廃人による三回戦
自分の出番を終え、興奮冷めやらぬ中観客席に移動した。
「こっちだよー」と手をこまねいているももを発見して、隣に空いていた二つの空席に、私とRKさんは腰を下ろした。
周囲は私達に歓声を上げている。もうすぐ次の試合が始まるのに、ほとんど会場を見ていない。
そんな空気の中で、次の選手が会場に上がる。
醸し人九平次さんと、知らない人。プレイヤーネームはTANAKAさん。武器は剣。
両方とも無名だけど、選手が出た瞬間に私達への視線はピタリと止んだ。さっきの試合を見て、この大会は一分一秒見逃す事が勿体無いと分かったんだ。
試合開始まで一分前。カリ・ユガも現れて、いよいよ始まるとみんなが緊張感した瞬間、醸し人九平次は観客席に手を振りながら口を開いた。
「俺の名前は醸し人九平次! 相方のキッスインザダークと一緒に便利屋をやってるから、何か困った時は相談してくれよな!」
この極限の緊張感の中で何を言い出すかと思えば、まさかの宣伝。その奇妙な組み合わせから、ちょっとした笑いが起こった。
さっきまでの空気を一言で変えてしまった事で、流れは完全に醸し人九平次さんに味方している。
『それでは、始めろ』
「いっくぜー!」と大声で自分を鼓舞しながら、彼はTANAKAさんに突撃した。
「アースクウエイク」とTANAKAさんは攻撃範囲に入ると同時に技を放つ。
地面が揺れ、動きにくくなったところで、横に回り込み剣を振った。槍には横へ反撃手段がないので、醸し人九平次さんは防ぐ事しかできない。誰もがそう思った。
その次の瞬間、彼はニヤリと笑ったと思うと、地面に槍を突き刺さし、それを軸にして回る事で勢いをつけると、TANAKAさんの頭に飛び蹴りをかました。
TANAKAさんは予想外の反撃に怯み数歩後ずさった。
醸し人九平次さんは槍を引っこ抜くと、無邪気な笑顔を観客席に撒いた。
槍にあんな技はない。と言うか、どの武器にもない。技による動きの補正を一切使用しないで行う、正真正銘彼だけの技。言うなればユニークスキル。ダメージ補正もないので強くはないだろうけど、それでも相当有利になる。
その衝撃は会場を再び沸き上がらせるのに十分な衝撃だった。
「凄え! さっきの奴らより凄いんじゃないか!」
「あんな技見た事もねえよ!」
「しかもあんな余裕なんて、何者だあいつ!」
困惑やら声援やら、よく分からない大声が飛び交う。もはや場の空気は完全に支配された。
「応援ありがとな! よーし、特別ファンサービスだ!」
醸し人九平次さんが客席ばかり見るのをよく思わないTANAKAさんは、背後からその剣で襲いかかった。
完全な不意打ち。これは普通なら避けられない。
でも彼は、まるで後ろに目がついているかのように、槍の棒部分をTANAKAさんの金的にぶつけた。
苦悶の表情を浮かべるTANAKAさんに、
「ズルするからだ!」と楽しげに言うと、なぜか距離を取り始めた。
次は何を見せてくれるんだろう。私は既に彼の虜になっていた。
彼は会場の端まで行くと、TANAKAさんに向かって走り出した。
そしてあと少しの所で地面に槍を刺し、棒高跳びのように跳ね、TANAKAさんの頭を両の太ももでしっかり掴むと、さっきまでの動きを逆再生したようにしてTANAKAさんを地面に叩きつけた。
もう戦闘ですらない。サーカスか何かになったこれを見て、観客はハラハラするでもなく、真剣に戦わない彼を怒るでもなく、ただただ楽しんでいる。彼自身が笑顔だから、全力で楽しんでいるから、みんなそれに釣られて笑顔になっている。
そんな攻防が幾度も繰り広げられだけど、一撃一撃が弱いせいでどうにも時間が掛かってしまっている。ただ、それに不快感を覚える客は一人もいない。
それは、敵のTANAKAさんも例外ではない。
醸し人九平次さんは盛り上げるために何度か攻撃を喰らう事で、一方的な戦いにする事なくTANAKAさんも笑顔にしていた。このおかげで弱い敵を痛めつけている印象を払拭して、仲のいい友人のじゃれあいのような雰囲気を出していた。
どこまで計算の内か分からないけど、彼が生粋のエンターテイナーだと言う事は分かった。
「さて、そろそろフィナーレだ!」
彼がそう宣言すると、観客席は息を合わせて残念そうな声を出した。
「俺もみんなとの別れは悲しいけど、TANAKAが疲れちまったらしいからな」
確かに少し前から動きのキレが悪くなっていたし、今も肩で息をしている。それにHPの事を考えても、TANAKAさんはもう限界だろう。
ちなみに、醸し人九平次さんは全く息を切らしていない。ゲーム内と言えど、あんなに動き回っていれば普通なら倒れてしまうだろう。
「さあ、最後はこれで決まりだ!」
槍をきちんと構えた醸し人九平次はTANAKAさんを刺し、上空に投げ飛ばしたかと思うと、バク転をしながらリフティングのように地面に落とさないように何度も蹴り飛ばした。当然この人外じみた動きにも、システムによるサポートはない。
それを数度繰り返すと、ゲームオーバーになったTANAKAさんは粒子になって消えた。私達は思わず拍手を送っていた。
それと同時にカリ・ユガが現れた。今思ったけど、この大会の優勝条件がカリ・ユガを満たす事なら、彼は既に優勝だろう。
『いい戦いだった。それでは次はまた十分後だ』