廃人による最終戦
始めの合図は耳に入っていなかった。ワーウルフが攻撃を始めたところで、ようやく始まったのかと気が付いた。
私は見えない攻撃を回避しようともせず、諦めたように力を抜いてされるがままの状態。
「おいどうした⁉︎」と挑発しながら何度も拳を繰り出すワーウルフ。
型も全然なってないし、速度も遅すぎる。こんなのにももやhawk bridgeさんは負けたのか。卑怯とは言え、あの二人に勝てたのだからどれほどの実力かと思えば、不意打ちじゃない限り脅威にはなり得ない。
正直ガッカリだ。自分でバグを発見するくらいやり込んでいると思えばこの体たらく。
元から薄々気付いていたが、正面から打ち合って初めて分かった。
「哀れだな」
そう口にするとワーウルフの手が止まった。
「なんだと?」
「お前は哀れだ。努力では天才に勝てないと言って逃げ、努力する事もせず、あいつのせい、こいつのせいって全部他人のせい。それで外道にまで手を染め、最後にはその天才に倒される。こんなのは悲劇ではない。喜劇だ。それに気付かないお前は、この世で一番哀れだ」
「だったら哀れなのはお前じゃないか。それだけバカにした相手に負けるんだからな」
ワーウルフの不可視の攻撃は私に当たる……事はなく、当たる直前に杖で防いだ。
「もう無駄だ。俺の目にはプログラムが見えている。お前の小細工も、もはや無意味だ」
プログラムが見えている私にはあたり判定の位置が見えていた。完全に相性の問題だけど、彼ではどうやったって私に勝てない。
「なんだそれは⁉︎ ふざけるな! なんで最初から使わなかったんだ……大体、そんなのチートじゃないか!」
「ああ、その通り。だから大会になど出たくなかった。力も使いたくはなかった……だから決勝がお前でよかった」
「なんだと⁉︎」
「怒らせたのなら謝ろう。だが、ただお互い卑怯なら、罪悪感を感じなくて済むと思ってな」
ワーウルフは雄叫びを上げて攻撃を仕掛ける。私はそれを間一髪で避けながら魔法を使う。
「条件付きウェポンチェンジ『ナックル』」
ここでナックルを選んだ理由は相性や戦略ではなく、対等な条件下で戦おうとした故の選択。同条件でも私の方が強いと言う証明。
「ウラァァ!」
ワーウルフは脳みそが入っているのか疑いたくなるほど単純に正面から突っ込んでくる。位置が分かりずらかったバグ使用状態ならいざ知らず、見えている私にそれは、カウンターをしてくれ、と言っているような物。
「アッパーカット」
射程に入った瞬間に私の拳は、ワーウルフの顎を殴り抜いた。
そして追撃としてボクシングの要領でひたすら殴った。ゲーム内の技を使わなくても、私にはある程度、格闘技に関する知識があった。
圧倒されたワーウルフは、あたり判定をずらすバグの応用で瞬間移動して回避した。
「タネがわかった。もう使わない方がいい」
「あ? タネなんて最初から割れてるんだろ。今更何を言ってやがる」
「教えてやろうとは思わないが、そうだな。そのバグには欠点がある、とだけ言ってやろう」
「そんなの誰が信じるかよ!」
彼はバグを使い更に瞬間移動した。何度も何度もそれを繰り返して私を翻弄しようと頑張っている。ドタバタになって新技を開発したらしい。
私は冷静にオーヴァーブローを構えた。
「喰らえ!」
ワーウルフの攻撃は私の後頭部に直撃した。一撃くらいは別にいい。
「オーヴァーブロー……!」
私の攻撃はワーウルフとは別の方向に飛んでいった。
「ヘッ! どこ狙ってやが……ウグッ!」
命中してないはずの技はワーウルフに命中した。
思いっきり吹っ飛んだあと、HPが0になってゲームオーバーになった。
ネタバラシをすると、あのバグはズラす時に一瞬あたり判定が増える。それを何度も繰り返せば、どこに攻撃しても外しようがなくなる。
『素晴らしい。満足させてもらった。お前にカリ・ユガをくれてやろう。これでカリ・ユガの時代は終わりだ』
インベントリを確認するとカリ・ユガ装備が入っていた。性能は暗殺職寄り。武器も暗器で、私には無用の長物。
すぐさまももにプレゼントした。これで試合は終わり。
『いいや、カリ・ユガの時代は終わりそうにもないな』とカリ・ユガは私にだけ聞こえる声量で呟いた。
そう。まだ全てが終わったわけではい。私はすぐにログアウトして、アンブラァでログインした。