表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ふたりぼっちのお昼ご飯

作者: 飯泉翔羅

昨日寝る直前に急に湧いてきた百合短編です。



私は深谷真緒。愛詩雅原高校の3年。帰宅部で地味で得意なことも趣味もない、ただ勉強と食事と睡眠を繰り返してきたつまらない女だ。


そんな私には好きな人がいる。それは男ではない。


その人の名前は相澤ももか。可愛い名前とは対照的に明るくて男勝りな女の子。けど身長は低くて体つきは名前の通りの可愛さ。



私が彼女に出会ったのは二年前。入学式からひと月過ぎたあたり。たまたま同じクラスで一人ぼっちで昼ごはんを食べていた私に話しかけてきた。


「みたにさんだよね?1人?一緒に食べてもいいかな?」


そう話しかけてきた彼女は既にたくさんの友達を作っていたから、いつも皆で仲良く弁当をつ付き合っていた。なのにその日だけは何故か私の元に。入学当初は白かった肌が黒く焼けていて、運動部なのかな、なんて思っていた。


「…ほかの皆さんは?」


「そんな敬語使わないでよ。皆は今度の運動会で委員だったりリレーの選手だったりするから打ち合わせやらなんやらでばらばらで食べるんだって。」


「そうですか…まぁ、相澤さんがそれでいいなら。」


「ん!ありがとう!」


そう言って、彼女は満面の笑みで自分の席へ弁当箱を取りに行った。

みんながいないならほかの友達と食べればいいのに…と見回したら、大体がみんなグループになっていて、一人ぼっちなのは私だけだった。


「おまたせ!じゃ、食べよっか。今日はなにかな〜♪」


戻ってきた彼女は楽しそうに弁当箱を開ける。


「おっ、3色丼だ!ん〜これ好きなんだよなぁ!」


その弁当はシャケと卵、そしてひき肉のそぼろがご飯の上に乗った3色丼だった。とっても綺麗に乗せられていて、すごく美味しそうだった。


「深谷さんはどんなの?」


私が弁当箱を開けると、小さいウインナーが2つ、卵焼きが2欠片、ポテトサラダにレタス、ミニハンバーグに白いご飯と豪華な景色が広がった。


「うわぁ、おいしそう!ねぇねぇ、1口3色丼上げるからハンバーグ少しだけちょうだい!」


ちょっとテンションが上がったように彼女は私に詰め寄った。とても嬉しそうな顔が目の前にあって、つい目をそらしたけど、私はちゃんとうなづいてハンバーグを箸で少し切り、空いたスペースにシャケと白ご飯を貰ったのだった。


そのあとは他愛もない話を、ほとんど私が聞き役、というか聞き流し役のような感じで聞いていた。それなりに楽しかった。

その後はその日に話すことはなく、いつも通り帰宅して翌日。また昼ごはんを一緒に食べた。この時、彼女は私に彼女の好きなことを教えて貰った。今後お昼を食べる度に何度も何度も聞くことになる話だ。


「そうだ、深谷ちゃんって野球わかる?」


2日目には既に深谷さんからちゃんに呼び方がチェンジしていた。これがコミュ強か…なんて思っていた。


「うーん、ごめんなさい。私、ルールも全然わからないです…」


「あ、そうなんだ。じゃあまぁ話半分くらいに聞いてよ。私小学校一年から野球始めたんだけどね〜、…」


彼女の話だと、小学校一年から9年間続けてきた野球を、高校でもやりたかったのだが、先生から許可が降りなかったらしい。何でも、硬球は危険だから女子にはやらせられないとか。硬球が何なのかもわからない私からしたら何が危険なのかも分からないのだけれど。結局野球部のマネージャーになったらしい。

その後も野球に関しての愚痴や経験談をたくさん話してくれた。


正直、私には内容がさっぱりだったけど、充分楽しかった。というか、話すことによってコロコロ変わる彼女の表情はとても面白くて可愛かった。


いつの間にか私と彼女のふたりでの昼ごはんはいつもの事になっていた。私も慣れてきて敬語がとれ、敬称さんがちゃんに変わり、名前呼びプラスちゃんに変わり、1年が終わる頃には互いに名前で呼び合う中になっていた。


「いや〜冬休み大変だったよ〜。野球部じゃなくて陸上部なんじゃないかってくらいみんな走り込んで、くったくたになるんだけど、みんな頭から湯気が出てるの。もう面白くて面白くて…」


