廃人以外による邪龍戦
マズいな。村人に報告してもダメだったから一度ダンジョンを出ようとしたら、道を間違えてしまったらしい。
目の前では禍々しい邪龍が咆哮をあげている。
RKがryuutaさん達を呼んだらしいが、いつになったら来るのか検討も付かない。
ここはなんとか踏ん張らなくてはな……仕方ない。
「逃げようか」
「ああ、賛成だ」
邪龍の攻撃を防ぎながら少しずつ後退した。タンク役を担っている俺なら耐えられるが、あと二回……いや、もっと強い技を使われた場合は一回耐えられるかどうかだろうか。
これは流石に無理だな。ハハ。最近はいつもこんな感じだ。周囲にまるで追いつけないでいる。
気分が落ち込み、一瞬集中を切らしてしまった時、邪龍が炎を吐き出した。盾を構えようとするが、もう間に合わない。
「全く……世話が焼けるな」
RKさんは方向転換して、俺の懐に飛び込み、鞘で殴りつけた。
俺はヒットバックして邪龍との距離が離れていく。
だが、RKは邪龍に追いつかれてしまった。
邪龍はその巨大な体躯でRKに巻き付き、絞め殺そうとしている。
「縮地」
RKさんは俺の目の前に瞬間移動する事で、その危機から脱した。
受け身を取り損ね、地面に倒れた俺をRKは面倒そうにため息を吐きながら、俺の目の前に腕を出してくれた。
俺はその腕を掴み、彼と一緒に再び逃げ始めた。
流石だな。カリ・ユガの時代ではryuutaさんと互角に戦っていただけある。
俺は一応、このゲーム内でもかなりトップに位置するプレイヤーであると思っている。実際大会でも何度か優勝した事がある程度には強い。それは当然、会社にいる時間以外は全てこのゲームに費やしているからだ。
それなのに最近は、ryuutaさんに助けられ、中学生のももには負け、初心者だと思っていたアンブラァは遙か高みにいる人だと分かった。
このギルドで一番弱いのは、悔しいけど俺だ。みんなプレイヤースキルだとか自分にしかできない事があるのに、俺は装備がちょっと強いだけで、俺のデータを使えば誰だって俺の代わりになる。
ワーウルフを見た時、義憤よりも、嫉妬や焦りの方が強かった。特別な才能を持ってるのでもないのに、俺より数段上に位置して、ももすら倒してしまうほどの力を持っている一般プレイヤー。嫉妬しない要素がない。
俺はその時、心底、ryuutaさんたちに似合う仲間はどちらかと考えた。俺では力不足も甚だしいのではないかと考えてしまった。
それは仲間を汚す思想だとは思ったし、振り払おうともした。でも、そうして目を逸らすと、本当に目を逸らしていいのかと、考えたくもない事を脳が無理矢理考えさせてくる。
俺はどうしようもなく弱い。力が、と言う意味ではなく、精神力が。
現実からは散々逃げ、ゲームの中ですら事実から逃げ、今度は逃げる事から逃げようとしている。
もう少し俺が強ければ、他人は他人だと思って逃げる事もできただろう。
その勇気すらない俺は、この悩みの無限地獄を延々耐える事しかできない。
だが、そんな事より許せないのが、ワーウルフなんてゲス野郎の詭弁に、少しでも共感してしまった自分が許せなかった。
『俺ら雑魚の努力なんて知らないで、ちゃんとやれだの、もっと頑張れだの、俺らは必死こいて頑張ってんだよ!』
俺はひたすらに、がむしゃらに強くなるためだけに頑張ってきた。だけど、俺の周りは、それを軽々しく抜かして行く奴ばかりだ。上には上がいる。それは分かっているはずだった。
もう自己嫌悪で押し潰されそうだ。
そう思った瞬間、心の支えのような物がなくなった気がした。もっと強くなければ存在価値なんてないのではないか。
何故かそう思うと、邪龍だろうがなんだろうが勝てる気がした。奇妙な万能感のような物を感じた。
どうせ俺が負けたって誰も困らないし、誰も元から期待なんてしてない。
「……ここは、俺に任せてくれないか」
ああ、いつもの発作が出てしまった。これが美しい自己犠牲の精神だと言う奴もいるが、そんないい物ではない。つまりは自殺志願者だ。自分の価値が途方もなく安く感じてしまい、勝ち目のない相手に特攻しているだけだ。
「ああ、分かった」
RKはそう言って逃げ続けた。これは決して薄情ではない。俺は信用されるに十分な程自信満々な笑顔になっているだろうからな。彼は何か策があるとでも勘違いしたんだろうな。
『グォォォオオオ‼︎』
咆哮を発する邪龍を見て、俺は苦笑いをした。子犬が虚勢を張ってワンワン吠えてるようにしか見えなかったからだ。
「かかって来い」
俺が剣と盾をしっかり構えた瞬間、待ち構えていたかのように邪龍は地中に潜った。
……いや、よく見れば影だけで蠢いている。どうやら影の中に入り込んだようだ。
どうやら少し多芸な犬のようだ。俺は影を踏まないように避けた。
だが、その龍の影が俺に触れた時、俺は壁に叩きつけられた。
なるほどな。影に触れられるとダメージを喰らうのか。
俺が次の攻撃に備えると、邪龍は興味をなくしたように逃げ始めた。
「……なんだ?」
そう思って逃げた方向を見ると、三人分の人影があった。
……RKが、ももとryuutaさんを連れてきたようだ。