第二話 西ドイツの十四歳美少女と合流
成田から目的地の西ドイツ・ケルンまで、片道十数時間。
その三分の一も経たない内に、俺たちは同行するノゾミの本性を見た。
「ホンマ、土佐の男は怠け者やき、ウチらぁ女が『さっさとしい!』言うもんがやき、強気なイメージが付いちゅうがって!」
機内サービスのワインをガブ飲みした挙句、大声でわめきっぱなし。
しかも方言丸出し……語学に堪能なミズホいわく、土佐弁だとのこと。ノゾミは高知県の出身か。
この姉ちゃんが外務省を追われたのも、この酒グセの悪さが原因じゃないだろうな。いや、きっとそうだ。
「土佐の女は、みんなぁ気立てが良いことで有名なんよ! “はちきん”言うて、知っちゅうが? “はちきん”」
「ううん、知らなーい」
グラスを片手にミズホにまで絡み出す。
ミズホも相手をしなくてもいいのに律儀に答えるもんだから、気を良くしたノゾミは更に声量を上げだした。
「“はちきん”言うがは、土佐の女は男四人分の器量を持っちゅうて意味ぞね! 男四人やき、八個のキンタ……」
「騒ぐな! 飲みすぎだ……!」
「たまるかー! これっ位のグラス、大したことないきに! 酒があるに飲まんがは、いかんちや!」
唯一知っている土佐弁で注意をしてやるも、完全に出来上がってる酔っ払いは聞く耳持たずだ。
ミズホ、酒が飲める年齢になっても、こうはなるんじゃないぞ。
* * *
「ヤマトさん、ミズホさん、あと少しで現地到着ですよ」
スッキリした女の声で目を醒ます。
今、何時だ? 時計の針は、あらかじめ現地時間に合わせておいたんだったな。
「目が醒めましたか? 機内サービスのコーヒーでも、持ってきてもらいましょう」
俺を起こした声は、ノゾミのものだったか。
あれだけ飲んで騒いでたってのに、まるで何も無かったかのような雰囲気だ。
顔色も良いし、髪もキレイにセットして……土佐の女はスゴいな。
「ミズホ、そろそろ起きとけ。入国カードも書かなきゃならないからな」
「んん……ふわぁ~……」
身体を揺すってやると、毛布にくるまったまま小さなアクビを一つ。
そのまま再び夢の中へと戻っていきそうだったので、ほっぺたを軽くつねってやる。柔らかい。
「んー……オハヨ、ヤマトくぅ……」
一瞬、俺と目が合うも、その瞳はまぶたに遮られる。
呆れる俺の耳元に、ノゾミが囁き掛けてきた。
「ミズホさん、朝は弱いみたいね」
(アンタのせいで、寝不足なだけじゃないか……?)