冬休み明け。もうあと一週間後にテストが近づいてきていて、勉強にも腰を入れなきゃ…という時期だ。この学校は学業優先で一週間前から全部活休みになるため、昨日の活動を最後に野球部も休みになった。


「ももか、勉強してるの?」


「うげ、ぜーんぜん。赤点引っかかったらマネージャーとはいえ容赦しないってあだっち言ってたからな〜。ってことでまお!勉強教えて!」


「しょーがないな〜もぉ〜。」


私は笑いながら、頭を下げる彼女の頭を撫でる。ちなみに、あだっちとは野球部の顧問兼監督の足立先生の事だ。別の高校で全国優勝したことがあるすごい先生なんだそうだ。


「そういえばさ…学年が上がったら、クラス替えだよね…」


急に思い出した私は、彼女の頭に手を乗せたまま呟いた。私はこの1年間、彼女に救われて生きてきた。彼女が話しかけてくれなかったら、今も1人でご飯を食べていたことだろう。そんな彼女がいなくなってしまったら何も出来る気がしない。


「あー…そうだね…大丈夫だよ!わかんないけど、多分また同じクラス!一緒にお昼食べられるよ!」


彼女はすごく明るい声で励ましてくれる。


「それに、同じクラスになれなくたって、教室以外のところで食べればいいし。何も問題ないよ!」


彼女の言葉に私は頷いた。正直、別クラスだったらどうしようもないし、今から何も手の打ちようはない。今ある幸せを、存分に堪能しよう。そう思って、私は残る数週間を彼女と一緒に元気に過ごした。



運命のクラス発表の日。私は彼女とともに張り出されるのを待っていた。


「き、緊張する…」


「だ、大丈夫だって!同じクラスに決まってる!」


そんな意味の無い会話を繰り広げているうちにクラスが張り出された。探すこと1分。


「あった!3組!」


「わたしもだ!やった!」


また1年間一緒にお昼が食べられる。それ以外のこともたくさんできる。私はそんな期待で胸をいっぱいに膨らませて高校生活2年目に突入した。


夏頃。高校野球の時期だ。流石にたくさん話してくれたので私も多少はルールがわかってきた。そして、今日はこの高校の地区大会初戦の日。彼女もベンチに入ってスコアラーというのをやるらしい。

応援に行くと言ったら来るなら水分補給たくさんできるように準備してと言われた。あと日焼けも。たしかにこの暑さの中ずっとひなたにいたら死んでしまう。

そう思いながらスポーツ飲料を飲み、塩飴を食べる。応援団の人にもらった飴だ。すごく美味しく感じる。



「プレイボール!」


試合が始まった。こっちのチームが先攻みたいだ。ベンチには入れなかったメンバー、というかほとんど1年生が大きな声で応援団を率いている。私は歌も全然知らないので適当にメガホンを振ったり叩いたり。


そんなことをしている間に、うちのチームがたくさん打ってたくさん点をとっていた。最初の回だけで7点もとった。彼女の話ではたしかビッグイニングといったはずだ。すごいことらしい。

相手の攻撃は、こっちのピッチャーが簡単に終わらせた。

次の回も点をとり、抑え。さらに次、次、次。

試合は5回で終わった。

最後の回もたくさん打って、結局16対0での勝利だ。相手チームの選手達が泣いていた。泣くほどのものなんだ…この競技は…


次の日、授業の日だったので彼女とお昼を一緒に食べた。他愛もない話の中に、昨日の野球のことも混ざっていた。


「すっごくかっこよかった!やっぱり女子と男子じゃ体が違うんだなって思っちゃった。私、あの子よりも速い球は投げられない。はぁ…いいなぁ。私も野球したいよ…」


そう語る彼女の目はすごく輝いていて、とても綺麗だった。その目を見た時からだったかな。私はなんとなく彼女に惹かれていくのに気づいた。


女の子同士なんて…そう思ったけどやっぱり好きだって思ってしまう。その日からしばらく、具体的には次の2回戦の日の直前まで私はぼーっとしていて何度も彼女に心配されてしまった。



