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第二話 英国紳士はガードが堅い

 ロンドンに着いてから数日、俺はロンドン警視庁(スコットランドヤード)に通って所定の研修課程をこなしてきた。

 イギリスの警察は通常、拳銃の所持が認められていない。その分、警棒術に関しては世界一だと言われている。

 もちろん、爆弾やら散弾銃やらで武装したテロリスト集団に、そんな装備では太刀打ち出来ない。

 テロやら暴動やらが発生すれば、(ただ)ちに警備警察の大部隊を投入して燎原(りょうげん)の火となる前に鎮圧(ちんあつ)してしまう。

 時には特殊空挺部隊(SAS)や落下傘連隊などの陸軍部隊まで投入して、とにかくウサギを捕らえる獅子の言葉通り全力を尽くす。そうして、闘争の火が燃え広がる前の火種の段階で消火しようという考えだ。

 自衛隊の出動に、とかく反対する日本とは大違いの発想だ。機動隊だけでなく、より実践的な特殊部隊(SATの前身。当時は極秘扱い)も創設されているとのことだが、自衛隊を出せないならその特殊部隊の実用化を日本も急がせるべきだろう。


「火種の内に火を消してしまう、という考えは分かった。そうなると、最善は火種さえ起こさせない……例えば、事前にテロ計画を(つか)んで容疑者を逮捕してしまう。もっと言えば、相手国政府に働き掛けて政策方針を変えさせてしまうこと……だと思うが?」


 座学にも飽きてきた。そろそろ本題について言及してみると、途端(とたん)にシャットアウトされてしまう。

 それまで何でも聞いてくれといった、講師役の警官たちの態度が一変。皆、一様に肩をすくめて半笑いを浮かべている。「スパイ映画の観過ぎだ」とでも言いたげな表情だ。

 仮に俺が彼らの立場であったとしても、そんな秘中の秘を見知らぬ外国人にベラベラと話したりはしまい。当然の反応だ。

 そこで取り出したのが、駐日イギリス大使からの紹介状だ。こいつの力で、俺の調査も少しは前進することを期待する。


 * * *


 翌日、俺はいつも通りの研修を終えた後、別室へと通された。

 昨日までとは、スコットランドヤードの対応が明らかに違っている。

 多分、俺のことを日本の見習い警察官の学生か何かだと思っていたんだろう。それがイギリス大使からの紹介状を見せられて、しかるべき対応を取る相手だと見なしてくれたようだ。

 俺の前に現れたのは二人。どちらも中肉中背、髪をキッチリとセットしたジョン・ブル……いや、立派な英国紳士に見える。

 一人は保安局(MI5)のクラーク、もう一人は公安警察(スペシャルブランチ)のハリスと名乗った。


「何でも、日本から我が国の手法を学びに来たとか? 出来る限り協力するよう言われている。どうぞ」


 胸にジョージ十字勲章の略綬を付けたクラーク氏が、テーブルの上にテープレコーダーを置きながら言ってくる。

 録音ボタンを押されたレコーダーの中で、テープがくるくると巻き取られていく。「お前の発言は全て記録されている」という宣言に他ならない。

 イギリス警察の捜査方法について()ぎ回る俺に監視(サベイランス)が付くのは仕方がないとして、こうも堂々とやられると閉口する。


「……(うかが)いたいのは、先の中国・天安門で発生した民主化を求める運動と、それを武力で鎮圧した中国政府のやり方についてだ」


 こちらも、バカ正直に北アイルランドに工作員を送り込んでいないか、などと尋ねる訳にはいかない。

 やや回りくどい攻め方を(こころ)みる。


「我が国が、中国の取った手段を支持することは無い。我々も、テロに対しては軍事力をもってこれを制圧することはあるだろう。しかし、市民デモの解散は警察の仕事だ。銃器と装甲車ではなく、我々なら催涙弾と放水車を用いるね」


 その辺りは、座学で聞かされて先刻承知だ。

 俺が何を聞きたいのか、MI5とスペシャルブランチなら察しが付いているだろう。

 あくまで、俺の口から言わせたいのか。


「その天安門事件の影響が、香港へ波及(はきゅう)することの考慮を貴国がしていないとは思えない。香港・新界の八年後(一九九七年)の返還は、既に決定されたこと。その八年後に共産主義体制に組み込まれることを危惧(きぐ)した香港住民が、返還阻止のデモに出ることだって考えられるのでは?」


「君の意見は正しい。だが、それはあくまで香港政庁の管轄だ。香港は我が国の領土であるが、その統治は現地の総督に一任してある」


「それに、返還後の香港の体制については英中で調整済みだ。返還後も、向こう五十年は香港は今まで通り資本主義で行く。君の言う香港住民の反対とは、彼らが私有財産の没収を恐れてのことだろう」


 涼やかな表情で、対外向けの当たり障りの無い講釈を垂れるクラークとハリスの両人。

 あくまで本当のことは隠すつもりか。

 ならば、俺の方も大人しくはしていないぜ。


「……あえて厳しいことを言わせてもらうが、それは楽観視し過ぎなのでは? 貴国としても、香港が第二のフォークランドになるのは好ましくないはずだ」


 俺が発したフォークランドという単語に、白々しい空気が流れた。

 両人とも、心の中で舌打ちしているのが伝わる。

 七年前に起きたフォークランド紛争――それはフォークランド諸島の領有を巡って行われた、イギリスとアルゼンチンの対立だ。

 ついには戦争にまで発展したその事に触れられて、当該国として面白くないのは分かる。


「先ほど、香港では中国への返還に反対するデモなど起きないと断言した。では、中国の動きについては、どう考える? 自国の体制を揺るがしかねない香港の存在を押さえつけるため、人民解放軍を配する可能性は否定できない」


 そうなれば、いつ香港住民と人民解放軍との間で小競り合いが生じるかも分からない。一触即発の状態となるだろう。

 そして、それは香港を巡っての英中の戦争にまでなりかねない。


「人民解放軍がイギリス領に侵攻してくれば、当然、本国からSASでも落下傘連隊でも派遣することになるだろう。その時に“背後”を突かれたらどうする?」


 それまで黙って聞いていたクラークが、俺の言葉に反応を示す。

 テーブルの上のテープレコーダーの位置を、(わず)かに俺の方へと押し寄せてきた。カセットテープは、依然(いぜん)として回り続けている。

 これ以上は国際問題になるぞ、という無言の圧力を感じる。


「……失礼、サー」


 戦争の話題を出し、イラつかせたところで本音を(こぼ)すのを狙ったが、なかなかガードが堅い。

 俺が言った“背後”が北アイルランドを指していることにも確実に気が付いているし、それに対する備えも講じているに違いない。

 その手の内を明かすことは、例え友好国が相手であっても容易にはしてくれない。


「君のような若者と話せて楽しかったよ。だが、講義(レクチャー)はこれで終わりだ」


 クラークの目配せに応じたハリスが、入口のドアを開ける。

 帰れと言うのなら、従おう。

 だが、日本へ帰るのに手ぶらという訳にはいかない。


(やり方は一つじゃない。イギリスが(ふところ)を開いてくれないのなら、次は……アイルランドでの実地研修に移るまでだ)

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