第三話 赤い狼と銀行強盗
フランクフルト空港へと戻った俺とミズホは、飛行機に揺られながら西ベルリンを目指していた。
この空路は、今年(一九八九年)の初めに西ドイツに売却されたばかり。
それまでは西ドイツの旅客機はベルリンには乗り入れ出来なかった――何とも、おかしな話だ――から、アメリカの航空会社の飛行機で行き来していたとノゾミは言っていた。
「ヤマト君、イライラしてる? 飛行機に酔っちゃった?」
「ん? いや……別に」
ミズホにも分かるくらい、態度に表れてたか。
俺がイライラしているとすれば、先ほどのゾフィーとのやり取りのためだろう。
* * *
「俺たちは、西ドイツのテロ撲滅のために貸し出されて来たわけじゃない。そちらの捜査官は?」
「憲法擁護庁には、警察力の保持は認められていません。貴方たちが得た情報の蓄積、分析を行いますので、情報の提示は遺漏なくお願いします」
「ベルリン州の私服刑事やVE(秘密捜査官)の応援は?」
「ありません」
「……それが、日本が西ドイツ国内で捜査をするに当たっての条件って訳か。なら、こちらの条件だ……赤い狼のメンバーは、日本側で逮捕させてもらう」
「西ドイツ国内で捕まった被疑者は、西ドイツで取り調べします。引き渡しには応じられません」
「赤い狼は、四〇〇人の日本人を殺傷した連続企業爆破事件の犯人なんだ! 必ず日本に連れて帰り、日本の絞首台に送ってやる!」
* * *
自国の捜査員は出さない、情報はよこせ、テロ容疑者は引き渡さない……そんな一方的な条件が飲めるか。
ほとんどケンカ別れのような状態で憲法擁護庁のオフィスを飛び出し、ノゾミに一報だけ入れて飛行機に乗り込んだ。
俺たちは、西ドイツ政府の要請を受けて来た訳じゃない。日本政府の密命を帯びて来たんだ。日本人の力だけで、その使命を果たしてやる。
「俺たちは、バーダー・マインホフのメンツについては顔も名前も分からない。土地鑑の無いベルリンじゃ、集会所に使われそうな場所も見当がつかない。憲法擁護庁の資料を探せば手掛かりはあるんだろうが、今から戻って頼み込むつもりも無ぇな」
「八方ふさがりだねー」
腕を組んで「う~ん……」と考え込むミズホだが、やれることはまだある。
「時勢を読むんだ。現在という時代の流れをな」
時勢は、東西冷戦の終結へと向かって動いている。
ソ連の情報公開によって、その経済破綻は世界中の知るところとなった。人々は、共産主義という理想から醒めつつある。
西側世界で社会主義革命を起こそうとする大きな波は静まり、今は東側世界における民主化運動に火が点いた状態だ。
「バーダー・マインホフも、ヤツらの過激な活動には付いていけないと民衆の支持を失いつつあるんだろう。追い詰められた状況だからこそ、赤い狼と手を組んで打開を図ろうとしているはずだ」
「ふむふむ、それでそれで?」
「追い詰められた連中は、かえってとんでもない行動に出る恐れがある。その現場を押さえて捕まえるのは、次善の策……一番は、やはり行動に移す前の計画段階で取り押さえること」
だが、これが至難の業だ。
民衆の支持も失いつつある連中にとっては、警察だけでなく一般市民も警戒しなくてはならない相手となる。
恐らくバーダー・マインホフの面々は、通報されるのを防ぐために計画実行までは協力者に匿われてジッとしているはずだ。
「ヤツらのアジト、潜伏先を突き止めたいところだが、俺たちにだって西ドイツでの捜査権限は無い。民家を一軒ずつシラミつぶしにすることは出来ないが……外を出歩いている瞬間なら見つけることも可能だ」
「えっ? でも、顔が分からないんじゃ……」
「そこで、バーダー・マインホフと赤い狼が手を組んだことが、コッチに有利に働く。俺たちがベルリンで捜索するのは、赤い狼のメンバーだ」
* * *
ベルリンに到着した俺たちは、移動中に話した段取りに沿って動き出す。
購入したベルリンの地図を広げながら、それぞれの担当を決める。
「俺はこっち側を捜す。ミズホは、そっち側からだ」
「ラジャーです! 隊長ー」
ミズホと別れて、不案内な西ベルリンの街を一人歩く。
ナイロンジャンパーのファスナーを一番上まで上げて、気合を入れる。
赤い狼の活動時期は、一九七〇年代。主要メンバーは、もう不惑を過ぎた年齢になる。
(日本人……四十歳過ぎ……捜せ……)
念じながら街を歩き続ける。どれだけ経った頃だろう、捜索の条件に適った相手が視界に映った。
(日本人だ……年齢は、四十代前半から半ば……待て、あのメガネを掛けた顔は……木場大地か!)