この夏、愛詩雅原高校は甲子園まで進んだ。


甲子園1回戦で惜しくも敗れはしたが、延長までもつれ込んだこの試合はあまり知識のない私でも十分すぎるほど感動できるものだった。

敗戦直後、3年生は思ったよりもやりきったとか充実したって表情の人が多かったけど、2年生以下はみんな泣いていた。彼女も大泣きで、ほかのマネージャーが泣きながらなだめていた。

その時に見た彼女の涙は夏の光に反射でもしたのかとても綺麗に見えた。



夏休み明け。

私たちはまたお昼を食べながらたくさん話す。

彼女は夏の甲子園がどれだけ凄かったかをたくさん聞かせてくれた。珍しく私も、スタンドで見ていてどれだけ感動したかを少ない語彙力で懸命に伝えることが出来た。最初野球のやの字も知らなかった私がここまでになるとは大きな進歩だったと思う。彼女もすごく嬉しそうだった。


それからも毎日学校で野球部の話や他愛のない話を続けた。彼女は部内で最上級生になったため後輩の面倒をみるのがすごく大変だと愚痴っていた。いつも明るくてどんなことも面白いものとして見ている彼女にしては珍しいな、と思った。


そして、それは秋が終わりに差し掛かり、寒さが本格的にやってくる頃だった。

朝学校に来た彼女の表情がすごく暗かった。ほかの友達が話しかけても返事がいつもよりだいぶ小さく、覇気がない。そんな状態はお昼まで続いていた。


「ねぇももか?どうしたの?そんなに暗い顔してるももか初めて見た。なにか悩みとかあるの?」


「うん…そうだね…話した方がスッキリするかな…」


暗い顔のまま、彼女が話したのは、やはり先日愚痴っていた後輩の事だった。

なんと、彼女の指導が厳しすぎてついていけないから辞めると言い出したらしい。それだけならまだ良かったが、その子は部内でも人気のある可愛い子だったため、彼女がほかの野球部のメンバーに責められることになってしまったのだ。

彼女の頬には大粒の涙が流れ落ち、お昼どころではなくなってしまったので、とりあえずトイレに連れ込んだ。


嗚咽をこぼす彼女を胸に抱き、泣き止むまで優しく頭を撫でて、背中を撫でて。


「なんで私、チームのために言ってるのに…っ!」


苦しそうな彼女を見ると私も胸が苦しくなる。

泣き止んだ彼女は私にお礼を言って、いつも通りの彼女に戻ってくれた。助けになれたようで、私はすごく嬉しかった。


結局、後輩は野球部の人達の懇願によって辞めないことが決まったらしい。

彼女はもっと優しく接するようになって、ちょっと不満に感じていた。もっと教えることはあるけど、教えようとしたら前の二の舞になっちゃうから我慢しているんだとか。

マネージャーも大変だなぁなんて思った。



そして冬が開けて私も3年生に。この年もクラスが同じだった。

それを知った瞬間に、私たちは抱き合って喜んだ。この年は受験の日だから勉強も頑張らないといけない。彼女はまだ部活に専念したいだろうから私がたくさん勉強して、彼女に教えられるように頑張ろうと気合を入れて勉強するようになった。


彼女たちも順調みたいだ。春の甲子園大会には出られなかったけど、秋の地区大会でベスト4まで残った。私もだいぶ野球について分かるようになったから、その凄さも分かる。うちの野球部って、実は強豪だったんだ。


彼女はそんなすごい野球部を支えるマネージャー。やっぱりすごい人なんだって、何度も何度も思った。

いつも遅くまで練習する部員達と、それを最後までサポートするマネージャー。私が帰って勉強したり食べたりしている間にずっと野球漬け。


大変じゃないの?って聞いたこともあるけど、好きだから大変でも楽しいよ。って返ってきた。そういった彼女の顔はすごく楽しそうで、充実していて…


夏の大会が近くなる度に、なんで私なんかと3年間も一緒にお昼食べて仲良くしてくれたんだろう、っていう疑問が大きくなっていった。こんなに何も無いつまらない女友達といつも一緒にいるなんて、おかしいと思わない?だって、彼女は勉強はあんまりだけど、たくさん友達がいて、野球部で頑張っていて、顔も体つきもすごく可愛くて魅力的だ。恋愛だって出来たはずなのに、この3年生の夏までそんな噂全然ない。


