第五話 社会党委員長の家に殴り込みに行く
夜も深まった頃。草木も眠るが、悪党の動きは活発になる時間。
傍から見たら、他人の敷地内に侵入してる俺たちの方が悪者に見えるだろう。
だが、真の悪党はこの家の中にいるんだ。
「ミズホ、周囲に気を付けろ。見つかるんじゃないぞ」
飛び越えた塀の壁を背にして、声を潜めてミズホに注意する。
普段はうるさいミズホだが、今は「先刻承知」とばかりに無言で頷いてくる。
「……外に見張りはいない。一気に庭を突き抜けて家の中に侵入するぞ!」
「ラジャー!」
赤外線監視カメラなんて映画みたいなモノが、個人の家に設置されているはずもない。
俺たちは左右に目を配りながら、姿勢を低くして音も立てずに疾走する。
窓の下の壁に背中をピタリとくっつけて、腕を伸ばして手探りで窓ガラスに触れる。
(警備システムは……作動しないな。よし……!)
窓ガラスを指先でトン、と叩く。
内側のカギが、弾かれたように回った。
(小さな部屋だな……ここにも人の姿は無い)
頭を少し上げて中の様子を探ってから、窓を開けて中へと侵入する。
部屋の中は真っ暗だが、ドアの隙間からは光が覗いている。
「廊下は灯りが点いている。今まで以上に用心して行け」
「ラジャー……だよっ」
ミズホが小さくガッツポーズして気合を入れる。
暗闇の中でも緊張している気配が伝わってくる。
「大丈夫だ、落ち着け。お前なら、やれる」
「ん……分かってる」
小声で励ましてやると、ミズホが少しだけ近づいてきた。
「ヤマト君、言ってくれたでしょ? ヤマト君のパートナーは、私しかいないって。ヤマト君がそう言ってくれるなら、私はやれる……やれないはずがないよ」
声を潜めてはいるものの、その声は決してか細くはなかった。
任務に当たっての緊張はあるものの、確かな自信に溢れているのが声の調子からも分かる。
「だって、言ってたじゃん。『場合によっては、敵のアジトに乗り込む』って。だから、動きやすいように髪も上げてきたし、下もミニにしたんだよ?」
確かに昼間、俺が言ったことだ。
あの時は人の話なんか聞いていない風に見えたが、ちゃんと聞いていてミズホなりに考えて準備してきたのか。
(……いや、もっと動きやすい服装はあっただろ。絶対、あっただろ)
まぁ、いい。ここまで来て、満足に働けないという感じは無さそうで安心した。
「この部屋は、ただの応接間だな。他の部屋を探るぞ」
ドアに耳を当てて外の音に聞き耳を立てる。
大丈夫だ。少なくとも、近くに人はいない。
念のために慎重にドアを開けて、隙間から確認する。
「……よし、こっちだ!」
滑るように部屋から飛び出すと、そのままの勢いで廊下を駆け抜ける。
すぐ後ろを同じようにミズホが付いてくる気配が伝わってくることに安堵しながら、奥へ奥へと突き進む。
「……止まれっ」
手の動きでミズホを制止しながら、壁に背中を付けて立ち止まる。
曲がり角の先では、黒服の男が二人立っていた。
(奴らの後ろは……壁だ。なのに、何故そんなところに配置している……?)
経験と直感に基づいて結論を出す。
俺が求めているものは、あの壁の向こう側にあるはずだ。
「ミズホ、やるぞ」
「……OK!」
やるぞ、と言ったのは戦闘のことだ。
手の中に刀の形をイメージして意識を集中させると、空っぽだった手の中に二振りの日本刀が具現化される。
「俺は《曙光》を使う。お前は、《暁光》を持て」
《曙光》と《暁光》――この夫婦刀が、俺とミズホを繋ぐ絆だ。
これを扱えるのは、この世で俺たち二人だけ。
それが、ミズホ以外に俺のパートナーは務まらない理由でもある。
「……行くぞ!」
合図と同時に飛び出す。
曲がり角から急に現れた俺たちに驚いたのか、男たちは対応が一瞬遅れた。
そのスキに、俺たちは相手との距離をつめる。
(……ピストルか!)
男の一人が懐に手を伸ばした。
黒い物を取り出した、その手を鞘に納まったままの曙光でぶっ叩く。
「ぐわっ!」
その手から黒い物が落ちるより早く、曙光で相手の足を払って転ばせる。
鞘の中といえども、曙光の一撃を喰らえばしばらくは身体が痺れて動けないはずだ。
「ぎえっ!」
もう一人の男もミズホの暁光の前に屈した。
足元に目をやると、トランシーバーが転がっている。
(さっき取り出したのはコレか。ピストルじゃなかったか)
トランシーバーで連絡を取り合っている。
ということは、肉声が届く距離にこいつらの仲間はいないと見ていい。
トランシーバーを遠くへと蹴飛ばして、この二人が守っていた壁を調べる。
(一見、ただの白い壁だが……やはり秘密があったか)
目立たないが、小さな引手があるのを見つけた。
壁だと思っていのは、実は引き戸だったわけだ。
「わっ……壁が開いたよ!」
ミズホの小さな驚きと共に、壁の向こう側が暴かれる。
地下室への下り階段だ。
「さて、高階のダンナが何を隠しているのか見てやるとするか」
床に倒れる頼りない見張りを振り返ることなく、俺たちは地下へと下りていく。
地下室の壁は打放しコンクリートだが、灯りは点いていてその広さが窺える。
「駐車場か。見ろよ、この車の数」
「うわ~、高そうな車ばっかし」
黒塗りの外車が並ぶ光景は、さながら高級車ディーラーの車庫といったところか。
だが着眼すべきは、そこじゃない。
「何台停まっている? これだけの数の車を、ジジイ一人が所有してどうする?」
「えっ……それって、つまり……」
「そうだ。明らかに来客がある証拠。恐らくはこの先、人目を忍んで深夜の地下室で密会しているはずだ」
居並ぶ高級車を尻目に、地下の通路を突き進んでいく。
突き当りのドアを開くと、すぐ目の前にもう一つドアが現れた。
(防音のための二重扉……密会には、もってこいだな)
暁光をギュッと握りしめるミズホに、人差し指を口の前で立てるジェスチャーを示してドアに近づく。
聞こえる、聞こえる……悪党どもの囁きが。
『先生のおかげで、日本における麻薬の市場を開拓できました。これは、ほんのお気持ちです』
会話の内容から、金銭のやり取りが行われた。
そう確信して俺は、ドアに聞き耳を立てたままミズホに次の合図を送る。
親指と小指を立てた拳を耳の横に持ってくるジェスチャーを見て察したミズホが、無言で頷いて地下室を出ていく。
(ミズホが警察に連絡して、ここにパトカーが到着するまで……その間に、やるべきことがある)
俺は目の前のドアをそっと開けると、ほんのわずかな隙間から小型カメラを差し込んでシャッターを押した。
動かぬ証拠を押さえたぜ、社会党の委員長さんよ。
「そこにいるのは誰だ!」
気づかれた……?
思ったよりもカンがいいな。
俺はカメラをしまい、曙光を握り直して威勢よくドアを開いた。
「な、何者だ! 貴様、ここで何をしている?」
「高階委員長、そちらこそ誰と何の話をされているので? 自民党の献金疑惑を糾弾していた張本人が、まさかヤクザから金を受け取っているとは……多くの国民を欺いた罪、警察で残らず吐いてもらおうか!」