第63話 勇者ともう一人のハイエルフ
あれは――
あのアルマの見た目をそのまま大人にしたような容姿は――
「シエラ――シエラか!?」
そう、アルマの姉のハイエルフ――シエラだ。
アルマと同じく、俺の勇者修行に付き合ってくれた世界樹の修練場の管理人だ。
あっちの世界で野垂れ死にしそうだった俺を拾ってくれたのも彼女だった。
俺にとって命の恩人でもあり、戦い方の師匠でもあり、それ以上でもあり――
だがシエラは、もうとっくに亡くなったはずだ。
俺が勇者に覚醒しかけのまだ弱い頃、敵の手から俺とアルマを庇って――
アルマがわざわざ人間の世界に出て魔王討伐の旅に加わっていたのは、シエラの仇を討つというのが大きかったのだ。
俺にとってもそれは同じだった。
世界をレスキューするというボランティア精神も無くはないが、やはりシエラの件が一番大きかった。
その点で俺とアルマは目的を同じにする仲間、盟友だった。
こちらに拍手を送るシエラは、柔らかい笑顔を浮かべている。
彼女はクールで不愛想なアルマと違い、清楚で温和である。
その温かみのある美しい笑顔は、俺の記憶の中のシエラそのものだった。
「い、生きてたのか!? でも何でこんな所に――!?」
だがシエラは俺に何も答えない。
すっと信号機の上から飛び降りると、そのまま俺に背を向ける。
「! おいシエラ!? 待てよ、どこに……!」
俺は彼女の背中を追って走った。
近づいてその肩に手を置くと――凄まじい衝撃で手が弾かれた。
「!? うおおおぉぉぉっ!?」
それだけでは済まずに、体ごと持っていかれた。恐ろしい位の衝撃だった。
銀騎士の鎧に覆われた俺の体は、尋常でないスピードで大きく吹っ飛ぶ。
周辺を隔離していたアルマの結界にぶち当たり、そして突き破ってしまった。
その穴を起点に結界が一気に瓦解し、消滅してしまった。
「結界が……!? いやそれより、シエラは!?」
身を起こした俺はすぐにシエラのいた場所に戻ったが――
その時にはもう、シエラの姿はどこにも見当たらなかった。
「……何だったんだよ、今のは――」
そこに、アルマからの念話が飛び込んできた。
(ナオ――! おいナオ……! 結界が破れたぞ! お前今体当たりして結界を破壊したな! 飛び出してくるのがここからも見えたぞ! 何をしてくれる!?)
(いや――あれは吹っ飛ばされてだな……)
(うん? そんな強力な奴が中にいたのか? 何者だ?)
アルマは結界の外、俺達が会議室を借りて仮オフィスにしているホテルにいるはずだ。
その距離だと、シエラの姿は見えなかったらしい。
――あえて今、言う事もないな。
俺はそう判断した。ぬか喜びになってしまったら、アルマが可哀想である。
こいつはこんな性格だが、シエラが亡くなった時は流石に大泣きして、憔悴しきっていた。
あの時の事を思い出させる必要は、まだ無いだろう。
あれが本当のシエラだと、その可能性が高いと分かってから教えてあげればいい。
(いや、それはいい。それより浄化するぞ! 結界が無くなったし急がねえと!)
(ああ――結界が破れたのが、中のアンデッド共を倒し終えた後で良かったな)
(そうだな。奴等にその辺壊されたら資産価値がな。自衛隊の皆さんに被害が出るのも申し訳ねえしな)
(それはそうと――アレはどうだった、アレは?)
(アレ?)
(レベルだ! レベルを上げてゴーレム用の魔術を覚えてくれるんだろう!?)
(……ああ、そしてリアルガン〇ムで遊ぶんだったな――ヤレヤレ、能天気なハイエルフ様は悩みが無さそうで羨ましいですなあ)
(はぁ? お前だって働かずに金を稼ごうだの女遊びだの好き放題だろう)
(ははっ。まあお互い様か、だが残念だがレベルは上がらなかったぞ)
(ちっ――使えないやつめ)
(いやいや使える奴だからレベルが高すぎて上がりにくいんだが――まあまた機会があったら上げるから、それまで待ってろよ)
(仕方がないな。約束だぞ)
(ああ。ひょっとしたら、まだ強くなる必要があるかもしれんからな――)
先ほどシエラに弾かれた時のあの威力――俺はそれを思い出していた。
(? どういう事だ?)
(いや……とにかくすぐ戻る! 準備しといてくれ!)
俺はアルマと合流し、残った魔の森の浄化を済ませた。
これにて魔の森については一件落着――というわけだ。
最後の投資フェーズはちょっと中途半端だったが、別に損をするわけではない。
これでウチの会社の社屋も解放されたので、通常業務も開始できるわけだ。
事後処理として投資した株やら土地を現金化したら、今回の特別業務のキャッシュバックを頂いて、その後は本格的に非常勤で役員報酬だけ貪る段階に入れるな。
夢にまで見た都会的スローライフを堪能させてもらう事にしようか。
とりあえずは、狭すぎる今の部屋からの引っ越しだろう。
それと同時に――結界の中で見かけたシエラの事を調べる事になるだろう。
浄化を終えた後付近を捜索してみたが、何も見つからなかった
俺達の見立てでは、結界の中に隔離した魔の森に最高級のアンデッドが生まれるのは、まだまだ年単位で先のはずだった。
それが急速にあんな事になったのは、あのシエラに関係があるのだろうか。
またこちらの世界に異世界のものが現れるような事態が起きた時、シエラも現れるのだろうか。
あれが何だったのか、本物のシエラなのか――
必ず突き止め、そして願わくばシエラを取り戻し、皆で都会的スローライフを堪能したい。
今回儲けたカネや手にした人脈は、そのためにも役に立ってくれるだろう。
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