊いていない弁解をした。
それは上手い人が言っていい台詞だ。例えば、吉田さんのように、点数を考えずにただ歌いたいように歌う人が言う台詞であって、シンプルな音痴が言うべき事ではない。
……いや、もしかしてこれは、私の失敗を誤魔化す為に、わざと下手に歌ってくれたのかな? だとしたらとても失礼な事を考えてしまった。
「ハイハイ。じゃあゲームルールに則って命令するよ。命令は……」
みんな生唾を飲み込んだ。




