第六話 神業を駆使して敵を一網打尽にする
「け、警察……? このガキが、何を寝言を……」
高階にトランクを渡している最中だった男が吠える。
頬に大きな傷を持った特徴的な顔――神鷹会の会長だ。
「ワ、ワシは知らん! 何も知らんぞ!」
高階が叫びながら、トランクを抱えて逃げ出す。
追い掛けようとしたところで、神鷹会会長がピストルを構えて立ちはだかった。
辺りを見れば、他にもヤー公やら中国系、東南アジア系の人相の悪い連中が四、五人ほど。
そいつらも手に拳銃やら刃物やらを持って、俺を取り囲んでいる。
(こいつらがヘロインを日本に運び込んだ麻薬組織だな。神鷹会が、そのヘロインを売りさばいていたってわけか)
そして高階は、神鷹会に捜査の手が及ぶのを握りつぶしたか、あるいはヘロインの大口の買い手でも紹介していたか。
いずれにせよ麻薬事件に関与していたのは疑いない。
(その黒幕は、どこに行った……?)
いた!
トランクを抱えたまま、突き当りの壁にもたれている。
そう思っていたら、壁がクルリと回転して高階の姿が向こう側へと消えた。
(どんでん返しか! 忍者屋敷か、この家は)
「ガキが……警察だか白虎会の鉄砲玉だか分からんが、消えてもらうぞ!」
四丁の拳銃が、一斉に俺に向けられる。
発射された弾丸の軌跡を読む。全弾、避けるまでもなく俺の身体の脇をすり抜けていくと分かるが、跳弾を浴びる可能性もある。
(ここは、叩き落とすに限る!)
クールに判断し、曙光を弾丸よりも素早いスピードで旋回させる。
俺の神業によってヤクザの放った凶弾は、残らずコンクリートの床へと落ちた。
「な、に……?」
狙った通り、俺の行動は自身の身を守るだけでなく、敵を怯ませる効果をも与えた。
飛んでくる弾を叩き落とすという奇跡。それを目の当たりにして呆然としている敵に、曙光を繰り出す。
「うぐっ……」
曙光の鞘で神鷹会会長の右手首を叩いてやると、その手からピストルが零れ落ちた。
次は足首に狙いを付けて曙光を振ってやる。
「ぐぁっ……テ、テメェ……何を……?」
打たれた箇所が痺れて、動かすことも出来ないだろう。
曙光の一撃を頭部や胴体に受ければ、脳や内臓に障害が残るところだ。
貴様らには、司法が裁きを下す。命を奪うことが、俺の目的じゃない。
「この……死にさらせェ!」
残りの連中が、学習もせずに無駄玉を撃ち込んでくる。
先ほどと同じく曙光で弾丸を打ち払い、距離をつめてザコどもの手足にぶち込んでやる。
「うぉっ!」
「ギャッ!」
「グッ……!」
悲鳴が三つ上がり、三つの身体が床に沈む。
(残りは……二人か!)
そいつらは手にヤッパを握りしめ、左右から挟み撃ちにしてきた。
両者の太刀筋を冷静に見切り、それぞれの凶刃に一発ずつお見舞いしてやる。
俺の曙光の鞘の方が、チンケなヤッパより切れ味がいいぜ。
「ひぇっ……」
刃をポッキリと折られたヤッパじゃ、使い物にはなるまい。
柄を握りしめてビビってる二人を、曙光の突きであっさりダウンさせる。
これで、全員片付いたな。
「高階は――」
確か、この辺の壁だったはず……ビンゴだ!
壁を押してやると、ちょうど人が一人通れそうなスペースが半回転した。
後から来たミズホが分かるよう、半開きのままにしておこう。
「……ひっ」
俺が隠し扉を発見したのが分かったのか、奥からジジイの声が聴こえてきた。
そっちへ向かうと、腰を抜かして座り込む高階を発見した。
トランクを盾代わりにして必死に身を隠そうとする痩せこけたジジイの醜態は、目に余るという言葉でも足りない。
その後ろには、大型の金庫が三つも置いてある。そんなに金が大事か。
(驕れる権力者は、金の他に信じられるものがないと言うが……コイツのために作られた言葉だな)
「年貢の納め時だな、委員長。もっとも、薄汚れた金なんぞ国庫に入れてほしくないがな」
ブンッ、と曙光を振って風を切る音を響かせる。
高階はますます強くトランクにしがみ付いて、萎えた脚をガクガクと震えさせる。
「ワ、ワシは何も知らぁん! 逮捕されるようなことは、身に覚えがなぁい!」
歯の根が合わないようで、呂律が回っていない。シワだらけの痩せた頬もブルブルいっている。
もうじき往生する年齢だろうに、往生際が悪い。見苦しい。
「そいつは、裁判所と世論に判断を委ねるんだな。俺の役目は、貴様の悪事を千里の果てまで走らせることだ」
この決め台詞で観念したか。
高階のジジイは、ぐったりと力無くうなだれた。
「ヤマト君!」
警察への連絡に行かせたミズホが、戻ってきたようだ。
声のした方を振り向くと、半開きのどんでん返しを通り抜けてミズホが駆けてきた。
こうしてミニスカートをひらひらとさせてるのを見ると、やっぱりもっと戦いに適した服があっただろと思ってしまう。Eカップのおっぱいも盛大に揺らしてるし……。
「……!」
ミズホの肢体に見入っていると、背後から俺の身体をかすめて何かが通り過ぎて行った。
その出処を確かめようと振り返るより早く、ミズホの身体に異様な物体が巻き付いていく。
「やっ……きゃーっ! な、なに~?」
青白くて、ぶっといソレは……まるで巨大なダイオウイカの腕みたいだ。
そいつが俺の背後からミズホのところまで伸びて、彼女の両腕を巻き込んで腰の辺りに巻き付いている。
「きゃっ! イヤッ……ヤマトくぅ……」
締め付けられながらジタバタと暴れるから、細い脚の付け根の黒い生地が見えてるぞ。
……黒かよ。
「高階ッ……テメェ……」
若干のイラつきを覚えながら振り向くと、そこには枯れ木のように痩せたジジイの姿は無かった。
いや、本性を現したと言うべきか。
ダイオウイカみたいな腕を生やしていた胴体はブタみたいに醜く肥えて、顔も頬肉がでっぷりと付いて別人だ。
「難波……!」
その本性を現して変化した高階の人相……俺にとっては、忘れようもない怨敵の顔そのものだった。
「そうか……貴様だったかッ……難波秋徳!」