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第52話 勇者と犬養メモリーズ

「ええぇぇっ!? ど、どうして私がクビにされなくてはならないのでしょうか――!?」


 犬養課長の抗議に、俺は無言でスマホ搭載のボイスレコーダーアプリの再生ボタンを押す。


『えーと……急な用事があって――今日は有給にしておいて下さいって言うのは……?』

『バカを言うな今日は表向き出勤日ではない! 出勤日ではないのに、有給休暇が適応できるわけがないだろう! そんなことも分からんのかね?』

『じゃあ休んでも欠勤扱いにもならないと――?』

『今日はならんが、次の出勤日が代わりに欠勤になると思え! ワシは絶対認めんぞ、それが社会の掟だ!』


 うん、キノシタ広告の茜社長にも聞かせたヤツだな。


『……橘に有沢か――貴様ら我が社のオフィスが使えんからと言って、遊び惚けてはいないだろうな? あぁ?』

『そんな事ないですよ、これでも会社のためになるようにって考えたりしてたんですよ』

『ふん――口先だけは立派だが、どうせロクな事はしとらんだろう。今回の件で出勤が出来なかった分は、作業再開後の出勤日が代わりに欠勤になると思っておきたまえ』

『えええぇぇ~勘弁してくださいよ~』


 はいさっきの音声データだな。採れたてほやほやで鮮度も申し分ないな。

 犬養メモリーズは日々どんどん増えて行くのだ。

 そして――過去資産もまだまだあるよ!


『あの~犬養課長。来週どうしても外せない用事がありまして、有休を取らせて貰いたいんですけど――』

『フン! まぁ取れるものなら自由に取るがいい! ただし申請方法は不明だ! ワシはそんな甘えたものは取った事がないので、申請の仕方など知らんのだよ!』

『えーと……なら調べて対応してもらえると――』

『どこにもそのような必要は認められん! さっと業務に戻りたまえ、さもないとこの時間も勤務時間外として、給料から差し引くからな!』

『……』


 これは有給取得拒否された時のやつだな。

 この時にうちの会社の有給の残り日数の数値は、アクセス不可能で意味のない謎パラメータだと知りました。


『犬養課長ー。田中も鈴木と佐藤先輩も皆体調を崩して出社できないそうです』

『何ィ!? どういうつもりだ! 奴等には社会人としての自覚がないのか!? 仕事を何だと思っている!』

『いや俺に言われても――みんな精神的に参ってたみたいですから。三人とも病院に行ったら鬱だって言われたらしいです。それで休職したいと……』

『はぁ!? 鬱など甘えに過ぎん! まともに仕事も出来ん軟弱者の言い訳だよ! そんな奴は我が社に必要ない! 即刻クビだ! おい有沢に橘! すぐに行って馬鹿共の退職用の書類に判を押させて来い!』

『えええええっ!? 何で俺達!? 自分で行ってくださいよ!』

『ワシは忙しいんだ。馬鹿のために割く時間は無い!』


 鬱を甘えと断言し休職拒否した時の奴だな。

 何で俺達がその後の手続きをさせられにゃならんのか――意味不明だった。

 実作業するのは俺達なんだから、俺達の手を止めたら進捗がヤバいんだが。

 結局俺と和樹が週の半分徹夜&サービス休出10連打で何とかしたが、あの時は死にそうになったな――


『じゃあ直くん和樹くん、また後でです~。飲みに行きましょうね~』

『おーう。まぁ俺達の仕事が終わってればだけどな……』

『お、葵君かご苦労さん。うぉっ!?』

『きゃっ!?』

『いやあすまんすまん、橘のバカの足につまづいてしまってな』

『はぁ……? じゃあ失礼します』

『……おい和樹、お前足ひっかけたのか?』

『……かけてねーよ当たってもねえ。シミュレーションだぞあれは……わざとだ』

『いやあ葵君と同期なのは貴様らの唯一の美点だな! 素晴らしい抱き着き心地だ、それにあのいい匂いだけで疲れが吹き飛ぶようだ!』

『……』

『……』


 おまけだ! セクハラもつけるぜ!

 この音声を聞いたレナは、一瞬笑顔を崩してとんでもなく恐ろしい目で犬養課長を睨みつけていた。

 流石のレナも笑顔で流せない悪質な事案ですな。


「休出の強要! 有給取得の拒否! 出勤記録の改ざん! 休職社員への退職強要! 古典的なセクハラ! 皆さんのお聞き頂いた通り、この会社にはこんな事がまかり通っていました――」


 俺は静かに社員達を見渡す。

 うんうん、と頷く者。目を合わさないように俯く者の二種類がいる。

 頷くのは虐げられる立場だった平社員たち。

 目を逸らすのは犬養課長と同じような課長クラス。

 犬養課長は特にひどいが、他の管理職の人間も似たようなものなのだ。

 会社の文化というのは、管理職が作るもの。目を逸らした奴等は、このブラック企業を形成する側に立っていた者達だ。

 ――そんな奴等はいらん。再教育より、別のまともな人間をそこに持って来た方が絶対早いからな。

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