第四話 人質を鮮やかに救出
俺たちが捕まえた銀行強盗犯は、ベルリン州警察に引き渡した。
俺は、すぐにでも赤い狼のメンバー・木場大地の捜索を再開したいところだったが、そうもいかない。
ミズホが、目いっぱい落ち込んでいるからだ。
「はぁ~~……ゴメンね、ヤマト君……」
強盗犯から無事に助け出したのは良かったが、そのことでミズホは謝りっぱなしだった。
犯人に捕らわれたこと自体よりも、俺がせっかく見つけた木場の追跡を断念せざるを得なくなったことに対して、自分を責めてるみたいだ。
「犯人が、銀行から出てきた時……妊婦さんを人質に取ってるのが分かって……気がついたら、『私が身代わりになる』なんて言っちゃってたの」
そんなところだろうな。
考え無しに行動したせいで、俺の足を引っ張ったとでも思ってるのか?
バカだな……。
「気にするな。この街に木場がいることが分かっただけでも、大きな前進だ。どこに隠れてようが、俺たちから逃げられるはずが無ぇ。……そうだろ?」
「ウン……」
ミズホの頭に手を置いて、諭してやる。
少しだけ微笑みを取り戻したところで、その頭を撫でてやる。セミロングの髪が、ふわりと揺れた。
「話してるところ悪いな。時間あるかい?」
野太い声がして、俺たちはパッと離れた。
見れば、大柄なドイツ人刑事がドアを半開きにして部屋の中から呼んでいる。
しきりに辺りを見渡して、早く来いと言わんばかりだ。
「何の用だ、とは聞かない。例の銀行強盗の件だろう?」
「それもある……が、事態は次の段階に進んでてな」
小さな一室に入ると、刑事はドアを閉めて神妙な顔を見せる。
てっきり犯人を逮捕した俺たちに事情聴取の続きかと思ったが、もっと深刻な話のようだ。
「あの三人組は、バーダー・マインホフのメンバーだ。そいつらの釈放を求めて、仲間のテロリストどもが動き出しやがった」
なるほど、そういうことか。
全く予想していなかった事態ではないが、思ってたよりも早かったな。
「バーダー・マインホフと、日本人グループの赤い狼とやらが共同して犯行声明を出してきた。ヤツらは今、ベルリン市内の企業に人質を取って立て籠もってやがる」
デジャヴュ……十年前も、そうだった。
企業爆破事件で逮捕され、刑務所に収監中だった木場大地がなぜ塀の外にいるのか。
それは、赤い狼のメンバーがフィリピン・マニラにある日本大使館を占拠して人質を取り、木場の釈放を要求したからだ。
「アンタ、日本のテロ対策の専門家なんだろ? 意見を参考にさせてくれ」
安保室所属のミズホを見ながら、刑事が尋ねてくる。
俺の方は、もう答えは出ている。悪いが口出しさせてもらうぞ。
「日本はかつて、テロリストの要求に屈して超法規的措置で木場を釈放してしまった。その結果、またしても多くの人命が危険にさらされてしまっている。日本に限らず、この地球上で二度とテロリストに屈することがあってはならない」
「無論、そのつもりだ。最終的には、GSG-9(特殊部隊)を投入して人質救出に乗り出すつもりだが……ビル内の様子が分からねぇ状態じゃ、手出しが出来ねぇ」
テロリストが立て籠もっているのは、ベルリン市内のビルの五階に入っているオフィスだという。
そこに勤めている会社員を人質に取っているというところまでは分かったが、犯人が何人いるのかは不明だ。
「中の様子は、俺たちが何とか探ってみよう。それまで犯人と交渉を続けて、時間を稼いでくれ。ビルの見取り図はあるか?」
「あぁ、今、用意しているところだ。だが、どうやって中の様子を調べるつもりだ? 犯人を刺激するのだけは、避けなくちゃならねぇぞ」
分かってるさ。俺たちのやり方で、上手くやるつもりだ。
ミズホの顔を見ると、少しだけ不安げな色を浮かべて俺と目を合わせてきた。
「ミズホ、やれるな? 今度は、お前の手で人質を解放する番だ」
「う……うんっ」
緊張の中にも、やる気を感じられる。
俺に置いてかれるかも、という不安は吹き飛んだみたいだ。後は行動あるのみ、だよな。
「準備が整い次第、行くぞ。地元の警察より先に、俺たちがテロリストに縄を掛けてやる。ちょうど、鼻を明かしてやりたいヤツもいることだしな」
こましゃくれた金髪美少女の顔を宙に浮かべてみれば、またしてもイラつきがよみがえる。
この気持ちをテロリスト打倒に、ぶつけてやろうじゃねぇか。
* * *
ビルの正面から入り込むのはムリだ。
犯人が五階の窓から、ブラインド越しに見張っている。
裏側に回ると、非常階段が伸びていた。コイツを上っていこう。
(見張りはいない……何かあるな)
足音を立てずに、五階まで階段を駆け上がる。
預かってきたカギを、裏口のドアに差し込んだところで感じる予感。
(……爆弾を仕掛けられている! そのまま開けたら、ドカンだったな)
見張りがいなかったのは、このためか。
念のためミズホを下がらせ、差し込んだままのカギを指先で弾く。
向こう側へと伝わった衝撃が、爆弾の起爆剤だけを破壊した。
「よし、乗り込むぞ!」
カギを回してドアを押し開ける。
起爆剤の故障でウンともスンとも言わなくなった爆弾を跳び越えて、頭の中にビルの見取り図を開いて突き進む。
「ここだ……入口は一つだけ」
たどり着いた扉の前で立ち止まる。閉ざされた扉の向こうには、犯人と人質がいる。
何人いるのか分からない犯人が待ち受ける扉を、無策で開けるバカはいない。
壁に備え付けられた非常ベルを見付け、ミズホに指で指し示す。それと同時に、俺は発煙筒を取り出した。
(一……二……三!)
指の数で合図を出し、ミズホに非常ベルを鳴らさせる。
ビル内に鳴り響く警報音。突然の出来事に、何事かと焦っているんだろう。扉の奥から、ドイツ語やら日本語やらで騒ぎ立てる声が上がっている。
次は、俺の番だ。発煙筒に点火して、その煙を扉の隙間から部屋の中へと送り込んでやる。
「ウワアアァァ……!」
声だけでパニックに陥ったと分かる絶叫。火事に見舞われたビルに立て籠っていられるはずがない。
予想通り、ドカドカという足音を立てた一団が勢いよく扉を開け放ってきた。
「……!」
逃げ出そうと扉を開けたヤツらが見た物は、小さな炎を上げた発煙筒。とてもビル一つを丸コゲに出来る代物とは思えない。
あっけに取られる一同。その先頭には、拳銃を握りメガネを掛けた日本人の見知った顔があった。
「どこへ行こうってんだ、木場?」
ドスを利かせた俺の声に、木場がドッと冷や汗をかく。
そいつが我に返って拳銃を構える前に、俺たちは次の行動に出た。
「ミズホ、暁光を!」
「OK!」
俺が持つ曙光と、ミズホの暁光を重ね合わせる。その接した箇所から強烈な閃光が走り抜け、テロリストたちは全員、目を覆ってうずくまる。
そこから先は、早かった。俺とミズホは、テロリストが視力を取り戻す前に曙光と暁光を振って全員、なぎ倒していった。
人質の中に犠牲者は無く、こうしてGSG-9の活躍の場も無く事件は解決した。