第三話 歌舞伎町でエロい姉ちゃんに声をかけられる
不夜城都市――そんな言葉で飾られる東京都新宿区歌舞伎町。
性風俗と犯罪の聖地なんてイメージがあるせいか、ミズホも不必要に怖がってたな。
けど、こんなにネオンが輝いて明るい場所で犯罪なんて、めったに起きないもんだ。
本当にヤバいのは、路地裏とかの暗がり……こうして目を凝らせば、たむろするヤー公や立ちんぼの姿が見える見える。
「お兄さん、何見てんの? アタシと遊びたいの?」
っと、「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている」か。
覗き込んでた路地裏から、ハデな赤いドレスを着た姉ちゃんが出てきやがった。
胸元を大きく開けて、スリットもケツが見えそうな位置まで空けてるエロい格好だ。
「ねぇ、無視しないでよ。キョーミあるんでしょ? こーいうトコ」
ドレスの肩紐に指をかけて挑発してきやがる。
俺のことをガキだと思ってからかってるのか、それともマジなのか。
爆発した金髪と、やたらと濃い化粧のせいで年齢は分からないが、日本語ははっきりとしてるから外国人労働者ではなさそうか。
「ねーえ、言葉通じてる? せかっくだし遊んでこーよ?」
売春だか美人局だか知らないが、こういう手合いはムシするに限る。
しかし、しつこいな……これからミズホと合流して任務だし、追っ払うか。
「素人相手は趣味じゃない。こっちは“すすきの”から“辻”まで通い詰めて、口が奢ってるんでね」(※すすきのは北海道の、辻は沖縄のソープ街)
「ハァ? 何、見栄張ってんだか」
クールに決めてやったが、相手の女はバカにした目で見てくる。
これでいい。呆れて、とっとと他に行きな。
「ヤマト君、何してんの?」
絡まれてる間にミズホが到着してたようだ。
それはいいが、ずいぶんと気合の入った格好だな……。
セミロングの髪を結い上げてウェーブまでかけて、屈んだだけでパンツが見えそうなミニスカート着て……化粧もしてるな?
「ん? どしたの? 大人っぽいカッコしてきたつもりだけど……見惚れちゃった?」
その場でクルっと回ってポーズを決めてるが、これから任務だって分かってるのか?
ただでさえ顔が可愛いのに、余計に目立つだろ。
「なーんだ、彼女持ちかよ。だったら早く言えっての」
俺の溜息と重なって悪態をつく声がする。
客を失った姉ちゃんが、あからさまに不機嫌な態度を見せてるが構ってるヒマは無い。
「ね、ね? ヤマト君……大丈夫?」
「気にすんな。行くぞ」
戸惑ってるミズホの手を取って、この場を後にする。
そう思ったところで、大きな影が道を塞いだ。
「待ちな、兄ちゃんよォ。人の妹に恥かかせといて、タダで逃げようってのか?」
目の前に現れたのは、紫色なんて趣味の悪いスーツを着た人相の悪い大男だ。
見るからにヤー公って感じだが、さっきの姉ちゃんのツレってことは……やっぱり美人局の方だったか。
「ヤ、ヤマト君……」
ミズホが俺の腕をギュッと掴んで不安そうな声を出している。
すぐ後ろではドレスの女が退路を塞いでいる。
(面倒だな……手早く済ませるか)
「おい、聞いてんのか? ちょいと事務所まで顔貸してもらうぜ」
ぐいと近づいてきたヤクザが俺の胸ぐらを掴もうとするより早く、俺は奴の目の前に刀の鞘を突き付けてやった。
それだけで気圧されたのか、相手は一歩後ろに下がった。三下め。
「テ、テメェ……長ドスなんか、どこに呑んでやがった!」
まだ気を吐いているが、表情からたじろいでいるのは丸分かりだ。
「ケガしたくなければ、失せな。素人相手は趣味じゃないと言ったろう」
「くっ……ガキに素人呼ばわりされちゃあ、極道の名折れよ……そうだよなァ。こんなガキが本物の長ドスなんぞ、持ってるはずが……」
まだ虚勢を張るつもりか。さっさと降参してもらうぞ。
俺の刀を偽物だと思い込んでる奴の目の前で、その刀を横に払う。
風を切る音と共に、ヤクザのネクタイがポトリと地面に落ちる。
「え……?」
「……キャッ!」
鞘に収められた状態でも、俺の腕をもってすればネクタイ程度を断ち切るなど造作も無いことよ。
ついでに後ろにいる姉ちゃんのドレスの肩紐も切ってやった。それだけ、おっぱいを放り出してたら変わらないだろ。
「次は、お前の首を落とす」
鋭い眼光と低い声で威圧してやれば、こんな三下はあっという間にカタが付く。
ご覧の通り、真っ青な顔して震え出しやがった。
「ま、まま……待ってくれ……こ、ころ……殺さないでくれ……」
「弾除けにもなれねぇ三下が。それでよく極道の名折れだとか、ホザけたな。どこの組のモンだ?」
「ひっ……ト、飛熊組です……こ、このことは組の人間には、どうか秘密に……」
飛熊組ね。こんな三下が幅を利かせているようじゃ、斜陽になるのも無理は無いか。
飛熊組、か――。
「いいだろう。組の方には黙っといてやるよ。その代わり、一仕事してもらおうか?」
「し、仕事……?」
「そうだ。俺たちは、これからこの歌舞伎町を通っていかなきゃならないが、一々お前らみたいなのに絡まれるのも面倒だ。目的地まで一緒に歩いてくれれば、それでいい」
ボディガードとしては頼りないが、見た目だけは厳ついし寄ってくる奴もいないだろう。
虎の威を借る狐みたいなのが癪だが、背に腹は代えられない。
「近頃、飛熊組の名を騙って麻薬を売りさばいてる奴らがいるのを知ってるか? 俺たちは、その連中を法の裁きに掛けるためにここに来たんだ。組の助けになると思って協力してくれ」
「へ、へい……そういうことなら」
思わぬところで時間を食ったが、かえってよかったかもしれない。
このヤクザを先に歩かせて目的地まで行くとするか。
「すっご~い! うちのお兄ちゃんを負かしちゃうなんて、アンタすごいんだねぇ」
切れた肩紐を結び直した姉ちゃんが、すり寄ってきた。
何だよ、まだ面倒ごとは終わってないのか?
「アンタの兄ちゃんは借りてくぞ。アンタは、ここで待ってな」
「いいわよ~。帰ってきたら、今度はアタシと付き合ってよねぇ」
化粧品の匂いを振りまきながら迫ってくる姉ちゃんにウンザリしていると、横からミズホに腕を引っぱられた。
しつこくないメイクが歓楽街の光に照らされて、いっそう可愛く見える。
「ヤマト君、行こ」
ミズホは、ちょっとスネた感じに唇をとがらせて俺と腕を組み出した。
俺がこの姉ちゃんに誘惑されて、そっちに行っちまうとでも思ったんだろうか。
昼間のデートの練習とかいう時以上に、おっぱいを強く押し当ててくるんだが。
「分かってる。俺が仕事を忘れるわけないだろ。……あんまりくっつくと歩きづらくて危ないぞ」
仕事という言葉に安心したのか、ミズホも腕にしがみついてくる力を弱めた。
Eカップの弾力が離れるのは少々名残惜しいが、このくらいの距離なら腕を組んで歩くのも難しくはないな。
何だ、昼間の練習が役立ってるじゃないか。