why don't U see it?
メイン連載の執筆がなかなか進まず、息抜きに書いた短編です。
「そこのお姉さん、今暇?」
「時間あったらお茶しない?」
学校帰りのあたしを取り囲む、ガタイのいい男性、3名様。テンプレみたいなナンパをしながら、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべてる。いや、てかもうそろ20時だし。女子高生がこの時間からお茶とかついていくと思う方が頭おかしい。
さて、日暮れの早さに秋の訪れを感じる今日この頃、この時間でも辺りは真っ暗だ。人気のない道路で屈強な男性に取り囲まれてしまったあたしは、しかし内心
「うわ、正面の人の大胸筋やべぇ」
なんて危機感のないことを考えてた。いや、筋肉フェチとかではないから。全然。
「あ? 無視してんじゃねえぞこのアマ!」
テンプレ不良発言いただいました! さすがにワロタ。てかあんた昨日読んだネット小説に出演してませんでしたか……っていうのはひとまず置いといて、流れ的にはきっとそろそろ――
「お前ら、俺の香奈に何してる!」
――コイツが飛び込んでくるタイミングだ。
「愛翔!」
声をかけると、幼馴染は「任せとけ」というようにニコリと笑ってから彼らの前に立ちふさがる。
「な、なんだテメェやんのかオラ」
つかみかかってくる男をかわし、大きな大臀筋を蹴飛ばして他の男にぶつける。2人がもつれ合って倒れている間にもう1人の懐に入って鋼板のような腹直筋に回し蹴りを決めると、男は面白いように吹っ飛んでいった。
「お、覚えてろよ!」
捨て台詞を吐いて3人は逃げ去る……って彼ら別々の方向に逃げてってるけど、後で合流できんのかな。
「大丈夫だっだ、香奈?」
王子様スマイルで歩み寄ってくる愛翔。学年違うから分かんないけど、こいつ顔いいし中学ではモテてんだろな。
それにしてもさ、
「今日のはなかなか凝ってたじゃない。台本も愛翔が考えたん?」
「エ、ナ、ナンノコトカナ……」
愛翔の額にたらりと流れる汗が一筋。
「いや、いくらあんた去年から格闘技習ってるからって、1人で大の大人の男3人を倒せるわけないじゃん」
「あ、いや、それはたまたま相手が弱かっただけで……」
「あと回し蹴りで人が2メートル吹っ飛ぶのも変。てかなんであんたよろけてないの? 反動どこいった?」
まあそれは雇ったスタントの人が下手だったせいもあるからコイツだけのせいじゃないけど。
「うぅ……」
言葉に詰まってしまった幼馴染に、内心やれやれ、と呟きながら笑いかけてやる。
「まあ、いいけどさ。帰ろ」
愛翔の手をとってやると、それだけで彼は機嫌が良くなる。
「香奈、今日ね、学校でさ……」
コイツ喋りだすと止まんねーんだよなぁ。まあ、家着くまでくらいは聞いてやるか。どうせ今日も送ってくれるんだろうしね。
翌朝、家を出たら愛翔と鉢合わせした。翌朝ってか毎朝鉢合わせするんだけどさ。
「や、やあ偶然だね。香奈もうちの車乗ってく?」
「おはよ、様式美だね。乗せてもらってもいい?」
それにしても、家から学校まで車で行くコイツに道端で鉢合わせするの、なんでだろ? ぐうぜんってふしぎ!
まあ、そんなわけで、いつものように愛翔の屋敷にお邪魔し、運転手の本間さんに挨拶をして車に乗せてもらう。
てかそもそもあたしの高校とコイツの中学、近くもなんともないんだけど、そこに関して誰も突っ込まない不思議。
「昨日は迷惑かけちゃったよね、ごめんなさい」
発進してすぐに、愛翔が謝ってくる。
「別に迷惑とかじゃないよ。見てて楽しかったし」
あたしの言葉で、神妙な顔をしていた愛翔がぱっと破顔する。
「ほんと? 良かったー!」
コイツ、親が超のつくほどのお金持ちでお小遣いもたっぷりもらってる。それで、昨日みたいに金に飽かせ、あの手この手であたしを惚れさせようとしてくる。ちなみにどれくらい金持ちかっていうと、あたしの月のお小遣いよりコイツの一日あたりのお小遣いのが高いというね。
「まあでも、あたしはあんたには絶対落ちないからね」
「むう、僕は香奈のことこんなに好きなのに」
唇をとんがらせる愛翔。
「香奈ってもしかして彼氏とかいたりするの?」
戦々恐々と尋ねてくる愛翔が面白くて、からかってやろうかとも思ったけど、さすがに質が悪いので正直に答えてやる。
「いないよ。作る気もないし」
「ほっ」
口で「ほっ」っていうやつ初めて見たわ。
「じゃあ僕にもまだチャンスはあるってことだよね!」
「いやノーチャンだから安心して」
またしても愛翔の口がとんがる。
「てかあんた、なんでそんなあたしのこと好きなわけ?」
「そ、それは、なんていうか、笑った顔が可愛いとことか、落ち込んでたら必ず気づいて声かけてくれるとことか……」
いや、そんな顔真っ赤にしてまで真面目に答えんでも。まあでも可愛いからもう少しからかってやろ。
「それって何かきっかけあった?」
「え? きっかけ……特には、ないかな。気づいたときには好きになってた」
「それがヒントね」
「え、何のヒント?」
「さあ?」
そろそろいつも下ろしてもらう路地が近づいてきた。コイツをからかう時間ももう終わりだ。
「あんたじゃ絶対あたしを落とせないの、何でだか分かる?」
「弟にしか思えないとか言うんでしょどうせ」
そう思われるのが嫌ならその口をとがらせる表情やめなさいな。可愛すぎるんだよ。
「はぁ」
そんな愛翔の表情を愛でつつ、大げさにため息をつく。
「違う違う。答えはね、『そんなことすら分からないから』だよ」
「ふぇ? よく分かんない」
くりくりとした栗色の瞳の奥に、頭の中がくるくるしてるのが見えるようだ。
「そうねー。あと何光年したら分かってもらえるのかしらねー」
丁度良く車が停止した。
「本間さん、今日もありがとうございました」
こちらを向いて挨拶を返す本間さんは、心なしか普段よりもニコニコしているようだ。たぶん彼はあたしの言いたいことが分かってるんだろうな。
「ちょ、ま、待ってよ香奈――」
「――じゃあ、行ってきます、愛翔」
「あ、うん、行ってらっしゃい」
引き留めようとする愛翔の言葉を遮り、あたしは車から降りる。発進していく車から手を振る愛翔に手を振り返し、歩き出したところでピコン、ピコンとスマホが立て続けに鳴った。
『光年は時間じゃなくて距離の単位だからね!』
『いってらっしゃい、今日も良い日になりますように!』
ん? 光年? あたし光年なんて言ったっけ……?
あ、言ったわ。しかもあたしそこめっちゃかっこつけて言った気がする。あ、てか、本間さんがニヤけてたの、それか! うわぁ……。
結局、あたしが立ち直って学校に向かうまで、たっぷり5分は休憩が必要だった。