廃人による五回戦
次の試合の直前。私はhawk bridgeさんと一緒に会場を出て、少しだけ話し合いをしていた。
内容は当然、次の試合について。次の対戦相手は、私が一回戦で仕留め損ねた敵だった。名前はワーウルフ。
あの男は私の攻撃をすり抜けた。避けたとか、効かなかったとかではなく、まるで煙のように当たらなかったんだ。
ナックルにそんな技はない。プレイヤースキルでもあり得ない。
兎に角、その技の正体を探らない事には勝てない。
「次の試合、なるべく長引かせろ」
長引けば、私とももで正体を究明できる。
「それは構わないけど、どうしてだい?」
「次の敵は、俺の攻撃が通らなかった。その理由を探るためだ」
「なるほどね……」
hawk bridgeさんは顎に手を当て、少し考えるそぶりを見せると、すぐにニコッと笑った。
「……断らせてもらうよ」
予想外の発言に面を喰らった。彼なら快く受け入れてくれると思っていただけに、驚きで少し声が出なかった。
「……何故だ?」
「それがチートツールとかで、ryuutaさんの目的がそのツールの無効化なら首を縦に振っていただろうね。でも今回の提案はフェアじゃないよね。対戦者の手の内を探るために捨て駒になるなんて、俺はまっぴらゴメンだね」
こうなってしまった彼は頑固だ。前回の一件でそれは分かっている。
静寂が流れると同時に、彼の前にメッセージウィンドウが現れた。
『試合時間一分前です。直ちに会場に向かってください』
hawk bridgeさんはそのまま何も言わずに立ち去ってしまった。
私も少し遅れて客席に戻った。もうカリ・ユガも現れていて、開始直前だった。
『それでは、始めろ』
開始早々、不可思議な現象起こった。
hawk bridgeさんの懐に飛び込んだワーウルフは、ナックルで力一杯に殴った。それは誰がどう見たって空を切っていた。
だけど、当たった。
派手に吹き飛ばされているhawk bridgeさんは、苦痛の表情と言うより、困惑の表情でワーウルフを睨んでいた。
「うーん。どう見たってチートかー……バグ、だよねー」
私も薄々そう思っていた。このゲームは自由度が高い代わりにバグが多い。
バグの種類としては、当たり判定をズラすバグかな?
「運営に言えばあのプレイヤーを出禁にできるだろ」と私が提案すると、RKさんが悩ましそうに口を開いた。
「バグだとしても、早くともこの大会が終わるまでは対応されないだろうな。そもそもそんな早々に対応できるバグなら今まで残っているはずがない」
言われてみればその通りか。
私達が場外で話し合っている間も戦いは進み、ワーウルフに一撃も攻撃できないまま、hawk bridgeさんは劣勢に立たされていた。
「なるほどな……これは素直に忠告を聞くべきだったよ」
そう言いながら、hawk bridgeさんは不敵に笑った。
「何の話だ?」
「こっちの話さ。どうやら俺では君を倒せないらしい……でも、一矢くらいは報いてもいいと思わないかい?」
それを聞いたワーウルフは、いやらしく笑い出した。
「ガハハハ! いいぞ! 一矢だろうが十矢だろうが報いてみろ! もっとも、できるならの話だがな!」
言うと同時にワーウルフは飛びかかった。またも空振りしたはずの攻撃はhawk bridgeさんを襲う。
「シャムシール・エ・ゾモロドネガル」
殴られながらも飛ばされないように踏ん張り、必殺技を使ったhawk bridgeさんは、何もない正面に剣を振り下ろした。
「なっ!」
空を切った攻撃が、今度はワーウルフに命中した。
「一矢報いたよ。攻撃時はこっちの攻撃も当たるだろうとおもったよ」
そうだ。このバグは当たり判定を消すのではなく、ズラす物。なら居場所を予測できれば攻撃はあたる。
「クソッ! だがそれが分かったところで、このHPの差は覆せない! お前に勝ち目はない!」とワーウルフは焦りながら喚いた。悔しいけどその通りで、正面からの殴り合いになればhawk bridgeさんに勝ち目はない。
「そうだね」
hawk bridgeさんは呆気なくそれを認めた。でも不敵な笑みを崩さない。
「でも、これが分かれば、ももとryuutaさんがどうにかしてくれるだろうさ。俺の負けでも、正義の勝ちだ。ほら、早く俺を倒したらどうだい? なんならサレンダーしようか? 俺も、君が倒される姿が早く見たいからね」
「黙れッ!」
ワーウルフはバグを使わずに正面から殴りかかり、足をかけて転ばせると、そのまま馬乗りになって顔面を殴り続けた。
「サレンダーなんて、させてたまるか! テメェは俺がブッ殺すッ! 死ね! 死ね! 死ねッ!」
怒りで我を失ったワーウルフは、息も絶え絶えに殴り続ける。
hawk bridgeさんはHPが0になり、ゲームオーバーとなった。
『いい戦いだった。それでは次はまた十分後だ』
いい戦いだった? ふざけるな! 私は怒りが限界まで達していた。
気付けば私は観客席から会場に飛び降りていた。
「俺と戦え」
ワーウルフの前に立つと、胸いっぱいの感情に押し出されたように、自然と言葉が出た。
「へッ! 誰かと思えば、一回戦で運良く生き残った野朗か。あいつも馬鹿だな。俺に負けたお前に頼らないといけないなんてな!」
「黙れ! ウェポンチェンジ『剣』!」
私は杖を剣に変えて斬りかかろうとした。
けど、目の前にRKさんが瞬間移動してきて、刀で私の剣を受け止めた。
私は数歩退いた、
「どけ!」
「馬鹿か。あと十分で次の試合なのに無駄に消耗するな。復讐ならそこでしろ」
私は渋々剣を納めた。
殺伐とした雰囲気の中、滞りなく大会は進む。