だから思い切って聞いてみた。


「ももか。今までずっと仲良くしてくれて凄く嬉しいしありがたいんだけど、ももかには私なんかよりもっといい友達がいるんじゃないの?なんで、私と仲良くしてくれるの?」


彼女はびっくりして、一瞬目が怖くなって、目を閉じたあとはしっかり明るい笑顔を見せてくれた。そして一言。


「好きだからだよ。」


私はすごく顔が赤くなってしまった。恋愛とかの意味合いじゃない、友達としてだってことは分かってる。それでも、気になっている人から好きなんて言われたら、私は恥ずかしくて参ってしまう。


「あ、ありがと…」


私は顔を伏せてボソボソと言った。


「うん!それにね、私は青春してるよ?野球だって楽しいし、ほかの子ともよく話したり遊んだりするし、それに、好きな人もいるんだよ?」


「えっ、す、好きな人いるの!?」


私はびっくりして声が大きくなってしまった。

けど周りはそこまで驚いた様子はない。私だけ知らなかったみたい…


「誰かは教えないけどね。いつか分かるよ。」


そういった彼女の顔はすごく真剣だった。



夏の大会。

私が授業で応援に行けない日も、応援に行った日もすごい力で相手チームをねじ伏せて、夏休みに入ってあっという間に決勝戦までたどり着いてしまった。

なんだか、この大会、去年の夏よりもすごく気合いが入ってるように見える。それは何故かクラスメイトも同じで、クラスみんなが欠かすことなく行ける日は全部応援に行っている。だから、相手チームと応援の迫力さえ大きな差があったりした。


決勝戦は強豪校と名高いチームで、甲子園も常連らしい。でも秋の地区大会は私たちとおなじベスト4止まり。きっと勝てる。

私も一生懸命応援したけど、応援団の迫力はほとんどおんなじくらい。能力差はよく分からないけど、ヒットはこっちが沢山打ってるし、得点もしている。


結局、私たちのチームはこの試合でも相手を圧倒して、甲子園に2年連続出場が決まった。一生懸命にボールを追いかける姿、飛び込む姿、全力で走る姿や応援しているこっちにまで響いてくる気合いの声。そして、勝った瞬間に爆発した喜びの声。私はなんでか分からないけどいつの間にかたくさんの涙を流していた。


スタンドから降りて、球場の外で道具の整理を粛々と進める選手達の方を見ると、みんな驕ることなくかなり真面目な顔で片付けや体のケアをしていた。

その中に彼女の姿もあった。彼女も、涙を流しながらテンポよくドリンクやタオルの片付けをしていた。

私は邪魔にならないように、片付けが終わるまで眺めていた。終わって顔を上げたところで彼女が私に気づいて、駆け寄ってきた。そして、そのまま私に抱きついた。


「あともう少し…!私頑張るから!応援にきて!」


涙を溜めながら私の方を見上げて言った。


「もちろん!応援に行く!全部行くからね!」


抱きしめて宣言する。周りを見たらみんな私たちの方を見ていた。優しい目を向けてくる。すごく恥ずかしい。

私は優しく彼女を引き剥がして笑顔を向ける。彼女はしっかり頷いて笑顔をくれた。



翌週、私は学校のお金で甲子園に来ていた。宿代も全部学校が出してく

れた。太っ腹だ。


1回戦はそこまで有名じゃないチーム。強いのは強いのだろうけど、きっと負けはしない。そう思って頑張って応援していたら、うちの高校のエースピッチャーがノーヒットノーランという記録を達成した。ヒットを打たれず、一度も点を取られないまま試合を占めることで達成出来るすごい記録らしい。やっぱり、このチームは最強なんだと思った。

でも、エースピッチャーの人は嬉しそうな顔はあまりせず、まだまだこれからだとコメントしていた。目指すところを聞かれたエースピッチャーの人は、優勝とはっきりと言い切った。かっこよかった。


2回戦、3回戦、準々決勝と順調に勝ち進み、準決勝。

相手は今まで何度も夏の甲子園で優勝したことのある伝統校だ。うちのチームは1回戦でノーヒットノーランを達成したエースピッチャー。相手はプロ野球チームが一位指名を名言しているようなすごいピッチャー。試合は0対0のまま最終回まで進んだ。表の守備、疲れた表情を見せているようなエースピッチャーの人は、ヒット2本でピンチを作って、すぐにベンチを見た。伝令がマウンドに走りよって内野が集まって気合いを入れ直した。そのあとは圧巻だった。三者連続三振。後で中継の映像を見たら、解説の人が球威が完全に復活した!って驚いていた。その流れのまま、裏の攻撃でノーアウト満塁のチャンスを作って、またバッターに伝令が走った。そのバッターは強く1回だけ頷くと、初球を完璧に捉えてホームランにしてしまった。満塁ホームランでサヨナラ勝ち。

