第53話 勇者と一斉解雇
俺はグッと拳を握って社員たちに告げる。
「ですが! 俺が経営権を握った以上、それはもう許しません――まともな会社に生まれ変わってもらいます! その第一歩としてまずは犬養君――ブラック企業時代のレジェンドのあなたは数々のハラスメント行為により懲戒解雇です」
「な……ば、バカな私は会社の為を思って――!」
「言い訳は不要です。これは決定事項であり覆りませんので。今までお疲れさまでした」
俺は無表情にパチパチと拍手を送った。
レナと和樹が続き、だんだんと他の社員たちも続く。
その顔には驚きと共に、ある種の希望のようなものが見える。
トップが変わってもどうせ何も変わらないと思っていたが、真っ先にあの犬養課長を解雇するとは――
あれでも社員を残業代なしでこき使う事にかけては、右に出る者なしのブラック企業的トップエースなのだ。
それを許さないという事は――もしかしたら本当に労働環境を改善してくれるのかも知れない。
そんな希望を持ってくれたのだ。
無論俺もそう思ってくれることを計算してこの公開処刑に臨んでいる。
論より証拠だ。これで皆も俺の言う事を信じる。
そういう意味ではこのオッサンは最高の斬られ役だったな。初めて犬養課長に感謝しよう。
あんたを人柱に、うちの会社は新しくホワイト企業としてスタートさせてもらうぜ!
そして和樹にすべてを任せ、役員報酬でウハウハ隠居生活!
「う……ぐぐぐ……そ、そんな――!」
拍手に包まれた犬養課長は、顔を赤くしたり青くしたり、混乱している様子だ。
だが俺は手を緩めない。
「さぁみんな、部外者の方を外にお連れしてくれ。社内のミーティングなんでね」
俺が言うと和樹とその他二人ばかり俺達の後輩の社員が動いて、犬養課長を外に促す。
「元課長~。残念ですけど新会長の命令逆らえないっす。社会人として上司の命令には従わないとなんですわ~」
いい煽りだ、和樹!
「こんな事俺達もしたくないんですけど……!」
「課長に教えて貰いましたから! 会社の命令は絶対だって!」
いいねぇ後輩君たち。心にもない芝居をありがとう!
「彼だけではなく、前社長体制における課長以上の役職者は全員解雇です。皆さん身に覚えがありますよね? まあ犬養君は懲戒ですが、他の方は一段軽く会社都合退職という事にしましょう。退職金は出ますのでご安心を。それでは退席願います、皆拍手で見送りましょう」
俺は再び無表情拍手で、元管理職たちを見送る。
うむ――これで一掃だな。あとは和樹に任せればいいだろう。
じゃあ新社長の発表に戻るか――と思ったが、まだ往生際の悪い奴がいた。
「ええい離せぇぇぇっ! この恩知らず共がああぁぁっ!」
言わずもがなの犬養課長だった。
力任せに和樹と二人の後輩たちを振りほどいて見せたのだ。
学生時代柔道やってたらしく、二段だか三段だかなのをよく自慢されたものだ。
確かに結構力が強いのかもしれない。一般人としては――
「不当解雇だ! 人が下手に出ておれば付け上がりおってえぇぇぇっ! 堪忍袋の緒が切れたわ! 天誅を下してくれる!」
いやいや、どっちがだ――自分を棚に上げて良く言う。呆れて物も言えんぞ。
「……」
俺が冷めた目で見つめていると、犬養課長は猛然と俺に掴みかかって来て、ぶん投げようと――
「でぃやあぁぁぁぁ――あぁっ……!?」
だが全く動かない。
まあ柔道やってくらいのただのオッサンに、勇者をぶん投げられるわけがない。
「やれやれ――暴力は良くないですよ、暴力は」
俺はこれ見よがしにため息を吐く。
オッサンはまだ、ふんがぁ! とか、ふぬううぅぅっ! とか俺を投げようと顔を赤くして必死だ。
俺は冷めた目でそれを見ながら続ける。
「だってそうでしょう? せっかくそっちの土俵に乗ってやったのに、台無しじゃあないですか」
オッサンの襟元を掴む。ぐいと持ち上げると簡単に体が浮いた。
おお――! とその場にどよめきが起こる。
「暴力で片づけていいなら、簡単なんですよ? それをわざわざそっちに合わせたんだ。俺の努力を無駄にしないで下さい」
「おおおお……!? あああああ……!?」
ビビったオッサンは目を白黒させ、足をバタバタさせている。
「レナ! 元課長がお帰りだぞ――! 受け止めてやってくれ!」
「はぁい会長っ♪」
会議室の出入り口近くのレナが身構えるのを見て、俺は犬養課長をレナの方にぶん投げた!
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ~~~!?」
オッサンは悲鳴を上げながら会議室内をぶっ飛んで行き、それを入り口のレナがキャッチ!
そのまま壁にぶち当たったら大怪我するからな。
そこは安全に配慮して投げました、と。
「あわわわ……わわわわ……」
腰を抜かした課長は、そのままその場にへたり込む。
「はい、お疲れさあでしたぁ♪ 退室お願いしますねえ♪」
それをレナが引き摺って、会議室の外に放り出していた。
「さ、他に言われた皆さんも退室をお願いします」
もはや誰も文句の言いようもない。
ブラック企業を牛耳っていた管理職達は、一斉に会議室から去って行った。
「……というわけで、新会長として業務を任せる新社長をこれから発表したいと思います――」
そして、議題は元の流れに戻る。
俺は予定通り和樹を新社長に指名し、更に結界と魔の森に包まれた現状況が解消されるまでは、ここの会議室をそのまま使い、特別業務に当たる事を発表した。
単に会社を乗っ取っただけでは、金を使っただけだからな。
ここから儲ける――そして都会的スローライフのための資金を増やす。
ともあれ、無事ブラック企業の乗っ取りは成功したわけだ。
さようなら元社長、さようなら犬養元課長!
もう二度と俺の前に顔を見せるんじゃないぞ!
以上で第三章終了です。ここまでありがとうございました!
章タイトル通り、ブラック企業を乗っ取ってみました。
持って帰ってきた金を株に突っ込むという、まさかの正攻法でした!
帰還して自分の会社の株を買った勇者は見た事がなかったので、
やってみようかなと思ったのが本作を書いたきっかけでした。
『これからも頑張れ』
『もっとスローライフしよう!』
『たまにはバトルしろ!』
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