第一話 Dカップの姉ちゃん同伴で西ドイツへと
俺とミズホは、総理官邸の二階にある官房長官秘書官室に通された。
やがて、隣の執務室から官房長官が姿を現した。俺たち内閣五室を束ねるトップとあって、さすがに貫禄がある。
「この間の社会党委員長の一件、君たちのお蔭と聞いています。お礼を言います」
ミズホの言葉を借りれば“おじいちゃん”の年齢だが、長官は十七歳の俺たちに対しても丁寧な物腰と口調で接してくる。
ただし、その目には二十五年間の政治家人生で培った確かな重みが宿っている。
「日を経ずして次の頼みで、すみません。君たちには、西ドイツに飛んでもらいたいのです」
「話は伺っています。西ドイツのテロリスト・グループと、日本の《赤い狼》が手を組んだとか」
《赤い狼》――一九七〇年代に、連続企業爆破事件を起こした極左グループだ。
現在はフィリピンに潜伏していると思われていたが、ヨーロッパに移動していたとはな。
「そうです。《赤い狼》は、反日テロリズムを掲げるグループ。再び日本での活動を始める前に、ドイツへと赴いて、その実態を調べ上げてほしいのです」
海外のテロリストの庇護を受けているとなれば、《赤い狼》は活動を止めた訳でも解散した訳でもない。
またいつ日本に戻って、かつての企業爆破事件のような惨劇を繰り返すか分からない。
その時に備えて、奴らの実態――構成するメンバー、装備、計画等――を調査してこいという指令だ。
警察や外務省では出来ない、俺たち――情報調査室と安全保障室――でしか達成できない任務だ。
「拝命しました。現地の連絡員は――」
「西ドイツの防諜機関の方が担当してくれます。日本側からは、外政審議室のメンバーが同行しますので、そちらと打ち合わせをお願いします」
* * *
総理官邸を後にした俺たちは、その足で赤坂のホテルへと移動した。
指定された部屋番号をフロントに伝えて案内された客室にて、今回の仕事の協力者が待ち受けていた。
「はじめまして。外政審議室の吉良希望です。貴方たちと一緒に仕事が出来て光栄だわ」
女か……そういえば、同行するメンバーの性別までは聞いていなかった。それに、俺たちほどではないが、まだ若い。
任せて大丈夫か……と思った要因は、それだけではなかった。
「内調の敷島大和です。こっちは安保室の高天原瑞穂」
「えぇ、存じ上げているわ。社会党の政権乗っ取り計画を打ち破ったって、内閣府の中では有名よ」
こっちも、この吉良女史のことはウワサに聞いている。
何でも、外務省情報調査局を厄介者として追われたとか。何をやらかしたのかは知らないが、第一印象はそこまで悪くはない。
キレイに束ねたポニーテールとメガネが特徴的で、仕事はソツなくこなしてくれそうだ。おっぱいはミズホより少し控え目、Dカップといったところか。
「国民の怒りも自民党から社会党へと矛先が変わったみたいだし、しばらくは自民党政権が続きそうね」
「んー……でも、それってホントにいいのかなぁ?」
吉良の発言に、ミズホがアゴに指を当てて考える素振りを見せる。
「自民党の人たちが、不正なお金を受け取ってたのだって真実でしょ? このまま日本の政治を任せて、いいのかなって……」
「それを批判していた社会党だって、同じことをしていたんだもの。例え政権交代が実現していたとしても、同じでしょ?」
それは確かに、そうかもな。
付け加えれば、自民党の時代よりも悪化していたかもしれない。
「自民党は結成以来、三十四年間も長いこと政権を握り続けてきた。そのことに慣れた政治家は『この世は我が世』とばかりに驕り、自分の地位を守ることだけを考え、政治は腐敗していった。国民の多くは『自民党以外ならば』という思いから、社会党に一度任せてみようという空気が流れていた。
それが叶ったところで、国民はすぐに思うだろう。『自民党の方がよかった』とな。三十四年間、野党の地位にあった社会党がやってきたことは、自民党を批判して国民の人気を取ることだけ。日本をよくするための政治のことなんか考えたことも無い連中に、国の舵取りなんか出来ないのさ」
それさえも、自民党政権が長く続きすぎた弊害だがな。
俺の話に耳を傾けていたミズホが、小首をかしげながら尋ねてきた。
「それじゃ、ヤマト君はどうなるのが一番だと思う? 自民党も社会党もダメなんじゃ、誰がどうすればいいのかな?」
「そうだな……青嵐会(自民党保守派)みてぇなのが離党して新党を結成して、それで自民党と政権を奪い合うのが理想ってところか。本気で国民のことを考え、行動する政党同士が戦い合ってくれれば、日本もよくなるだろうし国民も納得するだろう」
俺の話が分かったのか、分かってないのか。ミズホがニコニコしてるのは、俺のクールな話しっぷりにホレたってところか。
「そんなことより吉良さん、仕事の話をしてくれないか。わざわざホテルになんか呼び出したのも、そのためだろう」
吉良が所属する外政審議室は、内閣五室の中でも外交問題を取り扱う機関だ。
本来は外務省が対処すべき問題を、外務省に代わって担当する――つまり、外務省が嫌う二元外交ってヤツをやるために作られた機関だな。
外交で得た情報や政策というのは、外に漏らしちゃならない(国家公務員法第一〇〇条)。
外政審議室にとっては、外務省もその“外”に当たるから、盗聴を恐れて隠れ家を用意したんだろう。
「話に聞いていた通り、仕事熱心ね。私たち三人で、西ドイツ暫定首都ボン近くのケルンに向かいます。ケルンの憲法擁護庁が、便宜を図ってくれる手筈になっているわ」
「憲法擁護庁……確か、内務省系の公安警察だったか」
俺の言葉に、吉良が大きく頷く。話が早くて助かるといった風だ。
「その通り。勉強してるわね。私のサポート範囲は、出入国手続きや現地でのトラブル対応など。貴方たちの仕事については、憲法擁護庁メンバーがカウンター・パートを務めてくれるそうよ」
「分かった。捜査の詳しい段取りは現地に行ってから、その憲法擁護庁とのメンバーとだな」
「Yes。それじゃ、航空チケットを渡しておくわ」
思ったよりテキパキと話を進めてくれる。現地の連絡員への根回しも済んでいるようだし、ウワサはアテにならないってところか。
「このチケット……なぁんだ、エコノミーかー」
渡されたチケットを確かめたミズホが、落胆の声を上げる。
世の十七歳は、ビジネスクラスなんか二十年早い年頃なんだ。贅沢言うなよ。
「捜査費用は、帰国後に精算します。それまでは“自費”だから、ガマンしてね」
「そりゃ、慈悲が無ぇな」
政府直属のスパイとは名ばかり。貧乏旅行の始まりか。