すごい試合だった。ずっとハラハラしっぱなし。それでも決勝まで来てしまった。本当に優勝できるかもしれない。決勝戦が決まったあとも、選手達もマネージャーのみんなも、すごく真剣な表情は崩さず、まだまだ満足している様子はなかった。



そして決勝──


相手は昨年の準優勝チーム。やっぱりすごく強いチームらしいけど、こっちも全然負けてない。試合前のノックにミスは互いにほぼゼロ。この試合、エースピッチャーの人は中継ぎ要員で第2エースの人が先発らしい。エースの人とは違ってすごく変な投げ方と、変化球で打たせてとるのが得意なんだとか。実際今までの2回戦と準々決勝でも三振はほとんどなくて内野ゴロばっかりだった。エースの人の直球とフォークでバンバン三振を取っていくタイプじゃなくても、全体的な能力を見たらほとんど変わらない実力らしい。ひとつ不安なのが球威のない直球を狙われた時に打ち崩されやすいところだと彼女は呟いていた。これまでの二試合はしっかりかわせていたし、今回もきっと大丈夫だと思いたい。


試合が始まると、すぐに点が入った。第2エースの人が完全に相手に捕まってしまった。初回でまだノーアウト。ランナーは2、3塁。バッターは5番。既に2点取られて、ピッチャーにはかなり焦りの色が出ている。今まででそんな表情は準決勝の最終回のピンチのエースピッチャーの人くらいしか見せていない。

なんて考えていたら、伝令の人が出てきた。内野も集まって何やら話している。そしてベンチを見て、スタンドを見た。

そして、第2エースの人は準決勝のエースの人を彷彿とさせるような気合で三者連続三振に切ってとった。この回二点止まり。毎回そうだけど、やっぱりこの伝令ってすごい力があるみたいだ。確実にピンチは切るし、チャンスはものにする。どんなことが伝えられているんだろう…


試合は進んで7回の裏。4対2で、こっちの攻撃。今のところ勝っているけど、第2エースの人がちょっと疲れているように見えたし、もしかしたら次の回に点を取られるかもしれない。何とか追加点を上げていきたいところ。

素人なりにそんな考えを頭に浮かべていたら、先頭の9番バッターの人がヒットを打った。さらに、初級で盗塁を決める。ノーアウト2塁。と、ここで伝令が出てきた。もしかしたらあだっち先生も私と同じ考えなのかもしれない。


そして、伝令を受けたバッターは1度アルプススタンドを見つめたあと、外野のバックスクリーンの方にバットを突き立てた。


「あれ、予告ホームランじゃねえか!?」


ザワザワするスタンドの中から予告ホームランというワードが耳に残った。つまり、ホームラン打つよって予告してるわけなのか?

バッターはしっかり構え直して息をついて、初球を待った。


カキィィン!!


ピッチャーが投げた直球は、バッターによって本当にバックスクリーンに叩き込まれ、6対2となった。スタンドは大盛り上がりで、知らない人同士でもハイタッチが沢山おこった。


次の回からエースピッチャーの人が登板して、合計6人を全員三振に切ってとった。これで試合終了。つまり、愛詩雅原高校の甲子園優勝が決まったのだった。スタンドはみんな歓喜の涙に染まっていた。グラウンドの方でもみんな喜びの涙を流していた。彼女も、子供のように泣きじゃくっていた。


表彰式があって、たくさんの取材に受け答え、色々と大変そうな選手達を残して、私たち応援団は一足先に地元へ帰った。

帰ってきた選手達を学校で迎えて、その功績を讃えるのだ。


帰った翌日に学校の体育館内の装飾が始まって、応援団はほとんどの人が手伝っていた。もちろん私もだ。




そして、みんなが帰ってきて、キャプテンからの優勝報告があった。


「俺たちは、この学校のため、支えてくれた地域の皆さんのため、そして、ある1人の生徒に感謝を伝えるために、ここまで頑張って、最後の最後に優勝することが出来ました!皆さんの存在が、僕達の力になりました!本当にありがとうございました!それで、私情にはなりますが、先程のある1人の生徒に今、お礼を伝えたいと思います!ある1人の生徒こと、相澤ももかさん!」