見つけた相手は、正に連続企業爆破事件の実行犯・赤い狼の闘士であり国際手配中の木場大地だ。
本当に、このベルリンにいたとは……気付かれないように尾行して、アジトを突き止めてやる。
(ドイツ人には、日本人の顔の区別を付けるのもムズかしいだろうが、同じ日本人に見つかったら最後だぜ)
どこまで行くのか、誰かと会うのか……一定の距離を保ちながら尾行を続けていくと、何やら騒ぎが耳に入ってきた。
(何だ……? 普通じゃない、騒ぎ方だが……銃声!)
一つや二つではない発砲音……イヤな予感がする。
木場を見失わないよう目の端で捉えながら、通りの名前を記憶する。
仮に見失った場合でも、後から付近の捜索を出来るようにするためだ。
すると木場が歩いていく方角とは、道をはさんで反対側に騒ぎの元凶を発見した。
(覆面をした連中……手にはマシンガン……その先にある建物は、銀行……銀行強盗か!)
ちょうど銀行を襲った直後と思われる。金が入っているであろうバッグを抱え、覆面で顔を覆った三人組が俺の方へと駆けてくる。
しかも、それだけじゃない。
「ミズホ!」
なんてこった、ミズホが強盗犯の一人に捕まっている!
人質にされているのか、首に腕を回されて逃げられないでいる。
暁光が無ければ、ミズホも普通の十七歳。別々に行動したのは、マズかったか。
(犯人は、三人とも銀行の方を向いて俺には気付いていない。追ってくるヤツがいないかだけ気にしているなら……勝機はある!)
木場の追跡は、ひとまず忘れる。ミズホを救出するため、曙光と暁光を具現化する。
「……そこだッ」
狙いを定め、両手に握った刀を立て続けに振り抜く。
見えない衝撃が、過たず三人の身体に直撃する。続けざまに鋭い旋風が、三人の持っていたマシンガンを切り裂いて使い物にならなくする。
「くらえ!」
体勢を崩し、何が起こったか分からず戸惑っている三人組。そこへ、風を切って走り込んだ俺の跳び蹴りが、犯人の一人の肩口に命中した。
捕まえられていたミズホも、自由の身となる。
「ミズホ!」
暁光を投げ渡すと、驚きで目を丸くしながらも、シッカリと受け取った。
三人の銀行強盗犯たちは、俺たちの剣で足首を打たれて悶絶する結果となった。
「ヤマトくーん!」
悪党どもを蹴散らすと、すぐさまミズホが抱き着いてきた。
危険な目に遭ったのは、これが初めてではない。だとしても、やはり十七歳の少女か。
銃を持った凶悪犯に捕まえられては、生きた心地がしなかっただろう。
(赤い狼のメンバーがいることが確定した以上、これからが本当にキツい戦いになる。今の内に泣いておけ)
恐怖から必死にしがみ付いてくる女を突き放すほど、俺も無粋じゃない。
密着するEカップのおっぱいを、黙って受け止めてやろう。