エピローグに芽生える恋心
俺とミズホとノゾミは、日本に帰国するためフランクフルト空港へとやってきた。
二人を先に保安検査へと行かせた俺は、見送りに来てくれた金髪美少女と会っていた。
「色々と迷惑かけたな。悪く思うな……と言っても難しいか」
「いえ……」
俺と向き合うゾフィーは、妙に素直に感じた。
そのくせ、どこか恥じらう様子も見せている。
「貴方たちが来てくださらなかったら、事態はもっと悪くなっていたと思います。事件が解決し、西ドイツが守られたのも貴方たち……特に、ヤマトさんのおかげです」
「そうか? 余計なことばかりして、とか言われると思ったぜ」
「そんなこと……私たちは、このままではいけないと実感しました。今は、東西ドイツの協力が必要なのだと。二つに分かれたままの国家を統一させ、自国の脅威を取り除き、ドイツ全体の平和を築く時代が来たのだと気づいたんです」
いい考えだな。
俺が前世のいくつかで見て来た東西ドイツの統一も、そろそろの時期だった。
そいつに向けて、若い世代が限りない情熱を注いでいく。自分たちの明るい未来のために。
ゾフィーだけじゃない。皆、そう願っているはずだ。
「それに……私自身、自分の未熟さを思い知らされました。このままでは、いたくない……」
一瞬だけ目を伏せ、それから顔を上げるゾフィー。
強い意志が込められた瞳は、彼女の顔をより美しく見せていた。
「私は、ドイツ連邦軍に入ることを決めました。女性の配属先は医療部隊だけですが、訓練は男の人と同様に受けられますから。そこで、一から鍛え直してきます」
ほぅ……今の憲法擁護庁にいれば安泰だろうに。そこを去って、軍隊にか。
決意は本気らしいな。感心するぜ。
反面、身幹順(自衛隊用語で、背の高い順に整列すること)だったらドンケツだな、と考えると吹き出しそうになる。
「……おかしい、ですか?」
おっと、堪えてたつもりだったが、口元が緩んでたか。
軍隊入りを決めた誇り高い意志に対しては、誰も笑わねぇさ。
「そうじゃねぇ……楽しみだと思っただけだよ。お前の将来を想像すると、どれだけいい女になるのか……見せてほしいもんだ」
「えぇ……待っていてください。ヤマトさんが目を見張るくらい、立派に成長してみせます。貴方と……肩を並べることが出来るように」
赤みが差した頬を隠そうともせず、まっすぐに俺を見つめてくる。
そこから、ゾフィーが決意した切っ掛けが……俺への想いが、伝わってきた。
「だから、そうなった時には……もう一度、会ってくれますか?」
十四歳の少女が今、告げられる精一杯の気持ち。
意を決して伝えてくれたゾフィーに、俺は背中を向ける。
「……お前の頑張り次第だな」
背中越しに感じられるゾフィーの視線。
自分の想いが届いてなかったのかと、不安そうに俺を見ていることだろう。
そうじゃない……俺が次に見るお前の姿は、立派に成長した後だと信じているからだ。
「頑張れよ、お嬢さん」
「! ……はいっ」
背中に届いた声は明るい響きを湛えていて、そして涙でくぐもっていた。
* * *
「ヤマト君、遅かったね? 何話してたの?」
ミズホたちに追いつくと、当然のごとくゾフィーとの会話について尋ねられた。
十四歳の少女の純真な気持ちを尊重して、その内容は俺の胸の中に留めておこう。
「別に……強いて言えば、これからがアイツにとって本当の戦いが始まるってところか。自分のこと以上に、大切なもののために戦う……そんな対象が見付かったんだろう」
はぐらかした俺の言葉に、ミズホは小首をかしげる。
ミズホには、そんな大切な存在があるんだろうか。
俺には、ある――。
「俺たちが守るべきものは、空を越えた先にある。そこへ、帰るとしよう」
「……うんっ。私にとって何より大切なのは、ヤマト君と一緒にいられる場所だもんね!」
そう言い返すミズホの瞳も、ゾフィーと同じくらい輝いて見える。
大切に想う“誰か”と共に歩いていきたい――そう願う瞳の輝きは、同じものだ。
「そうだな……お前がパートナーでいてくれれば、俺も安心して仕事に臨める。お前がいる世界を、二人で守っていこう」
「ヤマト君……! うん!」
ミズホと肩を並べて、飛行機の搭乗口に向けて歩き出す。その道は、二人が共に歩いていく未来へと繋がっているんだろう。
そんな俺たちの後ろで、仕事から解放されたノゾミの大声が響いた。
「よーし! ドイツにいる間は忙しゅうて飲むヒマ無かったきね! 飛行機の中で、勝利の祝杯を挙げるぞね!」
「……ミズホ、日本に着くまでは眠れないものと覚悟しておけ」