突然のコールに、彼女は心の底から驚いた顔で前に出てくる。既に涙が流れ落ちそうになっているようだ。


「相澤ももかどの。貴方は入学から3年間、野球部にマネージャーとして在籍し、僕達の食事や健康管理はもちろん、実技指導、精神問題の解決など、たくさん支えてくれました。歴代マネージャーの中で1番の貢献度だと先生のお墨付きもあります。そんな貴方の功績を讃え、これを賞します。愛詩雅原高校野球部一同」


キャプテンが彼女に賞状を渡し、花束も渡す。

彼女は背中を見ていても肩が震えているのが分かる。泣いているのだろう。

涙を零しながら、彼女は目の前に並んだ野球部全員に向かって深くお辞儀をした。会場は暖かい拍手に包まれる。


「さて、ここでひとつ、この相澤さんからある一人の人に連絡があります。ほら、相澤。マイク。頑張れ。」


キャプテンが、前にいる彼女にマイクを渡す。一体誰に連絡が行くんだろう…

彼女がマイクを持って口を開くが、嗚咽が漏れてしまい、なかなか声にならない。


「…あ、っのっ!…ひっく!うぅっ…」


見かねたキャプテンがマイクを貰おうと近寄るが、彼女が手で制し、大きく息を吸って、早口で言い切った。


「明日!お昼休みに!いつもの場所で!お昼ご飯食べよう!」


…みんなぽかんとしている。明日は日曜日だから夏期講習とかいう嫌な恒例行事も無いはずだし、そもそも学校があいていないはずだ。

お昼休み…彼女はいつも私とお昼ご飯を食べていた。いつも二人きりだった。私は3年間皆勤賞だし、彼女も同じだ。お昼休みという制限があると言うなら、私の他に誰かいただろうか…?


考えている間に彼女はメンバーの裏に隠れてしまった。

代わりにキャプテンがまたマイクを持つ。


「えー、ちょっと分かりづらかったかもしれないけれど、自分だと少しでも思ったら来てください。違う人が来たら、我々野球部の面々がそれとなくお伝えします。以上、野球部でした。皆さん、本当に応援ありがとうございました!」


キオツケッレイッ!

アリガトウゴザイマシタッ!


綺麗に揃った礼と、惜しみない生徒や先生達の拍手で、この会は終わりを迎えた。





そして現在に戻る。私は今、校門の前に立っている。結局、違うなら違うと言われるのだし、私なら行かなくて彼女を悲しませるのも嫌だから行くことにした。門は人一人分開いており、校内はすごくひっそりとしている。時間は12時半。大体私と彼女がお昼ごはんを食べ始める時間だ。

野球部による検問でもあるのかと思っていたのでちょっと拍子抜けした。


とりあえず校内に向かう。ちなみに今の私の格好は、いつもの平日とおなじ制服にローファー。持ち物は弁当とスマホ。学校に来る時、私服で来るのはやはり抵抗がある。

歩いて下駄箱へ向かう。入口は私たちのクラスの部分だけ開いていた。そこを開けてローファーをおき、学校指定の上履きに履き替える。私のクラス、3年4組は1階の一番奥。ここまで誰の気配もしない。彼女が来ているかどうかの確認も忘れてしまった。これで教室の扉を開けたら誰もいない、なんてなったらどうしよう…

不安に思いながら教室の前にたどり着く。耳を済ませてみると、微かに人の気配を感じることが出来たので、ノックを2回鳴らす。


「どっ!どうぞ…!」


やっぱり。彼女の声だ。1回声が裏返ったけど、大丈夫だろうか。


「は、入るね…」


好きな人を目の前に、二人っきり。そう考えると私も緊張してしまう。扉を開けると、私の隣の席に彼女が座っていた。1番後ろの1番窓側。席は動かしてありそれぞれの机の前辺がくっつけられている。私たちのいつものお弁当スタイルだ。


「ど、どうぞ座って…」


様子がおかしい。彼女のいつもの元気さはそこにはなく、少し響く教室であるにもかかわらず声も微かに聞こえる程度だ。私は弁当を私の席において、そのまま彼女のおでこに手を当てる。