* * *
何はともあれ、西ドイツはフランクフルト空港に無事到着した。
成田を発ったのが昨日の晩。眠っている間にユーラシア大陸を横断して、目覚めた朝にはドイツ入りか。
ここから目的地のケルンまでは、鉄道での移動になる。向こうに着くのは、昼頃か。
「お二人は、ドイツは初めて? 私は東ドイツにも行ったことがあるけど、街並みは西ドイツとは大きな差があるわね」
ドイツは日本と同じく敗戦国。日本と異なるのは、戦後に国土が分断されたってことか。
戦時中、ドイツの西側をアメリカ・イギリス・フランスが占拠し、東側をソ連が占拠。戦後、東西のそれぞれが独立した国家となったことで、二つのドイツが誕生することとなった。
「東ドイツは、ソ連の後押しで立ち上げられた社会主義国。対して西ドイツは資本主義経済によって、日本同様に目覚ましい復興を遂げたと聞く」
西独マルクは、米ドルに次ぐ国際通貨にまでなった。一方の東独マルクは、その西独マルクの十分の一のレートとかいう弱さ。
おまけに、東ドイツはとんでもない額の負債まで抱え込んでいる有様。今すぐにでも西ドイツと統一(という名の西ドイツによる併合)しなければ、にっちもさっちもいかない状況にある。
「ソ連の内政改革や情報公開の煽りを受けて、東ドイツ国内には民主化に向かう気運が高まっている。そんな時期だからこそ、SED(東ドイツの支配政党)指導部は社会主義体制を守ろうと強硬手段に出るとも考えられる」
俺たちは、そんな互いに知りうる限りの東西ドイツ情勢を語りながらケルンを目指した。
恐らくケルンの憲法擁護庁を訪ねれば、現地の連絡員からもっと有意義な話を聞けるのだろうが。
「それじゃ、私はここまで。憲法擁護庁とのアポイントメントは取り付けてありますから。通訳は、いらないわよね?」
ケルンに到着後、ノゾミと別れる。彼女はこの後、首都の外務省やら日本大使館で彼女の仕事があるとのこと。
俺たちには、俺たちの仕事がある。その第一が、憲法擁護庁との接触だ。
通されたオフィスの一室で待っていると、やがて一人の少女が入ってきた。
(……ドイツでは、こんな若い……いや、小さな子を事務員に使っているのか?)
「憲法擁護庁のゾフィーです。私が、お二人の担当になりました。よろしくお願いします」
緊張した様子も見せず、その少女はしっかりと自分を“憲法擁護庁”の職員だと名乗り、挨拶した。
俺とミズホの方が面を食らい、思わず顔を見合わせてしまった。
それがおかしかったのか、クスリと笑った後にミズホがゾフィーに向き直る。
「日本から来ました。ミズホって呼んでね。こちらこそ、よろしく~」
堪能なドイツ語で、いつもと変わらぬ調子で挨拶を済ませるミズホ。
続けて、俺も自己紹介する。
「同じく、ヤマトだ。いつもは俺たちの方が驚かれるんだが、今回は新鮮だな」
実際には驚かれるだけでなく、十七歳だからと甘く見られることもしばしば。
ゾフィーと名乗った少女にも、思い当たるフシがあるだろう。
「ドイツでも十四歳の職員は、私くらいなものですよ」
若い者同士の気苦労を分かち合えるかと思ったが、ゾフィーの口調はむしろ自身を誇っているようにも感じられた。
十四歳という割には落ち着いているが、顔立ちはまだ幼さが残っている。それでも、子供っぽいという印象は無い。
星がきらめくように明るい金髪と、吸い込まれるようなスカイブルーの瞳。薫るような美少女という形容がピッタリだ。
おっぱいは、ほとんど膨らみを認められないAカップだが、これから成長していくところか。
「では、その十四歳のエリート職員に聞きたいことがあるんだが?」
「分かっています。赤い狼に協力しているグループについてですね。その組織は、西ドイツを拠点に活動するテロリスト・グループ――バーダー・マインホフです」
実際、仕事はデキるんだろうが……事務的すぎるきらいがあるな。
美少女ではあるが、年相応の可愛げはどこかに忘れてきちまったみたいだ。
「バーダー・マインホフ……そんな単語、あったかなぁ?」
「人の名前、だろ? 確か……」
頭の中のドイツ語辞典を引いているミズホに助け舟を出してやると、ドイツ人のゾフィーが詳細な説明を加えてきた。
「そうです。バーダー・マインホフは、今は亡き創設者の名前から付けられました。指導者アンドレアス・バーダーと女性ジャーナリストであったウルリケ・マインホフ(およびバーダーの恋人グドルン・エンスリン)ら創設期の中心人物は全員逮捕の後、死去しました……が、その後継者であるテロリストたちの活動は今も続いています」
「分かった。それで――」
「そのバーダー・マインホフは、西ベルリンにアジトを構えている公算が大きいです。貴方たちは、西ベルリンにて彼らのアジトを突き止めてください」
このゾフィーの態度に、俺はカチンと来た。