「ひゃっ!?」


「ももか、熱は無い?顔真っ赤だよ?大丈夫?…熱はなさそう…体調は悪くない?」


「だっ、大丈夫!大丈夫だから!お弁当!お弁当食べよ?」


「大丈夫ならいいけど…」


そう言いながら互いに弁当を開く。


「私は3色丼だ!」


「私は…色々入ってる。小さいウインナーが2つ、卵焼きが2欠片、ポテトサラダにレタス、ミニハンバーグに白いご飯…あれ?これって…」


「あ、私たちが最初に食べたお弁当だよ!全くおんなじ!そんなことってあるんだ!」


ガッチガチだった彼女は、今度は興奮して元気になった。うんうん、それでこその貴方だよ。そう思いながら、朧気に覚えていることを言ってみる。


「ねぇ、私のハンバーグ、少し上げるからシャケの部分少しちょうだい?」


彼女は満面の笑みをうかべ、嬉しそうに頷いた。


「真緒、覚えててくれたんだ…私たちが最初に食べた時のこと…」


「うん。ちょっと朧気だけど、忘れたくないから。」


そう。私にとってはあの日は記念日なのだ。彼女に話しかけてもらったから、私の人生に色がついた。


「そう…なんだ…。」


彼女もすごく嬉しそうな顔を浮かべた。こんな魅力的な笑顔の彼女を独り占めできる今をすごく大切にしたい。私は今心の底からそう思ってる。


「はい、交換こ。久しぶりだなーこのシャケさんめ!」


おどけて言ってみると、彼女もおどけ始めた。


「あ〜ハンバーグさんお久しぶりです!元気でしたか〜?私が美味しく頂きますからね〜!」


そう言ってハンバーグを食べる彼女。それに合わせて私もシャケとご飯を食べる。そして顔を見合わせて、馬鹿なことやってるな〜って思いながら笑う。

いつの間にかいつもの私たちに戻っていた。他愛もない話、野球の話。甲子園優勝の瞬間の話も。

ベンチでしか味わえない言葉にならない気持ちを、彼女は体で表現してくれたけど、結局よくわからなかった。それでも、これが私たちの日常で、楽しい毎日の形だった。


いつの間にか弁当も食べ終わって、話題も一段落ついて。私たちは座って黙りこんでいた。彼女は下を向いて、なにかしている。小さい彼女の少し伸びた髪の毛は、彼女が手で何をしているか見せないように下に降りている。


「真緒。…立って、黒板の前にいって。」


「え、う、うん。わかった。」


下を向いたままの彼女に言われた通り、黒板の前に立つ。彼女はその反対側。ロッカーがある後ろ側の黒板の前に立った。まだ彼女は下を向いている。

少しの時間が静かにすぎ、彼女が大きく深呼吸をして顔を上げた。




「真緒。私はあなたのことが好き。愛してる。私、あなたの恋人になりたい…です。だ、だから…えっとつまり、その、つ、っつき、付き合って、くだ、さい…」




世界が止まった。時が止まった。私の思考も止まった。

数瞬の後、私の頭の中で高速で処理が行われる。

好き?好きって友達として…でも愛してるって…?しかも、こ、こ、恋人…?最後ちょっと涙が浮かんで可愛い顔を晒しながら付き合ってくださいって…?夢?まって?私は彼女のことが好き。でも諦めてた。彼女は野球部の誰かと付き合ってるんだろうなって。だから私は諦めてせめて親友になりたい一心で、でも本心をぶつけてきた。喧嘩なんてひとつもしなかった。すごく仲良くなれた。彼女が夢だって言っていた甲子園の、そのてっぺんをとるところまで見届けられた。沢山よかったね、頑張ったねって褒めてあげられるって楽しみにしてた。彼女の夢を叶えられただけで満足だった。私が、私なんかが彼女の恋人になんかなれないって、叶わない夢だって諦めてたことなのに、私の、諦めてた夢も、叶えられるの…?


気がついた時には私は大粒の涙を零していた。彼女も泣いている。言い終えたあとに頭を下げたのだろう、下を向いたまま肩を震わせている。


私は彼女の元に向かった。目の前に来て、両肩を優しく掴んで顔を上げさせる。彼女の顔はぐちゃぐちゃで、涙どころか鼻水まで垂らして、今までで1番情けない顔をしていて、私は思わず泣きながら吹いてしまった。


「ご、ごめんね。私、急にこんなこと言って…女同士なんて気持ち悪いよね…嫌なら嫌ってはっきり言って!お願い!情けをかけられて付き合うくらいなら、私、振られてスッキリしたい。夢を見すぎたって、分かってるから!だからえっと、わ、私…あのんっ!?」


目をすごい勢いで泳がせながら、彼女は言葉を紡ぎ出す。そんな彼女の口を、私の口で塞いだ。そんな言葉はいらない。私の答えは最初っから決まってる。降るなんてありえない。私にできた唯一の夢。私の世界で唯一輝く色。夢が叶い、私の世界にずっとその色が残り続ける。それだけで、もう十分すぎる。私にはもったいない贅沢だ。しばらくしてから口を離すと、彼女は真っ赤な顔で目を白黒させていた。混乱している。


「私の答えなんて、最初から決まってるよ。…こちらこそ、お願いします。私も、ももかのこと、大好き。愛してる。ももかの恋人になることが、私の唯一の夢だった。…この夢、本当に叶えてくれる…?」


私は、話しながら目に涙が溜まって、前がぼやけて見えなくなっていたから、彼女の満面の笑みが、ぼんやりとしか見えなかった。


「その夢って、私の夢でもあるんだよ…ありがとう、真緒。これからずっと、一緒に歩いていこ!」


「っうん!」


そしてまた、私たちは口付けを交わした。ひっそりとした教室で、ふたりぼっち。この二人ぼっちのお昼ごはんはこれからもずっと。学校が終わってもずっと続いていく。恋人になったももかを胸に抱きながら、私は二人の明るい未来図を描いて、青くて綺麗な空を眺めていた。






「ところで野球部の人たちは?」


「あっ…」


教室の扉を開けると、キャプテンを始め、顧問の足立先生まで揃った全メンバーが少し焦った顔でそこにいた。


キャプテンがすっと立ち上がり、息を吸い込み、言い放った。


「散開っ!!!!」


ヨッシャ!!!!!!!


野太い声が校舎に響き渡り、バタバタと足音が様々な方向へと向かっていく。


「これもトレーニングだ!しっかり走れぇ!」


足立先生は全く走る気もなく、選手達に声をかける。


「あの、先生…これは一体どういうことですか…?」


私が尋ねると先生は頭をポリポリとかきながら、目をそらして言う。


「い、いやぁ、教え子の夢が叶う瞬間を見届けたいって思ってな…?べ、別にそういう行為まで発展するのを期待して見てたわけじゃないぞ!?本当だからな!?」


墓穴をほっていく先生。私は無言でスマホに手を伸ばし、110番を…


「マジでやめて!お願い!ほら、ちゃんと女子マネも来てるから!そういうのを期待してたわけじゃないって証明になるでしょ!」


「ど、どうも〜…」


「せ、先輩!おめでとうございます!末永く爆発してください!」


「ちょ、ちょっと愛ちゃん!それじゃ別れろってニュアンスになっちゃうよ!」


「え?まじ?えっと〜その〜、うん!とにかくおめでとうございます!夢が叶ってほんと良かったっす!」


「お、おめでとうございます!私たちはもうこれで行きますから!」


勢いよく話しきると、二人の女子マネージャーは走り去っていった。


「まぁ、なんだ。正直、俺らは野次馬根性と、もし失敗した時の慰め係として待機してたんだ。なんか、雰囲気ぶち壊してすまん。」


先生が素直に頭を下げてきた。いつもはすごく怖い先生なのに…

仕方ないので、私は通報するのはやめて、とりあえず帰ることに決めた。

もう用件は済んだし。最高に幸せなハッピーエンディングだし。うん。もういいはず。


「それじゃ先生。私たちはもう帰ります。」


「おう。気をつけて帰るんだぞ。日中とはいえ、女の子二人だと危ないからな。」


先生が先生らしい優しい目で手を振ってくれる。


「さよなら〜。」


私たちは手を繋いで一緒に帰った。その日はももかが私の家に泊まった。別に特筆することは無いけれど、恋人になったももかは、今までよりもずっと魅力的で可愛くて、最高だった、とだけ。





その後、同じ大学に進み、同じ会社に進み、幸せな家庭を築く私たち2人の姿が目撃されるようになるけれど、それはまただいぶあとのお話…。

あんまり百合臭強くないけど、これくらいが僕は好き。

楽しんで頂けたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